3 / 60
出会い
3
しおりを挟む「あれって、やっぱ抱かれてんだろうな」
家に帰るなり元樹が下世話なことを言い出したので、緩めたネクタイを外していた純は思わず笑ってしまった。
まったく同じことを考えていたからだ。抱かれてるにきまってる。あえて確認するまでもなく、あれでは顔に書いてあったも同然だ。
先ほどまでパーティーで一緒だった鬼塚と咲久に興味があるのか、リビングのソファに座った元樹がスーツを脱ぐ純に話しかける。
「典型的なゲイのカップルってあんな感じなんだな」
典型的もなにも、自分たち以外の男同士のカップルってやつをまともに見たのは初めてなので、あれが普通なのかどうか純にわかるわけがない。
ただ、男同士という部分を省けば、典型的と言えなくもないだろう。
『HIKARIの御曹司が庇護する、従順で可愛い年下の恋人』だと思えばある意味普通だ。
そんなことより純が気になったのは、鬼塚がカミングアウトしていることだった。HIKARI通商と言えば社会人なら誰もが聞いたことのある大企業だ。そこの御曹司がゲイをカミングアウトしているなんて、世の中は純が知らない間にずいぶん寛容になっているらしい。
いや、そうじゃないなと思った。
きっと、そんなことくらいで鬼塚の立場は揺らがないという自信の表れなのだろう。この世は力があるほど自由に発言出来て、自由に生きられる社会なのだ。
「綺麗な子だったよな、あの咲久って子。あれで俺らと二つしか違わねえって、ビックリだぞ」
確かに咲久は、純から見ても若く見えた。大学生、もしかすると着る服によっては高校生でも通りそうな雰囲気だった。見た目が華奢で性格がおとなしそうってだけで、あれほど若く見えるとは驚きだ。
「それよりどうすんだよ。マジで引き受けるのか?」
純が聞くと、元樹がうーんと唸るような声を出した。
先ほどのパーティーで自己紹介をして、お互いの関係性を打ち明けたところで、場所を移動して一緒に飲んでいると、話題が鬼塚と咲久の引っ越しの話になったのだ。
鬼塚が咲久と住むためのマンションを買ったのだとか。金持ちはアッサリ買えていいよなと羨ましく思っていると、どうせなら元樹にインテリアを任せてはどうかと松田が言い出した。
初めは断っていた元樹も、松田の勢いに押されたのか、断り切れないまま帰って来てしまっている。
「正直、あんま乗り気じゃねえんだけど、改めて言って来るようなら仕方ねえしやるわ。強く断る理由もないからな」
確かに知り合いになった以上、理由なく断るというのは難しいだろう。
「それに金があるってことは、好きにやれて面白そうだろ?」
インテリアデザイナーの仕事がどんなものなのか純は詳しく知らないので、面白そうかどうかもわからない。そもそもがあまり干渉し合わない関係なので、仕事に限らず何に関してもそんな感じなのだ。
失敗だったかなと純は思った。
純たちが松田という男に出会ったのは本当に偶然だった。珍しくふたりで飲みに行ったバーに松田はいた。日頃から面白いことを探しているのか、バーの客に見境なく声を掛けていた松田は、当然のごとく純と元樹にも声を掛けて来た。
いつもなら絶対に言うことのない純と元樹の関係を松田に話したのは、今思えば単純に酔っていたせいだろう。ふたりは独身なのか彼女はいるのかと聞かれ、少し面倒だと思っていたとき、何を思ったのかふいに松田が友人に男同士のカップルがいるんだけどと言い出したのだ。
ふーんと流せばそれで終わった話だったのに、どちらともなく俺たちもそうなんだと告白していた。女がいないことを詮索されるのが面倒だったのか、しょせん知らない人間という安心感からか、初めて行くバーだったこともあり二度と来なければいいだけという安全性からか。どれかはわからないけれど気付けば松田に打ち明けていた。
それがよかったのか悪かったのかはわからない。
ただ、そんな純たちを何故か気に入った松田が、遊びにおいでよと軽いノリで誘ってきたのが、今日のパーティーだったのだ。
あのとき打ち明けなければ出会うことのなかった、典型的なゲイカップル。純と元樹の関係とは明らかに違うふたり。抱く側と抱かれる側がハッキリしていて、そこが揺らぐことはないだろう。
ふと元樹を見ると、スーツのポケットからスマホを出し最近ハマッているらしいアプリゲームをしだす。
「なあ」
「ん?」
「おまえ、あの子を抱きたいとか思うか?」
純が聞くと、元樹が画面から視線を外すことなく笑う。
「もしかして、浮気のススメか?」
そうじゃない。そういうことではないけれど、でもそういうことなのかもしれない。よくわからない気分のままシャワーを浴びようと歩き出すと、元樹が腕を掴んで引き止めた。
「純がそうしたいって話なのか?」
そうじゃない。それも違う。
「なんだよ、また難しいこと考えてんのかよ」
物事に関して楽観的な元樹が、掴んだ腕を引き寄せる。純がソファへと倒れ込むと、その上に馬乗りになった元樹が視線を合わせた。
「言っとくけど、おまえとこうなってから、浮気とかしたことねえからな」
「わかってる」
「だったら、なんだよ」
「別に聞いただけだろ」
「純」
「退けよ、重いんだよ」
馬乗りの重みから逃れるように身体を捩ると、笑いながらアッサリと退く。
「珍しく誘われてんのかと思ったのに」
軽くそう言って、スーツを脱いだ裸の身体から離れる元樹はわかっていない。
安定した穏やかな日々は、裏を返せば退屈と無感動を生みだし、根本的なことを見つめ直すきっかけになるということを。
そうだよ。誘ったんだよ。もっと食い付けよ。
ソファから立ち上がり、バスルームへ向かう純は、従順で当たり障りのない笑顔を浮かべていた咲久の男にしては小さな身体を思い出していた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
《完結》僕が天使になるまで
MITARASI_
BL
命が尽きると知った遥は、恋人・翔太には秘密を抱えたまま「別れ」を選ぶ。
それは翔太の未来を守るため――。
料理のレシピ、小さなメモ、親友に託した願い。
遥が残した“天使の贈り物”の数々は、翔太の心を深く揺さぶり、やがて彼を未来へと導いていく。
涙と希望が交差する、切なくも温かい愛の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる