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75話・聖都襲撃と二度目の奇跡の光
しおりを挟む石畳の上に膝をついたバアルの背には剣が突き立っている。貫通していて出血が酷い。西の集落の代表が死んだ時の姿に似ているな、などと考えてしまうくらい自分が動揺していることに気付く。
俺たちがいる場所からギルまではかなり距離がある。近くにいた兵士から剣を借りて投擲したのだろう。常人には不可能な真似を簡単にやってのけている。
ギルが加勢した理由は、半魔族の俺では魔族のバアルに勝てないからだ。たとえ優勢になったとしても命を奪うなんてできないと見透かされているのかもしれない。
「うぐ、……くそ、痛ぇ」
流れ出た血が水溜まりのように広がっている。腹から飛び出した剣先が邪魔でうつ伏せにはなれず、バアルは横向きに石畳の上に倒れ込んだ。呼吸は不規則になり、苦しげに呻きながら血を吐いている。
「ギル……?」
明らかに助かりそうにないバアルの様子を確認してから、ギルは踵を返して聖都のほうへと行ってしまった。さっき聖都の正門辺りで襲撃らしき騒ぎがあったから、そちらを優先したのだとわかっている。でも、俺にはなにも言わずに行ってしまった。
瀕死のバアルと取り残され、呆然となる。
「ら、ラース……」
「おい、喋るな。死ぬぞ!」
血溜まりの中、横向きに倒れたバアルが俺の名を呼んだ。声は小さくかすれていて弱々しい。いつもの覇気がまったく感じられずに不安になった。
普通の人間ならば死んでいてもおかしくない怪我だが、バアルはなんとか生きている。魔族の体力と回復力があっても剣が刺さったままでは治らない。魔族を治療する医者など存在しない。抜くなら自分でやらなくてはならず、俺にはその覚悟と度胸がない。オロオロしながらバアルのそばに両膝をつき、言葉に耳を傾けることしかできなかった。
「……あれは、一年前にもおまえを騙してる」
「え?」
「辺境の代表の女を通じて結界破りの道具を渡してきたのは、アイツだ。オレたちは騙され、嵌められた」
「結界破り?」
時折血を吐きながらも、バアルは必死に訴えてきた。死の間際に嘘をつくなんて有り得ない。バアルは回りくどい方法で仲違いさせようなんて考えもしない性格だ。
今の言葉が真実だとするならば、バアルとは別行動中のルオムとマルヴは結界破りの道具を所持していることになる。
辺境の代表の女とは、バルガード代表のサフールを指しているのは間違いない。ギルが手紙で指示を出し、魔族に占拠された西の集落から女を解放させていた。交渉時に魔族に道具を渡させたのだろう。サフールからの手紙を人前で開封しなかった理由はこのためか。
本当にそんな道具があるのなら、一年前の聖都襲撃事件が起きた謎も解ける。そして今、俺に見つからずに魔族が聖都に侵入して暴れている理由にも納得がいく。
「ギルが、魔族に結界破りの道具を……?」
ギルが魔族に味方するような真似をするはずがない。そこだけが引っ掛かり、バアルの言葉を信じることができなかった。
「ラース……」
またも苦しげな声に呼ばれ、俺は思考を放棄してバアルに近寄った。膝が血溜まりに浸かり、ズボンがじっとり重くなる。
「あの男を、信じるな」
虚ろな瞳が俺を見上げている。もう焦点が合っていないようで、バアルは何度も咳き込み、血を吐いた。いくら頑丈で回復力の高い魔族でも助からない。
「……ラース、オレたちと、帰ろ……」
最後の力を振り絞るように、バアルが手を伸ばした。
今回の目的は保護施設にいる半魔族の奪還だけではなく、俺を説得して連れ帰ることも含まれていた。でなければ、わざわざ単独で俺の前に姿を見せる必要なんかない。三人がかりで倒せば済む話だったのだから。
バアルは俺を幼馴染みだと言っていた。記憶はないが、大断絶の向こう側に広がる魔族や魔物の棲む領域で生まれ、共に育った仲なのだろう。俺の身を案じ、信頼してくれていた。何度も騙し、裏切ってしまったが、死にかけた状態でも俺を気にかけてくれている。
「死ぬな、バアル」
見当違いのほうを探っていたバアルの手を掴み、自分の胸元へと引き寄せた。俺の声は震えていて、視界もにじんでくる。バアルと過ごした過去の思い出は頭から抜け落ちているけれど、失いたくないと強く思った。
その時、白く輝く光の霧が俺たちの周りに発生した。きらきらと光る粒がバアルに突き刺さったままの剣と傷口を包み込むように集まり、チカチカと点滅を繰り返している。
「まさか、あの時の光か……?」
住民奪還作戦で死にかけたルシオを救った白い光と同じだ。魔力が光の粒に変化したのか、それとも違うものなのかはわからない。
やがて点滅する間隔が短くなり、強く光り輝き始める。ルシオの時にはここまで光らなかったのに、と疑問に思いながら眩しさに耐えかねて目を閉じる。掴んだバアルの手だけは離さなかった。
どれぐらいの時間が流れただろう。直視できないほどの光が徐々に収まっていった。恐る恐る目を開けてみると、バアルは変わらず石畳の上に横向きに倒れている。血溜まりもそのままだ。だが、大きな変化が起きていた。
「剣が、抜けてる……?」
背中から腹に貫通していた剣が抜け、近くに転がっていた。俺は剣には触れていないし、バアルも死にかけていて動けなかった。そもそもずっと手を握っていたのだから不可能だ。
「バアル」
顔を覗き込むと、さっきより少しだけ顔色がマシになっていた。背中と腹には剣が刺さっていたであろう箇所に痕があるが、傷口は塞がっている。出血も止まったようだ。
「よ、良かった。助かった、のか?」
正直あの白い光の正体はわからない。誰かが怪我を負った時に現れて治癒してくれる謎の現象だ。原理や発生条件は不明だが、命が助かるのなら構わない。
「とはいえ、どうしよっかな……」
ルシオの時は馬車でデオガルドに運び、医者に診せて対応してもらったが、バアルは無理だ。魔族を助ける人間はいない。安静にしていれば治るだろうが、そもそもここは街道のど真ん中。近くに建物すらない。一番近くにある聖都には魔族避けの結界が張られているから連れていけない。
「そうだ、聖都が襲撃されてるんだった!」
バアルのことばかりに気を取られていて頭から抜け落ちていた。慌てて立ち上がり、聖都のほうを見ると立ち昇る黒煙の数が増えている。今も襲撃が続いていると知らせているようだった。
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