運命の人

悠花

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罪の重さ

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 10日前と同じ場所で同じことをしているのに、まったく違う行為に咲久には思えた。
 玄関で靴を脱いだ途端、ベッドまで待ち切れないというように後ろから抱きしめられる。鼓動が速くなり胸が熱くなった。耳をなぞるようにキスされ、くすぐったくて身を捩ると、日向が耳元で甘く囁く。

「キスしたいんですけど」

 同意見だった咲久が振り返ると、ふわりと優しく笑い唇を捉えた。抱きしめながらのキスが深くなる。日向の厚みのある舌が、咲久の舌を舐めるように掬い上げ自分の口内へと引き入れた。少し強引に舌を吸われると、根元の筋肉が刺激されるのか、唾液が溢れだす。もうスッカリ夏だというのに、冷房を入れることも忘れ、日向のキスに夢中で応えた。
 もっとして欲しい。ずっとこうしていたい。離れないで。それらの言葉の代わりに、日向の身体を抱きしめると、髪に手が添えられさらに深いキスで犯された。
 全身の熱が下半身へ集まって行く。密着しているので、ダイレクトな反応が日向に伝わる恥ずかしさを紛らわしたくて逃げるように腰を引くと、反対に強く引き寄せられた。

「どこ行くんですか?」
「あ、だって……」

 日向の太腿に当たる咲久の性器が、芯を持ち始める。キスを離した日向の手が、咲久の頬を優しく包み、頬に、額に、瞼にキスをされると切なさに胸が締め付けられた。
 頬にあった手が、肩を辿り腕を滑りシャツの裾まで辿り着く。そして、シャツの中へと入ってきた手が咲久の荒い呼吸で乱れる胸に触れた。手のひらで脇腹を撫でられたかと思うと、期待に硬く尖る胸の先を指で擦られ思わず声が出た。

「あぁっ……」
「どこも、硬くなってますね」

 今や立派に勃ち上がった性器を意識させるかのように、太腿を押し付けてくる。悩ましいほどの熱い呼吸を吐き出すと、日向が耳元で囁いた。

「すげえヤリてえ……」

 ストレートな言葉に背筋がゾクリとした。咲久の腕を掴み、部屋へと上がる。本能のまま動く日向が、咲久をベッドに押し倒した。今から起こるだろうすべての出来ごとに、期待して胸が高鳴った。
 着ていたシャツが脱がされ、夏物の薄いズボンがアッサリと脱がされる。下着だけの姿になった咲久を見下ろす日向が困ったような顔で笑った。

「ホント綺麗ですね」

 綺麗だなんて、自分では自覚していない咲久からすると、曖昧な褒め言葉でしかない。頬に触れる日向の手が、首筋を伝い胸へと滑る。親指の腹で胸の先端を転がされると、震える吐息が漏れた。片方の乳首をそうして弄られ、反対側に舌を這わされると快感に背中が仰け反る。
 優しく淫らな舌が、ザラリと舐めたかと思うと軽く吸い付かれ、身体がビクリと揺れた。

「あっ……あ……」

 漏れる声に卑猥さが滲む。何度も何度も硬くなった先を舌で転がされると、張り詰めた性器から液体が滲みだし下着を濡らす。じれったいような燻った快感が、咲久の辛うじて保たれていた理性をジワジワと剥ぎ取っていく。

「腰、揺れてますよ」

 甘い声で囁かれ、羞恥に顔が火照った。

「やだっ……」

 胸の尖りから顔を離した日向が、恥ずかしく顔を背ける咲久の顔を掬うように片手で掴み、自分の方へと向けた。視線が合うと、優しく微笑んでくれる。日向の日常がどうでも、今は咲久だけを見ているのだと信じられる気がした。
 キスが唇を塞ぐ。胸を触っていた手が腹を滑り、下着の中へと入って行く。

「あ、待ってっ……」

 慌てて日向の手を追ってもすでに遅かった。湿った下着の中の性器を握られ、ゆるゆると扱かれるといとも簡単に達してしまいそうになる。

「日向……さんっ、んぁ……あぁ」

 怖いくらいの快感が腰を無意識に揺らし、高みに昇り詰めようと神経がそこに集中する。キスをされていても、頭の中はイクことだけに支配された。性器から手を離し下着を脱がした日向が、咲久の太腿に手を添え、脚を広げるよう促す。胸の先を舐められ、再び性器を握られると、まだ触れられていない奥の窄まりが切なくギュッと締ったのを感じた。
 ゆるゆると手を上下に動かす日向の肩を強く掴む。

