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72話・魔族の襲撃に備える夜に交わした約束
しおりを挟む日が暮れる前にラウール家の屋敷に戻り、すぐに自分たちにあてがわれている客室へと引っ込む。
「テオが元気で安心した」
「ええ、私もです」
俺たちにとってテオは大事な存在だ。幼いテオを危険な場所に連れ回す覚悟がなくて手放してしまったことを悔やむ時もあった。でも、保護施設で友だちを作り、健やかに育った姿を見て、あの時の選択は間違っていなかったのだと安堵した。
「それはそうと、ギル」
「はい?」
睨みつけるが、ギルは平然と俺を見つめ返すだけ。イラッとして、気になっていたことを直接問いただしてみた。
「オマエ、事あるごとにテオと内緒話してるよな? 一体なにを話してるんだ」
「さあ? なんのことでしょう」
しらばっくれるギル。いつもなら誤魔化されるところだが、今回ばかりはそうはいかない。
「さっきテオに渡した紙袋の中身はなんだよ。俺なんにも知らねえんだけど!」
「すみません、男同士の秘密なので」
「俺も男なんですけどォ!?」
最悪の言い逃れをされ、思わず大声で突っ込んでしまった。怒る俺の姿に、ギルは苦笑いを浮かべている。
「御守りを渡しただけですよ。小さなものですが、お友だちのぶんも含めて幾つか用意していたので」
「そんなら最初っからそう言えよ! だったら俺に内緒にしなくてもいいじゃねえか!」
「いえ。男親の矜持ってものがありまして」
「だーかーらぁ、俺も男なんですけどォ!?」
ひとしきり喚いた後、ドッと疲れが押し寄せてきた。近くにあったソファに倒れ込む。
半魔族を囮として使う作戦には引っ掛かるものがあったけれど、新たに御守りを渡して安全に配慮してくれたのだ。責めることではないが、教えてくれなかった理由が意味不明過ぎて納得いかない。
「レイ。怒ってます?」
「……別にぃ」
「本当に?」
「怒ってねえけど」
ぐったりとソファに転がる俺のそばに近寄り、顔を覗き込むギル。困ったように首を傾げ、こちらの様子を窺ってくる。グレフ神の末裔が半魔族の機嫌を気に掛けているなんて、保護施設の奴らや教会関係者が見たら卒倒しそうだ。
「けど?」
「……ちょっと仲間外れみたいでヤだった」
しつこく聞かれ、少しだけ本音を漏らした。すると、ギルが俺に抱きついてきた。ソファに乗り上げ、ぎゅうぎゅうと力一杯抱きしめてくるものだから、体中の骨が軋んだ。声にならない悲鳴が口からこぼれ落ちる。
「ギル、くるしい」
「すみません」
謝りながらも、ギルは俺から離れない。肩口に顔を埋めて何度も頬擦りしてくる。
「レイ。愛してます」
「なんだよ急に」
「急ではありませんよ。嫌でしたか?」
「……ッ、嫌なわけねえだろ」
「ふふ。嬉しい」
俺の返答に安心したのか、ギルはようやく腕の力を抜いて顔を上げた。言葉通り、すごく嬉しそうに表情をゆるめて微笑んでいる。久々にテオに会って癒されたのだろう。聖都に到着してからずっと張り詰めていた気持ちが解けたように感じた。
そのままラウール家の屋敷に滞在することになった。
最低限の使用人しか残っていないため豪勢とまではいかないが、野営では作れないような手の込んだ料理が並べられている。
「ギルバート。頼まれていた通り、兵士を武装させて各地に配置しておいたぞぃ」
「ありがとうございます、イムノス様」
「魔族が現れればすぐ知らせるよう指示しておる。後は待つだけじゃ」
「ええ、早く終わらせたいですね」
ラウール家当主の権限を使い、イムノスは大陸中から兵士を集めて聖都付近に配置した。本隊は近隣にある結界装置が有効な集落で待機し、見張り役が魔族の出現を見落とさないよう封鎖済みの街道を巡回している。俺たちはいつでも対応できるように聖都で待っていればいい。
ちなみに、伝令方法は遠く離れた場所からでもわかるよう空砲花火を連続で打ち上げる『段雷』を使う。
「いつ魔族が来るかわかりません。交代で休みますか」
「今夜は私たちが起きておくとしよう」
「では、フィッツ。お願いします。なにかあればすぐに呼びに来てください」
話はまとまった。
食事を終え、ギルと一緒に客室へ戻る。入浴を済ませればあとは寝るだけだ。フィッツたちが寝ずの番をしてくれているうちに寝て身体を休めておかなくてはならない。
だというのに、ギルが駄々をこね始めた。
「ホントに寝るんですか? 信じられません!」
「オマエ今の状況わかってる?」
「だって、移動中なにもできなかったのに……」
「だってじゃねえよ」
いつ魔族が来るかわからないって言った張本人が、交代制で寝ずの番をする意味を理解していないわけがないのだが。
「そういうのは全部片付いてからにしろ」
「レイ、酷い。私を愛してないのですか」
「めんどくせえこと言ってんじゃねえよ」
なにを言われようと俺は寝る。ただでさえも実力が足りていないのだ。寝不足と腰の痛みのせいでロクに動けませんでした、なんて笑い話にもならない。
それに、ギルが不能ではないと周囲に知られたら、やりたくもない子作りを強要されるかもしれない。そう思うと怖くなった。
「ほら、ギルも寝るぞ。添い寝してやるから」
「はぁい」
渋々承諾したギルは俺の寝台に潜り込んできた。横向きに寝転がる俺を後ろから抱きしめてくる。それは別に構わないのだが、尻に硬いものが当たる妙な感触があった。
「……ギル。発情すんな」
「好きな相手と密着したらこうなりますよ」
「やっぱ出てけ。隣の寝台で一人で寝ろ」
「ひどくないですか? 戦いが始まったらそれどころじゃなくなってしまうのに」
文句ばかりで微塵も従うつもりがないギルに、俺は盛大な溜め息をついた。上半身を捻って後ろを向き、超至近距離からギルを見つめる。ごくり、と喉を鳴らしているが無視だ。
「俺を抱きたいんなら全部片付いてからにしろ。そしたら気が済むまで付き合ってやる」
後回しにするために放った言葉だったのだが。
「……言いましたね? 約束ですよ」
口の端を上げて微笑うギルを見て即座に後悔した。まずい約束をしてしまったかもしれない、と。
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