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罪の重さ
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状況は極めて難しい。今の会話を聞いて沙織がどう出るのか、咲久にはまったく予想が出来なかった。
優人のことを知っている沙織にすると、いったいどうなっているのだと思っても不思議じゃない。
そもそも、沙織にバレていいのだろうか。カミングアウトする気はないと、言っていたはずだ。もしかすると会いたいというのは、そういう意味ではないのかもしれない。普通に考えると、そういう意味だろう。だけど、日向に限っては違う場合もあり得る。誤解を招く態度ってだけなのかも。
緩衝材をダンボールに戻す沙織が声を出した。
「えっと、私、聞かなかったことにしましょうか?」
「うん……助かる」
「ですよね。てか、最近の店長の周辺、イケメン率高くないですか?」
「そう……かな」
「そうですよ。聞かなかったことにしますけど、そのかわりひとつだけ聞いても?」
聞かなかったことにしてくれるのなら、ひとつくらい答えてもいい。咲久が頷くと、沙織が考えるような顔になり。
「この前の話、もしかして今の人のことですか?」
どの話のことかわからず黙っていると、咲久お気に入りのふわりとした笑顔になり。
「最悪なんだけど愛おしいって、あの話です」
「関係ないよ……え、どうしてそう思うの?」
「だって、今の店長、まさにそんな感じですよ。あの人が入ってきたとき、会いたくない人が来たって顔したはずなのに、何でか、すっごく会いたかったって顔にも見えましたから。そういう矛盾した気持ちのことを言ったんじゃないんですか?」
女性は本当によく見ていると思った。沙織の言う通りだ。まさに日向との時間は、いつもそんな感じになる。始めは最悪だと思っていても、あの優しさで救ってくれるのだ。大丈夫ですよ、あなたは最悪なんかじゃないですよと。だけど、やっぱり最悪になる。そうするとまた、同じ優しさで癒してくれるのだ。
沙織を帰して、店を終え鍵を閉めたところで『終わりました』とメッセージを送ると、近くの公園にいると返事が来た。そこまで走って行くと、日向はベンチに座り動かないブランコをジッと見つめていた。
咲久に気付き、いつもの穏やかな笑顔を見せる。傍に近づくと、ブランコとか懐かしいなと呟いた。
「飯行きます?」
確かに、お腹は減っている。ただ、その前にひとつ確認しておきたい。
「あの、会いたかったって、どういう意味ですか?」
咲久が聞くと、日向は不思議そうな顔をした。どうしてそんなことを聞かれるのかわからない、といった感じだ。
「そのままの意味ですけど」
「そのままとは? もう隠しても仕方ないので、正直に言います。僕も、会いたいと思ってました。でも、僕の会いたいと、日向さんの会いたいは同じなんでしょうか?」
同じ?と口の中で呟き、咲久から視線を離した。
「同情からくる優しさなら、ホントにやめてください。僕、言ったはずです。勘違いするんです。もしかしたらって思うんです。でも、そうじゃないって、思わされるのは嫌なんです」
咲久は恋をしてしまったのだ。それが許されるとか、許されないとか、そんなことはどうでもよくて、ただ好きになってしまった。
「店に会いに来て、ご飯を一緒に食べて、それからどうするんですか? 当たり障りのない優しさで、気を持たせるだけ持たせて、そこからどうするつもりなんですか? 僕は、曖昧な友達関係を続けるための食事なんてしたくありません。だって、僕は抱かれたいと思ってますから」
咲久を見ない日向は、黙ったまま。
「僕の会いたいは、そういう会いたいでした。でも、日向さんは違いますよね。僕がキスをしたから、日向さんもしたんです。僕が日向さんに欲情したから、日向さんは手を貸してくれたんです。あの夜のことがずっと気になっているから、会いに来たってだけです。優しいから、放っておけないだけなんです。これが僕でなくても、きっと日向さんは同じことしてるはずです」
