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71話・保護施設の存在意義と半魔族の在り方
しおりを挟む大陸中から集められた半魔族は聖都の保護施設に収容されている。位置的には教会本部前にある広場に面した通りから一本奥に入った区画で、高い壁に囲まれていて外から中の様子は見えない。
俺はギルに頼み込み、保護施設に連れて行ってもらった。ラウール家の屋敷からはさほど離れていないが、イムノスがわざわざ馬車を用意してくれた。外に通じる出入り口は一つだけ。行き来できるのは教会の聖職者のみ。ギルの持つ首飾りが通行証代わりとなる。
出入り口前で馬車を降り、警備の者に首飾りを見せて中へと通してもらった。
高い壁に囲まれた内部は二つに区切られ、男女が顔を合わさぬように別々に生活している。施設内には教育機関があり、保護されたばかりの幼い半魔族にグレフ神の教義や存在意義、果ては魔族に対する悪感情を教えられるという。
ある程度成長した頃に仕事を与えられ、生涯働き続ける。穀物を潰して粉にしたり、綿花から糸を紡いだり、ひたすら薪を割ったり、粘土を固めて煉瓦を作ったり。地味だが生活に欠かせない単純作業ばかりをやらされているようだった。
「テオはどこだ?」
「たぶん教育機関のほうでしょう」
職員に案内され、俺たちは施設内にある応接室へと通された。グレフ神の末裔を半魔族たちの生活空間に入れるわけにはいかないと職員たちに反対されたからだ。
一瞬ひどい待遇を隠すつもりかと疑ってしまったが違った。半魔族はグレフ神への信仰を叩き込まれているので大騒ぎになってしまうんだとか。崇拝対象が目の前に現れたら、確かに騒いでしまうのかもしれない。俺には理解できない心理だ。
「あなたが言い出さなければ私からテオに会いに行こうと提案するつもりだったんですよ」
「そっか。元気だといいな、テオ」
「大丈夫。……ほら、もうすぐ会えますよ」
ギルと話をしながら待っていると、小さな足音が近付いてきた。そして、応接室の扉が控えめにノックされる。ギルが「どうぞ」と返事をすれば、小さな人影がヒョコッと扉の隙間から顔を出した。
「テオ!」
数ヶ月ぶりのテオの姿に、俺はソファから立って駆け寄った。脇に手を入れて抱き上げると、テオは照れ臭そうにはにかんだ。
「久しぶりだな、元気だったか?」
「レイ、あいたかったよぉ」
「なんか重くなったな。背も伸びてるよな」
「ごはんいっぱい食べてるから」
「そうかそうか、えらいぞ!」
抱っこしたまま話をする。痩せぎすだった腕や足は程よくふっくらしていて、肌や髪も傷んでいない。着ている服も綺麗で、生活環境は悪くないようだった。
「テオ、私を覚えているかい?」
続けて、ギルが声をかける。テオは俺の抱っこから降りてギルの近くに歩み寄り、両膝を床に付け、右手を胸に当てて頭を下げた。
「もちろん覚えております。ギルバート・アーネスト様」
グレフ神の末裔に対する最大級のお辞儀の仕方だ。スプーンの使い方すら知らなかったテオが敬語を使い、儀式的な作法を身に付けている。俺たちと数日一緒に過ごしていた時とは違うのだと、挨拶ひとつで理解させられてしまった。
しかし、テオはすぐに堅苦しいお辞儀の姿勢を崩した。今この応接室には職員はいない。俺とギルとテオだけだ。
「えへへ、がんばって覚えたんだよぉ」
ふにゃりと見慣れた笑顔を向けるテオを、俺たちは二人がかりで抱きしめた。しばらく子ども特有のもちもちした肌を堪能してからソファに並んで座る。もちろん真ん中はテオの定位置だ。
「保護施設での暮らしには慣れたか?」
「うん。職員さんたちは優しいし、友だちもできたよ。ぼくと同じくらいの子が何人かいるんだ」
「そうか、良かったな」
「うんっ!」
辺境の町バルプルドでひっそり隠して育てられてきた過去が信じられないくらい、身長だけでなく言葉遣いや態度も成長している。保護施設なんて、半魔族を閉じ込めておくだけの牢獄みたいなものじゃないかと疑っていたが、予想とは真逆の良い施設だった。
「でも、ギルとレイに会えなくて寂しかった」
「テオぉ!」
俺たちと過ごした時間より保護施設で過ごした時間のほうがはるかに長くなったというのに、テオは変わらず俺たちを慕ってくれている。本当に可愛くて仕方がない。またしても離れがたい気持ちになってしまった。
「テオ」
俺にぎゅうぎゅう抱きしめられているテオをギルが呼んだ。俺の腕の中から抜け出し、体ごとギルへと向けて聞く姿勢を取るテオ。
「御守りは持っていますね?」
「はいっ」
元気よく答えながら、テオは胸元から紐付きの御守りを引っ張り出して見せた。カダロードでの別れ際に渡していたものだ。ギルは満足そうに笑顔で頷き、さらに言葉を続ける。
「あの時に私が言ったことを覚えていますね?」
「はいっ!」
またしても元気よく答えるテオ。確かに御守りを渡す時になにか言っていたようだが、俺は知らない。単なる別れの挨拶や今後の心構えでも伝えているのだろうと思い、たいして気にも留めなかった。
「良い子ですね。では、これは私からの贈り物です」
ギルは懐から取り出した紙袋をテオへと手渡した。渡す時に耳元でなにかを囁いていた。テオは真剣な顔で何度も頷いてから、笑顔で「ありがとう!」と礼を言った。開封して中身を確認することもなく大事に抱え込んでいる。
「なにを渡したんだ?」
「秘密です」
俺が聞いてもギルは教えてくれなかった。
その後しばらく雑談した後に職員が面会時間の終了を知らせにやってきた。テオは素直に従い、またしても丁寧にお辞儀をしてから退室していった。
「面会に来てくださる後見人はほとんどいないんですよ。産みの親も、集落の代表のかたも。仕方ないとは思いますけど、なんだか子どもたちが不憫で」
出入り口まで先導してくれた職員がぽつりとこぼした言葉が印象に残った。
半魔族の子どもと直接関われば人間の子どもと見た目以外の違いがないとわかる。差別するのは関わったことのない奴だけ。職員たちは毎日半魔族の子どもたちと触れ合ううちに情が移ってしまったのだろう。だからこそ、聖都の住民がほとんど避難しているというのに保護施設に残り続けているのだ。
「アーネスト様、是非またお越しくださいませ」
職員に見送られ、俺たちは保護施設を後にした。
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