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王太子の拗ねた顔見たさに意地悪しました
しおりを挟む口移しにより飲酒量が減ったからか、翌日ローガン様に二日酔いの症状は出なかった。国境が近くなるにつれ、道がガタガタになっている。馬車に乗っていると揺れや振動がダイレクトに伝わるが、今日は体調が良いため問題はなさそうだった。
しかし、体調とは真逆で機嫌は悪い。
「ヴァインは意地悪だ」
「なにがです?」
馬車に揺られながら、私ではなく窓の外を眺めてボヤく横顔に問い返す。
「口移しなら望むだけ飲ませると約束したのに、結局ほとんど飲めなかった」
「途中から望まれませんでしたよね、お酒」
「あっあれはおまえが妙な真似をするから!」
抗議されたが、私は一切嘘はついていない。途中からそういう雰囲気になっただけ。実際ローガン様も行為に気を取られて酒を要求し忘れていた。おかげで今日は二日酔いで苦しまずに済んでいるのだから、感謝されこそすれ責められる謂れはない。
「おや。妙な真似とは例えばどのような?」
「おまえが、その、手で、俺の……」
苦情に質問で返せば、ローガン様は途中で言葉を詰まらせた。窓からこちらに顔を向け、視線を私の手に落とす。この手に翻弄され、手のひらの中に精を吐き出したことを思い出したらしい。端正な顔がみるみるうちに真っ赤に染まってゆく。まるで酔っ払っていた昨夜のように。
「俺の……なんですか?」
更に問うと、ローガン様はまた顔をそらした。
「やっぱり意地が悪いじゃないか!」
「それは申し訳ございません。お許しを」
「ふん!」
口先だけの謝罪をすれば、ローガン様はそっぽを向いたまま私を無視し始めた。悔しそうに眉を吊り上げ、頬をふくらませている。窓枠に肘をついて頬杖をして、車窓の外を流れていく景色を眺めている。
私を視界に入れまいとする態度は成人済みの男がするにはあまりにも幼い。他人の前では完璧な王太子として振る舞う御方が、私の前では昔と変わらぬ子どもっぽい一面を覗かせる。
拗ねた横顔が見たくてわざと怒らせているのかもしれない。だとすれば、ローガン様のおっしゃる通り私は意地が悪いのだろう。それでも側近の任を解かないのだから不思議で仕方がない。やはり被虐趣味をお持ちなのか?
「……おい」
「はい?」
しばらくして、痺れを切らせたローガン様から話しかけてきた。
「なにか話せ」
「なにかと申されましても」
どうやら沈黙に耐えられなかったらしい。私がずっと無言でローガン様の横顔を見つめ続けていたからかもしれないが。
「日暮れ頃には砦に着く。俺にとっては初めて行く場所だが、おまえは行ったことがあるのだろう? そこでどんな風に過ごしていたか教えろ」
なるほど。視察先の情報を把握しておきたいということか。砦に配属されている王国軍兵士の数や任務内容、砦の見取り図などは事前に書面で報告されているが、あくまで数字の話。実際どんな感じなのか知っておけば話が早い。
「私がお世話になっていたのは数年前ですから現在は違うかもしれませんが、砦には三十名ほどの王国軍兵士が常駐しています。国境線を巡回したり、近辺で起きる問題に対処したりとか。後はひたすら鍛錬ですね」
「ふむ。もっと詳しく」
「四、五名ずつの班に別れ、交代で任務にあたります。宿舎の部屋も班単位です。食堂がありまして、近くの村から数日に一度食材が届くので、食事当番が作ります。食事当番は持ち回り制で、私もやったことがありますよ」
「ヴァインは料理を作ったことがあるのか!」
そこに食いつくとは思わなかった。まあ、王太子は厨房に入らせてもらえないだろう。私も自宅で厨房に入った経験はない。
「ずーっと芋の皮むきをさせられました。料理はやらせてもらえませんでしたよ」
その芋の皮むきも最初のうちは酷いものだったが。他の兵士に聞いたら、誰もが必ず通る道なのだという。
「ヴァインが仲が良かった者はまだいるのか?」
「さあ、どうでしょう。連絡を取り合ってはいませんし、砦の他にも任地は幾つかありますから」
「そうか」
ローガン様は聞くだけ聞いてから、またそっぽを向いた。頬杖をついて窓の外を眺めている。
結局なにを確認したかったのだろうか。
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