男でも、女でも、誰にだって優しくするのだ。自分を慕ってくれる相手に、冷たく出来ない。それが日向のいいところでもあるし、悪いところなのだろう。
黙って聞いていた日向が、思わずといったように声を出して笑った。
「前から思ってましたけど、椿さんって俺のこと誤解してますよね」
誤解などしていない。日向は間違いなくそういう男だ。
「俺は、優しくなんかないし、あなたに同情もしてませんよ」
また、綺麗事を言うのだろうかと思っていると、困ったなというように首の辺りを掻き。
「俺も、言ったじゃないですか、椿さんは愛されるべき人だって。キスのときも、思わず抱きしめそうになったって。性の対象として見てる、とも言いましたよね」
「でも、それは……」
「全部言いましょうか? 俺が何考えてたか」
そう言って、咲久を見上げる。
「初めから、可愛いと思ってました。あんまり可愛いから、出来ることなら関わりたくないなって。でも、仕事を引き受けた以上、そういうわけにもいかなかった。会えば会うほど、椿さんは愛されるに相応しい人だと思っていたのに、自分は愛されているのかわからないし、あげく欲求不満だとまで言い出す。ゾクッとしましたよ。おとなしそうな顔して、欲求不満なんて、どんだけエロいんだよって思いましたしね」
エロい、何て言葉が日向の口から出るとは思いもしていなかった。
「だから、マズイと思いながらもキスしたんですよ。我慢できなかったんです。でも、さすがによくないなと思ってるのに、今度は俺で抜いてるなんて言い出す。そんなこと知ったら、誰だって自分の手でイカせたいと思うでしょ。最高でしたよ。俺に縋って、何度もイク姿は本当にヤバかった。でも、最後までは踏み込み切れなかったってだけです」
困ったような、でもどこか怒っているような複雑な溜め息を吐き。
「俺からすると、椿さんこそどういうつもりで言ってるのかよくわかりません。本当に会いたかったんですか? 俺が会いに来たから、話を合わせてるだけなんじゃないですか?」
咲久は好きなのだ。話を合わせているわけじゃない。
「普通、会いたいと思ってたなら、連絡しますよね」
「それは……」
「連絡先知ってるのは、俺だけなんですか? 違いますよね。椿さんだって、知ってるのにしてこなかった。だから、後悔してるんだなって。もう、俺には会いたくないんだなって」
咲久にも思うことがあるように、日向にもあるのだと知る。
「後悔しましたよ。あんな機会が二度と来ないなら、あの日、ヤッときゃよかったなってね。どうせなら、突っ込んでやればよかったって」
複雑な顔を見せ、直接的な言葉を吐き出す。
「最初で最後になるなら、気遣いだとかあなたの負担を考えてだとか、くだらない格好なんてつけなきゃよかったって思ってますよ」
そう言った日向が、ベンチから咲久を見上げ手を掴んだ。
「これって、同情ですか?」
違う。それは同情とは言わない。
咲久が否定するように首を横に振ると、掴んだ手を強く握り締め。
「俺は、ズルイんです。純のことも、鬼塚さんのことも曖昧にしたまま、あなたに会いにくるような男です。本当は今すぐにでもヤリたいと思ってるのに、それ隠して飯に誘ったりするような、姑息な男なんです。それでも、俺が優しいって言えますか?」
言えない、と思った。本当に優しいのなら、大人としての常識があるのなら、そんなことはしないだろう。だけど、わからなかった日向の本音が見えたから。
「言えません。でも、いいんです。だって、同じですから……僕もズルイことばかり考えてますから」
「だったら、もう遠慮しなくていいですよね」
しなくていい。最初から遠慮なんて必要なかった。だって、今になって振り返ると、初めから気になってしかたなかったのだから。
出会い、惹かれ、恋をした。ただ、それだけのことなのだ。
わかっている。けして褒められることではないと。だけど、綺麗事ではもう止められない。
ベンチから立ち上がり、咲久の手を離すことなく歩き出す。日向は間違いなく、後悔するだろう。でも、それはそれでいい気がした。