「やだっ……」
「嫌なんですか?」
「いや……っ、イクか……ら」
「イクのが嫌?」
「ちが……う……あぅ……」

 イクのが嫌なのではない。自分だけが気持ちいいことが嫌なのだ。もしかして、こんなふうに思ったのは初めてなのかもしれない。咲久にとってセックスとは、相手から与えられるもので、共有するものだと思ってなかった気がした。

「あ、あっ……一緒に……イ……キたいっ」

 咲久の性器を扱く手を掴み、動きを止める。日向が、困ったように笑った。

「言うことまで、可愛いな」

 咲久の脚の間に身体を入れ膝立ちになる日向が、両膝を持ち大きく脚を開く。奥の蕾をソロリと指で撫でられただけで、腰が大きく跳ねた。

「ああぁっ……」

 そんなところを触れられて嫌だと思うのに、溜まらなく気持ちいい。咲久の先端から溢れた液体でヌルつく指先が、ツプリと押し込まれると、下腹がヒクリと引きつった。静かに、ゆっくりと何かを探るかのように慎重に進む。たった指一本なのに、異物感はいつまでたっても慣れることはない。それなのにその先を期待するそこが、貪欲に指を受け入れる。
 内壁を丁寧に撫でる日向の指が2本に増えたとき、寒気に似た快感をもたらす場所を突かれて背中が大きくしなった。

「ふぁ……うああっ……っ」

 差し込まれている指を強く締め付ける。焼け付くような快感に、思考が飛びそうになる。

「ここ、いいんですか?」
「イヤッ……っあ……う」

 いいけど嫌だ。駄々をこねるように左右に頭を振ると、生理的に溢れて来る涙がこめかみを伝った。今にも爆発しそうな、咲久の反り返った性器を日向が握り締める。

「一緒にイクんですよね」

 そう言った。確かに言ったけれど、我慢できそうもない。

「あっ、そこっ……やめっ……」
「やめてってことは、いいってことですね」

 優しく甘い声でそう言った日向が、指を静かに引き抜いた。そんな動きにすら快楽を得て、身体がブルリと震える。咲久を見下ろしながら、日向が服を脱いだ。健康的で厚い胸に、薄らと筋肉が付いている身体はやけにいやらしく見えた。
 今や意志を持ったかのようにヒクヒクと蠢く蕾に、日向の性器がヒタリと宛がわれた。一気に貫かれたらと思うと、脳が甘く痺れたように蕩けた。

「このままだと、痛いんじゃないですか?」

 きっと、痛いだろう。後ろを使うセックスは久しぶりなのだ。無理に突っ込まれたらと思うと、自然と身体に力が入った。一刻も早く入れて欲しい一心で、腕を伸ばしベッドの下にあったはずのモノを探し出す。おずおずと潤滑用のローションを差し出すと、驚いたのか日向は一瞬動きを止め、どこか白けたようにふーんと頷いた。
 その表情は、冷めているように見え慌てた。さすがに、浅ましいと思われたのだろうか。

「あの……違うんです…これは……」
「これは?」

 聞かれても、すぐに答えられない咲久は視線を逸らした。入れて欲しい一心で、出して来たことを後悔する。所在のなくなったローションが、咲久の手から抜き取られた。半透明の容器の中身を、日向が透かして見る。ほとんど使ったことがないので、まったく減っていない。

