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王太子は貴族の不正を決して許しません 1
しおりを挟む何年経っても終わらない護岸工事に疑念を抱いたローガン様は現場の視察を行なった。その結果、やはり不正があると判断するに至った。
「男爵、工事はまだかかりそうか」
「ははーっ。努力しておるのですが、なかなか難しい土地でして。予算を増やしていただければ工期を短くできるかと」
「ふむ。そうか」
揉み手をしつつ、ローガン様に予算増額をねだる男爵。たるんだ頬肉が上着の襟に乗っかり、醜く歪んでいる。精緻な刺繍が施された良い仕立ての上着、太い指には大粒の宝石があしらわれた指輪がはめられている。家格からみて明らかに度を超えた贅沢品ばかりだ。
「殿下からも予算を増やすようお伝えいただければ話が早いのですが、ねえ?」
まだ若く経験の少ないローガン様を侮った言動の数々。この御方が物見遊山で現場に足を運んでいると思っているのだろうか。だとしたら、男爵は完全に見誤っている。ローガン様は仕事では一切手を抜かない。
「はて。予算の増額は本当に必要だろうか?」
軽く手を打ち鳴らし、場を仕切り直す。金の瞳に真っ直ぐ射抜かれた男爵が揉み手を止めて息を飲む。王族が放つ独特の雰囲気に気圧されているのだ。
「俺は若輩ゆえ、なんでもひと通り調べてからでないとなにも出来ん。だから、此度の視察が決まってから色々と調べさせてもらった」
男爵が口をパクパクさせている。餌をやり過ぎた魚のようだと思いながら、私は書類を差し出した。先ほど初老の作業員に拾わせ、わざと中身を見せた書類である。
「現場で作業に従事している者は常時百名、給料は一人当たり幾らかかるかが記載された、人件費に関する書類だ。報告者は男爵で間違いないな」
「は、はい。わたくしめが書いたものですが」
「記載内容に誤りがあるようだ。心当たりはないか?」
「あ、いえ、そんな。誤りなどあるはずが」
ローガン様に問われた男爵は吃りながらも否定した。脂汗が額から流れ落ち、地面に敷かれた板にシミを作っている。
「まず人件費だが、記載よりかなり低い額しか作業員に支払われていないようだ。それに、申告された人数が現場で働いていない」
「きょっ今日はたまたま作業員が少ない日でして! それに、わたくしはきちんと給料を支払っております!」
素直に認めるはずがない。認めてしまえば、ひた隠しにしてきた罪が暴かれてしまうのだから。
慌てて否定する男爵を、ローガン様が冷静かつ確実に追い詰めていく。
「給料から食費と宿泊費を不当に天引きしているだろう。宿泊施設と食堂の運営費用は別で予算が組まれているのに、なぜ作業員からも金を取っている?」
「それは、その、なにかの手違いで」
「では、手違いで天引きした額を遡って計算し、作業員たちに返還すると約束せよ。返還しなかった場合、男爵を工事責任者の任から解く」
ついに脂汗すら出なくなり、男爵は真っ青な顔で立ち尽くした。
ざっくり計算した結果、作業員たちへの返還だけでかなりの金額になる。だが、もちろんローガン様の指摘はまだ終わらない。
「工事をわざと遅らせている疑いもある。過去に提出された工事計画書ならびに作業報告書を確認したが、ほとんど進んでいない」
「おっ、お言葉ですが!」
黙ってはいられないようで、ついに男爵が反論し始めた。
「殿下は護岸工事の大変さを理解されておりません! 自然を相手にしているのですから計画通りに進むわけがないのです! 雨が降るたびに作業がやり直しになったり色々と苦労があるのです!」
必死の形相で唾を撒き散らしながら工事する側の苦労を主張する男爵。
工事が大変だという話は理解できる。予想外の事態が発生し、その都度対処しなくてはならないこともあるだろう。しかし、物事には限度がある。言っていることは正しくても実際の行ないが間違っているのだからどうしようもない。論点をずらしても、証拠は既に上がっている。男爵に逃げ場はない。
「男爵周辺の金の動きを調べた結果、予算の半分にあたる金額を着服していると判明した。罪を認めて全額返還すれば俺の裁量で罪を公表しないでおくが、どうする?」
「ぐぬっ……」
従わねばお仕舞いだ。罪が明るみに出れば男爵の信頼は地に落ちる。工事の責任者から外されるだけではなく爵位剥奪も有り得る話である。ローガン様はお優しいので挽回の機会を与えているが、果たしてこの男は理解しているのだろうか。
「ふ、ふふ。殿下もお人が悪い」
「うん?」
青い顔で唸っていた男爵がニヤリと口角を上げた。ただでさえも見苦しい顔を歪めて笑う様は醜悪そのもの。嫌な予感がして、私はローガン様と男爵の間に割り入った。
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