後悔とは文字通り『後で悔いる』ことであって、少なくとも今ここにいる日向は咲久のものだと思えたから。
優人のことを知っている沙織にすると、いったいどうなっているのだと思っても不思議じゃない。
そもそも、沙織にバレていいのだろうか。カミングアウトする気はないと、言っていたはずだ。もしかすると会いたいというのは、そういう意味ではないのかもしれない。普通に考えると、そういう意味だろう。だけど、日向に限っては違う場合もあり得る。誤解を招く態度ってだけなのかも。
緩衝材をダンボールに戻す沙織が声を出した。
「えっと、私、聞かなかったことにしましょうか?」
「うん……助かる」
「ですよね。てか、最近の店長の周辺、イケメン率高くないですか?」
「そう……かな」
「そうですよ。聞かなかったことにしますけど、そのかわりひとつだけ聞いても?」
聞かなかったことにしてくれるのなら、ひとつくらい答えてもいい。咲久が頷くと、沙織が考えるような顔になり。
「この前の話、もしかして今の人のことですか?」
どの話のことかわからず黙っていると、咲久お気に入りのふわりとした笑顔になり。
「最悪なんだけど愛おしいって、あの話です」
「関係ないよ……え、どうしてそう思うの?」
「だって、今の店長、まさにそんな感じですよ。あの人が入ってきたとき、会いたくない人が来たって顔したはずなのに、何でか、すっごく会いたかったって顔にも見えましたから。そういう矛盾した気持ちのことを言ったんじゃないんですか?」
女性は本当によく見ていると思った。沙織の言う通りだ。まさに日向との時間は、いつもそんな感じになる。始めは最悪だと思っていても、あの優しさで救ってくれるのだ。大丈夫ですよ、あなたは最悪なんかじゃないですよと。だけど、やっぱり最悪になる。そうするとまた、同じ優しさで癒してくれるのだ。
沙織を帰して、店を終え鍵を閉めたところで『終わりました』とメッセージを送ると、近くの公園にいると返事が来た。そこまで走って行くと、日向はベンチに座り動かないブランコをジッと見つめていた。
咲久に気付き、いつもの穏やかな笑顔を見せる。傍に近づくと、ブランコとか懐かしいなと呟いた。
「飯行きます?」
確かに、お腹は減っている。ただ、その前にひとつ確認しておきたい。
「あの、会いたかったって、どういう意味ですか?」
咲久が聞くと、日向は不思議そうな顔をした。どうしてそんなことを聞かれるのかわからない、といった感じだ。
「そのままの意味ですけど」
「そのままとは? もう隠しても仕方ないので、正直に言います。僕も、会いたいと思ってました。でも、僕の会いたいと、日向さんの会いたいは同じなんでしょうか?」
同じ?と口の中で呟き、咲久から視線を離した。
「同情からくる優しさなら、ホントにやめてください。僕、言ったはずです。勘違いするんです。もしかしたらって思うんです。でも、そうじゃないって、思わされるのは嫌なんです」
咲久は恋をしてしまったのだ。それが許されるとか、許されないとか、そんなことはどうでもよくて、ただ好きになってしまった。
「店に会いに来て、ご飯を一緒に食べて、それからどうするんですか? 当たり障りのない優しさで、気を持たせるだけ持たせて、そこからどうするつもりなんですか? 僕は、曖昧な友達関係を続けるための食事なんてしたくありません。だって、僕は抱かれたいと思ってますから」
咲久を見ない日向は、黙ったまま。
「僕の会いたいは、そういう会いたいでした。でも、日向さんは違いますよね。僕がキスをしたから、日向さんもしたんです。僕が日向さんに欲情したから、日向さんは手を貸してくれたんです。あの夜のことがずっと気になっているから、会いに来たってだけです。優しいから、放っておけないだけなんです。これが僕でなくても、きっと日向さんは同じことしてるはずです」
男でも、女でも、誰にだって優しくするのだ。自分を慕ってくれる相手に、冷たく出来ない。それが日向のいいところでもあるし、悪いところなのだろう。
黙って聞いていた日向が、思わずといったように声を出して笑った。
