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王太子は貴族の不正を決して許しません 2
しおりを挟む「本気でわたくしめを裁くつもりなら役人や兵士を同行させるはずでしょう。だが、ここには殿下と側近のかたしかおられない」
「それがどうした」
「わたくしと組めば国家予算の流用が可能となります。殿下は何不自由ない暮らしをされておられますが、なんの制限もなく個人で自由に使える金も必要でしょう」
「……まさか、俺に不正の片棒を担げと?」
私の後ろに立つローガン様からピリッとした空気が発せられた。ぞくりと背筋が粟立ち、冷や汗が流れ落ちる。男爵は相当鈍いようで、ローガン様の言葉を賛同と勘違いして喋り続けた。
「殿下がお望みでしたらわたくしの領地内に専用の遊び場を設けましょう。陛下や他の家臣の目の届かない秘密の遊び場です。貴族令嬢相手にはできないような行為もできますよ」
下劣極まりない発言に、私も殿下も怒りを通り越して呆れてしまった。おそらく、今まで男爵は不正に気付いて指摘しにきた者を抱き込んで共犯者にし、黙らせてきたのだ。そうでなければもっと早くに罪が暴かれていたはずである。
視察の仕事がローガン様に回ってきた理由は、ローガン様がどう対処するかを見るためだろう。男爵の誘いに乗るような愚かな者には次期国王になる資格はない。ローガン様の器を見極めるために陛下と内務大臣の父が与えた試練のようなもの。
横領に気付くか。
罪を指摘できるか。
誘いに乗らないか。
罪を正しく裁けるか。
もちろん、ローガン様は仕事が回ってきた時点で違和感に気付き、事前に帳簿や過去の記録を調べ上げてから今日の視察に臨んでいる。
「男爵。残念だが、陛下に報告させてもらう。明日には役人が来るだろうから身の回りの整理でもしておけ」
これもローガン様の温情。時間の猶予を与え、冷静さを取り戻させて反省を促す。役人が来る前に自ら出頭すれば減刑するお考えなのだ。
しかし、男爵は救いようがない愚か者だった。
「仕方ありませんな。では無理にでもわたくしの側についていただく!」
男爵が声を上げると、近くにあった作業員用の休憩小屋から三人の屈強な男たちが飛び出してきた。みな腕が立ちそうだ。過酷な労働環境でも作業員たちが逃げなかった理由はコイツらに監視されていたからだろう。男爵の用心棒だ。
「地位や権力があっても所詮は温室育ち。懐柔できないのなら無理やり捕らえて解らせるまで!」
私もローガン様も二十歳を迎えたばかりの若輩者。たった二人、護衛の兵士も連れずに現れた若い貴族は与し易い相手だと思われても仕方ない。
だが、侮られてはいられない。
「ヴァイン。殺すな」
「はっ」
短い命令を聞き、私は即座に実行に移した。
一番近くにいた男を体当たりで突き飛ばし、隣の男に足払いをかけて転ばせる。驚いて勝手に倒れた男爵を踏み越え、残りの一人の腹に蹴りを入れた。最初に突き飛ばした男が体勢を立て直す前に、懐から短剣を取り出して逆手に構える。
「なっ……」
「ぐあーっ!」
体格の良さにあぐらをかき、全員防具を身につけていない。脇腹や腿、腕などを斬りつければ簡単に傷を負わせることができた。出血はするが命に関わるほどの怪我ではない。戦意を喪失させるための攻撃だ。
数分と経たぬうちに三人の男と男爵を制圧した。遠巻きに様子を窺っていた作業員たちがポカンとしているので、縄を持ってくるよう指示を出す。
男爵と男たちを縛り上げてから、ローガン様は作業員たちを集めた。
「不当に搾取されていたことに気付くのが遅れて申し訳ない。すぐに調査を始め、過去に遡って正当な報酬の支払いと補償をさせる」
もちろんそれだけでは終わらない。
「あなたがたは数年間護岸工事に携わってきた。誰よりもこの地に詳しいと思う。新たに派遣されてくる責任者にはきちんと意見や要望を聞くよう伝えておく。もし嫌ではないのなら、引き続き働いてほしい」
「で、殿下……!」
ローガン様の言葉に、作業員たちの瞳に光が戻る。長年男爵から搾取され、失っていた仕事への熱意と誇りを取り戻した瞬間だった。
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