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73話・重ねた約束には言葉以上の効力はない
しおりを挟むまだ夜が明けきらぬ時刻にドン、となにかが爆ぜる音が響いた。続けて数発同じ音が聞こえた辺りでこれが伝令用花火『段雷』だと気付いて飛び起きる。
「ギル」
「ええ」
隣の寝台に声を掛けると、すぐにギルも体を起こした。手早く身支度を整えて応接間に行くと、フィッツたちも集合していた。
「それぞれ持ち場につき、襲撃に備えよ。負傷者はすぐラウール家の屋敷に連れてくるように。聖都内には結界がある。魔物や魔族が侵入できない安全区域だ」
フィッツはテーブルに広げられた地図を見ながら護衛四人に指示を出している。ルシオたちの出自は貴族。有事の際は住民を守るために働かねばならない。そして、フィッツはグレフ神の末裔としてこの場に残り、聖都を守る義務がある。
「ギルバートはレイと共に魔族の相手を頼む」
「ええ、任せてください」
軽く打ち合わせをしてから持ち場に向かう。応接間から出る前に、俺はルシオの肩を叩いて呼び止めた。
「ルシオも表に出るのか」
「ああ。兵士の後ろで指揮するだけだがな」
「まだ本調子じゃないんだろ。大丈夫か」
ルシオが怪我から復帰してからまだ日が浅い。剣の腕は確かだが、体力が戻り切っていない時期に無理をしたら後々に響くかもしれない。心配する俺に、ルシオはニッと笑った。
「オレはレイのほうが心配だ。やばいと思ったらすぐに退けよ。くれぐれも無理はするな」
「お、おう」
心配していたのは俺のほうだったのに、言いたかったことを全部先に言われてしまった。そんな俺たちを見たオルミたちがガハハと豪快に笑う。
「オレらの心配はしてくれないのか、レイ!」
「冷たいなあ、同じ鍋のスープを飲んだ仲なのに」
「本当だよなあ、ルシオばっか心配されてさぁ」
「そのスープ作ったの俺だろーが!」
あまりにも普段通りのやり取りに緊張がほぐれてゆく。胸の中の不安も、コイツらと話すうちに掻き消えていくようだった。
屋敷の玄関に向かっている最中にも『段雷』が聞こえてくる。打ち上がっている場所が近付いているように感じた。
「ギル、急ぐぞ」
「ええ」
それぞれ馬に乗り、大通りを一気に駆け抜ける。正門に近付くにつれ、兵士たちの号令や馬のいななきが聞こえてくる。ギルの姿を見た警備兵が門を開き、俺たちを外へと出してくれた。
「聖都内にある結界装置は教会本部がある奥に行くほど数多く設置されていますが、表側……正門の辺りにはありません。城壁から外はもう結界の効果範囲外だと思ってください」
「りょーかい」
ギルの言葉に頷いてから、俺は前を見た。
正門の周辺には広場があり、そこから真っ直ぐ街道が伸びている。幅の広い石畳の街道の左右に兵士の集団が陣取り、襲撃に備えていた。この場の指揮官はトーレスだ。ギルが出てきたことに気付き、離れた位置から手を振っている。
兵士たちの間を駆け抜けていくと、はるか前方に土煙が上がっている光景が見えた。上空には何発かの空砲が打ち上がり、ここが最前線だと知らせている。
「あそこだな」
「急ぎましょう」
馬首を並べて更に街道を走る。途中、指揮を取るマリクとサンクの姿を見かけたがそのまま通り過ぎた。
徐々に兵士たちの声や悲鳴が聞こえてくるようになった。同時に無数の獣の咆哮が辺り一帯に響き渡る。どうやら魔族がたくさんの魔物を従えているらしい。
第一陣は足の速い狼型の魔物だ。数十頭の狼がまるで一つの生き物のように固まって移動している。一頭ずつならば並の兵士が複数でかかれば倒せるが、集団ともなれば崩しにくく倒しづらい。オルミが指揮する重盾兵が突進を凌ぎ、隙間から槍を出して刺す戦法を取っている。
「オルミ、加勢する」
「ありがたい」
少し離れた位置で馬を止め、移動中練っていた魔力に属性と方向性を与えて放つ。
「──切り裂け、烈風!」
俺が生み出した風の刃は重盾兵の手前に現れ、魔物側に向けて高速で斬り掛かっていった。毛皮が硬くて致命傷にはならないが、動きを止めることには成功した。その隙をつき、槍兵が前に出てトドメを刺していく。
「すまん。助かった、レイ」
「いーってことよ。じゃな!」
礼を言うオルミに笑顔で手を振り、更に先へと進んだ。俺たちは魔物を倒しにきたわけじゃない。魔族を見つけて撃退しにきたのだ。
「魔族はどこだ?」
「おかしいですね。結界の効果範囲外になっている場所は限られています。この街道を通らねば聖都には辿り着かないはずなんですけど」
魔物はいるが、魔族とはまだ遭遇していない。まさか魔物だけを寄越して自分たちはなにもしないつもりなのだろうか。
「もしかして、大量の魔物をぶつけて俺たちを疲れさせてから来るのかな」
「有り得る話ですね」
「だとしたら兵士が危ないな」
この場にいる兵士たちは大陸中央の各都市からイムノスが集めてきた。辺境とは違い、安定した結界の効果範囲内での活動が主となる。つまり魔物との戦闘経験が少ない。慣れない相手との戦闘は肉体的にも精神的にも負担が大きくなる。疲れ切った頃、魔物よりはるかに強い魔族が現れたら対抗する気力すら失ってしまうだろう。
「……ギルぅ」
「ダメです」
「まだなんも言ってねえだろ!」
「あなたが言いそうなことなら予想がつきます」
ダメ元で声をかけてみたら説明する前に断られた。
「どうせ『自分が魔族を誘き寄せる』とか言うつもりでしょう。わかっているんですよ」
「うっ」
やはりギルにはお見通しだった。だが、引き下がるわけにはいかない。
「無駄に兵士たちを死なせるわけにはいかねえだろ。俺がバアルたちの気を引いて一箇所に集めりゃ話は早いよな?」
必死に訴える俺に対し、ギルは冷ややかな目を向けてくる。
「では、約束してください。魔族からなにを言われても耳を貸さないで。必ず私の元へ帰ってくると」
また約束をねだられた。そんなに念を押すくらい俺は信用ないんだろうか。
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