「前から思ってましたけど、椿さんって俺のこと誤解してますよね」
誤解などしていない。日向は間違いなくそういう男だ。
「俺は、優しくなんかないし、あなたに同情もしてませんよ」
また、綺麗事を言うのだろうかと思っていると、困ったなというように首の辺りを掻き。
「俺も、言ったじゃないですか、椿さんは愛されるべき人だって。キスのときも、思わず抱きしめそうになったって。性の対象として見てる、とも言いましたよね」
「でも、それは……」
「全部言いましょうか? 俺が何考えてたか」
そう言って、咲久を見上げる。
「初めから、可愛いと思ってました。あんまり可愛いから、出来ることなら関わりたくないなって。でも、仕事を引き受けた以上、そういうわけにもいかなかった。会えば会うほど、椿さんは愛されるに相応しい人だと思っていたのに、自分は愛されているのかわからないし、あげく欲求不満だとまで言い出す。ゾクッとしましたよ。おとなしそうな顔して、欲求不満なんて、どんだけエロいんだよって思いましたしね」
エロい、何て言葉が日向の口から出るとは思いもしていなかった。
「だから、マズイと思いながらもキスしたんですよ。我慢できなかったんです。でも、さすがによくないなと思ってるのに、今度は俺で抜いてるなんて言い出す。そんなこと知ったら、誰だって自分の手でイカせたいと思うでしょ。最高でしたよ。俺に縋って、何度もイク姿は本当にヤバかった。でも、最後までは踏み込み切れなかったってだけです」
困ったような、でもどこか怒っているような複雑な溜め息を吐き。
「俺からすると、椿さんこそどういうつもりで言ってるのかよくわかりません。本当に会いたかったんですか? 俺が会いに来たから、話を合わせてるだけなんじゃないですか?」
咲久は好きなのだ。話を合わせているわけじゃない。
「普通、会いたいと思ってたなら、連絡しますよね」
「それは……」
「連絡先知ってるのは、俺だけなんですか? 違いますよね。椿さんだって、知ってるのにしてこなかった。だから、後悔してるんだなって。もう、俺には会いたくないんだなって」
咲久にも思うことがあるように、日向にもあるのだと知る。
「後悔しましたよ。あんな機会が二度と来ないなら、あの日、ヤッときゃよかったなってね。どうせなら、突っ込んでやればよかったって」
複雑な顔を見せ、直接的な言葉を吐き出す。
「最初で最後になるなら、気遣いだとかあなたの負担を考えてだとか、くだらない格好なんてつけなきゃよかったって思ってますよ」
そう言った日向が、ベンチから咲久を見上げ手を掴んだ。
「これって、同情ですか?」
違う。それは同情とは言わない。
咲久が否定するように首を横に振ると、掴んだ手を強く握り締め。
「俺は、ズルイんです。純のことも、鬼塚さんのことも曖昧にしたまま、あなたに会いにくるような男です。本当は今すぐにでもヤリたいと思ってるのに、それ隠して飯に誘ったりするような、姑息な男なんです。それでも、俺が優しいって言えますか?」
言えない、と思った。本当に優しいのなら、大人としての常識があるのなら、そんなことはしないだろう。だけど、わからなかった日向の本音が見えたから。
「言えません。でも、いいんです。だって、同じですから……僕もズルイことばかり考えてますから」
「だったら、もう遠慮しなくていいですよね」
しなくていい。最初から遠慮なんて必要なかった。だって、今になって振り返ると、初めから気になってしかたなかったのだから。
出会い、惹かれ、恋をした。ただ、それだけのことなのだ。
わかっている。けして褒められることではないと。だけど、綺麗事ではもう止められない。
ベンチから立ち上がり、咲久の手を離すことなく歩き出す。日向は間違いなく、後悔するだろう。でも、それはそれでいい気がした。
後悔とは文字通り『後で悔いる』ことであって、少なくとも今ここにいる日向は咲久のものだと思えたから。
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