「準備がいいんですね。もしかして、最近使いました?」

 使ったとは言えず黙っていると、パチンという音がして蓋が開けられたのがわかった。

「触れられることもなく、相手にされてないって言ってませんでした?」

 あえて名前は出していないけれど、誰のことを言っているのかはわかった。日向が思いっきり勘違いをしていることも。

「違いますっ、そうじゃありません」
「そうじゃないって?」
「それは……そうじゃなくて……自分で」

 顔から火が出るほど恥ずかしい告白をさせられた咲久が、腕で顔を隠すように覆うと、日向がどこかホッとしたように笑った。

「なんだ、自分でか。すみません、嫌な言い方しましたよね」

 嫌な言い方なんてしていない。それよりも、優人に抱かれたと勘違いして、面白くないと思ってくれたのなら、それはそれで少し嬉しかった。日向の手が咲久の腕を顔から離す。

「怒ってます?」
「そんなわけっ……」
「だったら、俺見て」

 優しく言われ日向の方を見ると、咲久の手のひらを撫でるようにして広げた。

「自分でって、どうやるんですか。ローション付けて、ここを扱く?」

 萎えることを忘れた咲久の性器を、広げさせた手で触れさせる。違う。そうじゃない。答えたくないのに、嘘を吐くことが出来ず、頭を小さく横に振る。

「だったら、どこに使うんですか?」

 どこにって……そんなの決まっている。わかっていて聞いている日向が、性器から離させた手を上に向けさせた。冷たい感覚が咲久の手のひらいっぱいに広がった。

「もしかして、指を入れました? それとも何か違う物を?」
「違う物なんてっ……」
「じゃあ、指を入れたんだ。気持ちよかったですか?」

 聞かれてまた首を横に振った。

「全然、気持ちよく……なくて。すぐ、やめました……」

 これは本当だ。だから、ほとんど減っていない。

「だって、日向さんの知らないから……想像出来なくて、虚しくなっただけで……」

 正直に言った咲久の額を、優しく撫でてくれる。まるで愛おしいものにでも触れるような、日向の手の温かさに心が満たされた。

「ホント、可愛いですね」

 額にあった手が頬を滑る。その手にもっと触れられたくて、頬を寄せるようにすると、温かく頬を包み込んだ。そして、ローションの溢れる咲久の手を、いまだ繋がることなく宛がわれているだけのそこに導いた。
 言われなくてもわかる。咲久に、塗れということだ。導かれた先にある硬い物が指先に触れる。窄まりの縁にローションを塗り込んでから、固くなったそれを手のひらで包み込んだ。圧倒的な質感に、息をのむ。ヌルつく手で、形を確認するように滑らせると、日向が咲久の手に自分の手を重ねた。誘導により、ローションが全体に行きわたる。咲久を見つめる瞳に、欲情が滲み、日向の口から熱い息が零れた。

「気持ちいい」

 素直にそう言った日向が、どこか切なげな表情を見せた。感じてくれている。咲久の手で快楽を得ていることが嬉しい。重なった手が離れ、咲久の性器を掴む。根元を少し強く握ったまま。

「もう限界です。入れていいですか?」
「あっ、入れ……てっ」
「すみません、痛かったら……」

 言葉の終わりに切羽詰まったような息が吐き出され、日向にも余裕がないのかもしれないと思った。グッと押し込まれてくる欲望を、異物と見なす身体が勝手に押し返そうとする。だけど、心は受け入れたいと思っていることを伝えたくて日向の肌に触れると、手首を掴まれた。強い力が咲久の手首を握り締める。それが日向の快感を物語っているように思えて、泣きそうになるほどの温かさで胸が満たされた。
 ゆっくりと、だけど確実に咲久の中へと入ってくる。先ほど咲久の思考を停止させた部分を、性器の先で擦られるともう何も考えられなくなった。

「んぁああ……っ……ああっ……」

 擦られ、揺らされ、打ちつけられる。
 日向が掴む根元に、快楽が重く溜まりだす。力の入らなくなった腕にキスをされ、胸の先を少し強く擦られると、下腹が小刻みに震えだす。咲久の淫らな喘ぎ声と、日向の吐き出す荒い呼吸だけが響く空間は、あるはずのない想いがそこにあるかのように錯覚させる。
 愛しくて、切なくて、幸せで、恥ずかしい。
 気持ちよくて、イキたくて、イケなくて、満たされる。
 根元を掴んでいた手が、ズルリと先へと滑り、思わず頭が仰け反った。

「あぁっ……! うっ……やだ」

 特別なことをしているわけじゃない。至って普通のセックスなのに、どうかしているほど感じているのは、相手が日向だから。こうしたかったし、されたかった。奥の奥まで押し込まれると、胸まで押し上げらるような錯覚に陥る。

「これで、いつでも俺を思い出せますね」
「んっ、ふ……あ、あっ、んっ、んんぁっ……」

 奥を小刻みに突かれ、腹の深い場所が熱く震えだす。

「アッ……ひゅう……が、さ……んっ」

 甘く笑った日向の腰が力強いリズムを刻みだすと、もう何も考えられなくなった。後は快楽に任せて昇り詰めるだけ。
 こうなったら最後、身も心も囚われていくのを咲久は感じていた。
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