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私は義理の母から疎まれているようです
しおりを挟む深夜に帰宅すると、屋敷は最低限の明かりだけが灯されて薄暗かった。夜番の使用人に出迎えられるが、食事も入浴も王宮で済ませている。特に頼むこともないので、そのまま自室へと向かった。
階段を登り、二階の廊下を歩いていると、自室の扉の前に小さな人影があった。人影は私の姿を見るなり、小走りで駆け寄ってくる。
「兄さま、おかえりなさいませ!」
「ルイン」
人影は異母弟のルインだった。就寝時間はとっくに過ぎているので、白い寝間着を身につけている。ふわふわした明るい栗色の髪は母親譲りで、薄暗い場所でもよく映える。年の離れた可愛い弟だ。
「こんな時間にどうした」
「なんだか眠れなくて。そしたら馬車の音が聞こえたので、部屋から抜け出してきました」
「そうか。うるさくしてしまったな」
「いいえ! 遅くまでお仕事お疲れ様です」
廊下は声が響く。とりあえず、ルインを私の自室に招いてソファに座らせた。寒い時期ではないが夜は冷える。膝掛けを渡してやると、ルインはパァッと笑顔になった。
「明日も授業があるのだろう。早く寝ないと起きられなくなるぞ」
「はい。……でも」
「でも?」
話しながら、だんだん声が小さくなった。膝掛けを握りしめて俯いている。続きを促すと、ルインはためらいながら口を開いた。
「ここのところ朝食の時にしか兄さまにお会いしていないではないですか。食事中はお喋りしてはいけないし、食べ終わったらすぐお仕事に行ってしまわれるし。ぼく、もっと兄さまとお話したくて」
私との時間を作るため、わざわざ夜中に部屋を抜け出してきたということだ。いじらしく可愛らしい言動に思わず表情がゆるんでしまう。
同時に帰宅が遅くなった理由を思い出し、激しい自己嫌悪に陥る。父を避け、私に笑顔を向けてくれない義母を避け、義母の愛情を一身に受ける弟を避けていた。ルインが私の帰宅を待ち侘びている頃、私はローガン様に己の欲をぶつけていたのだ。
こんなひどい男だと知ったら、ルインはきっと私を今のように慕ってくれないだろう。
「近いうちに時間を作ろう。だから、今夜はもう部屋に戻るんだ。いいね?」
「ほんとうですか? うれしいです」
ルインは素直に頷き、ソファから降りた。もう悲しい顔はしていない。いつもの明るく人懐こい笑顔を浮かべている。
「さあ、部屋まで送ろう」
「はいっ」
同じ階にあるとはいえ、ルインと私の部屋は距離がある。夜中に一人で歩かせるわけにはいかない。
並んで歩いていると、廊下の向こうに明かりが見えた。誰かが手燭を持って立っている。
「ルイン」
「母さま!」
明かりを持っていたのは義母だった。いつも高い位置で綺麗に結われている髪は下のほうで一つにくくられ、寝間着の上にガウンを羽織っている。手燭の揺らめく明かりに照らされた姿は妖しいほどに美しい。
「物音がしたと思ったら、部屋から出ていたのね」
「兄さまとお話したくて」
「……そう。お兄様はお疲れなのよ。あまり我が儘を言って困らせてはいけません」
「はい。ごめんなさい」
軽くたしなめられ、うなだれるルイン。義母は私を見ることなく、自分の腰に抱きついている我が子の背を優しく撫でている。
「私は迷惑だと思っておりませんよ」
否定すると、ルインは嬉しそうに「ほんと?」と笑顔を向けてきた。だが、義母は相変わらず私を見ようともしない。
「ルイン。お兄様におやすみの挨拶をして」
「はいっ! 兄さま、おやすみなさいませ」
「ああ。おやすみ、ルイン」
そのまま義母は私に背を向け、ルインの部屋の扉に手をかけた。今夜はルインに添い寝してやるのだろうか。幼い頃、私にしてくれたように。もうあんな風に同じ寝台で眠ることはできないとわかっているのに、それが許されているルインが羨ましくてたまらなかった。
「……おやすみなさい、義母上」
二人が部屋の中に消え、扉が音を立てて閉まる。薄暗い廊下に一人残された私は義母への挨拶を呟いてから自分の部屋へと戻った。
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