運命の人

悠花

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罪の重さ

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 結局のところ、純が漁港で朝食にあり付けることはなかった。
 当然と言えば当然だ。妙な雑念のせいで、朝方まで眠ることが出来なかったのだから。
 目覚めると、すでに船は漁港を出ていた。その上、あいにくの雨で景色は黒から灰色に変わっただけ。景色も楽しめないとなると、酒を飲むためだけに船上で一泊したことになる。勿体ない話だ。
 唯一の救いはテーブルに置かれた、鬼塚が買って来た持ち帰り用の海鮮丼だった。純粋な親切心なのか、起きなかった純への嫌味なのか。どちらにしろ、とにかく美味かったので良しとしておく。意識して眠れなかったのが、純だけだったことは深く考えないようにした。相手は鬼塚なのだ。考えたところで、答えは明白。興味がないからってだけのことだ。

 やり過ぎだった船上パーティーの後、しばらく誘いはないだろうと思っていた純に、松田が連絡してきたのは平日の仕事終わりだった。

「純くーん。飯食いに行かない? 美味い店、見つけたんだよ」

 ご機嫌な松田に誘われて、行った先は普通の居酒屋。騙されたと思った時には、すでに遅かった。

「はいはーい、紹介します。彼が、小鳥遊純くん。26歳、もちろん独身です。どう? イケメンでしょ」

 ドヤ顔を見せ、純を紹介した松田の前に並ぶのは、若い女4人組。二十歳そこそこの女たちが、コソコソと何かを言い合う。笑っているところを見ると、純を値踏みしているのだろう。
 純くんはここね、と言って松田の横に座らされる。

「これって、合コンじゃないですか」

 小声で松田に言うと、悪気のない笑顔が返って来た。

「みんな、女子大生なんだって。やっぱ、若い子は楽しいよね」

 楽しいとか、楽しくないの問題じゃない。

「どうして俺なんですか。他にいるでしょ」
「それがさ、予定してたやつが急に来れないって言うから、ふたり減っちゃって」
「だからって、何も俺じゃなくても」
「だって、かっこいい人連れて来てって言われてたから。俺の知ってるイケメンって限られてるし。まあ、適当に合わせといてよ」

 何をどう合わせればいいのか。松田の隣にはもうひとり、初めて見る男が座っている。向かいの女に頻りに話しかけているところを見ると、元々の参加メンバーなのだろう。

「三人だけなの?」

 一番端に座っている女が聞くと「もう来ると思うんだけど」と言いながら松田が居酒屋の出入り口を見た。純と同じく、急遽呼ばれた男が他にもいるらしい。パーティー好きの松田は、女好きでもあったのかと思っていると、戸が開きその男が入ってきた。

「あー、来た来た。これで揃った。じゃあ、始めますか」

 松田が屈託のない声を出す。そんな松田を睨んだのは、何週間ぶりかに会う鬼塚だった。
 どうやら、鬼塚も騙されたらしい。状況から見て、合コンだとわかったのだろう、踵を返して立ち去ろうとするので慌てて腕を掴んで引き止めた。
 帰りたい気持ちもわかる。だとしても本当にそうしてしまうと、松田の顔が立たないし何より相手に失礼だ。
 視線だけでそう訴えると、鬼塚は諦めたように溜め息を吐き隣に座った。
 先ほど、純を値踏みしていたはずの女たちは、今度はそうすることなく鬼塚をチラチラと見ているだけ。値踏みするまでもなく、というところなのだろう。見るからに高級なスーツと、高そうな腕時計。二十歳くらいの女子大生にとって、金のありそうな年上の男というのは理想的なのかもしれない。
 全員分の飲み物が揃い、松田が乾杯の声を掛けた。いったい何に乾杯すればいいのか。そうは思っても、あまり白けた顔は出来ない。さすがにそれくらいの常識は純にもある。

「こいつ、俺の大学時代の同級生。鬼塚って言って、HIKARI通商の御曹司なんだよ。凄いだろ?」

 ご機嫌な松田が、またドヤ顔を見せて鬼塚を紹介する。

「しかも、独身、彼女なし」

 彼女はいないけど、彼氏がいるとは言わないところを見ると、ゲイだということは隠すつもりらしい。まあ、合コンなのだから、当然と言えばそれまでだ。ゲイが混じっているとなれば、いったい何しに来たのだと言われるだろう。
 鬼塚に食いつく女たちが、本当に彼女いないんですかと探りを入れる。それに松田が面白おかしく答えていると、ふいに後ろから鬼塚の肩に手が置かれたのが純の視界に入った。
 振り返ると、驚いたという顔をした男が立っていた。

「鬼塚、だよな」

 確認するように聞く男に、一瞬だけ眉を寄せた鬼塚が頷いた。会いたくない相手に会った、という感じに純には見えた。

「うわ、すげー久しぶりだな。え、いつ以来? 中学以来だよな」
「そうだな」

 純と同じく、男を振り返っていた鬼塚が前に向き直る。アッサリ背を向けたところを見ると、久々の再会を喜んでいるわけではなさそうだ。

「こんなところで何やってんだ? ここって、鬼塚が来るような店じゃねえだろ。え、もしかして合コン?」

 まあ、状況を見れば誰だってわかるだろう。向かいの女たちも、鬼塚の旧友の登場で話が止まっている。

「あれ、でも合コンって……鬼塚が?」

 どことなく軽薄そうな旧友の含みある言葉に、松田が割って入る。

「鬼塚のお知り合いですか?」
「ああ、中学の同級生なんですよ。帰ろうと思ったら、鬼塚に気付いて」

 男の後ろには、女が立っていた。付き合っている相手なのだろう。早く帰ろうと言わんばかりの態度で待っている。

「相変わらず、いい時計してんな。昔からそうだったよな。ガキなのにいい物ばっか持ってたよな」

 ずいぶん、嫌味な言い方だ。純はそう思っても、女たちには肯定的に聞こえたのか、やっぱそうなんだぁと笑っている。
 いまだ肩に置かれた手を、鬼塚が払う。そのことにムッとした顔をした男が、今度は屈んで肩に腕を回した。

「何だよ、んな嫌がるなよ。つーか、何。これってどういう合コン? もしかして、鬼塚って女もイケるようになったとか?」

 最悪だ。何もここで言うことじゃない。

「彼女、待ってますよ」

 松田が暗に帰れという意味で言っても、男はニヤニヤとするだけで動こうとしない。

「俺、実は最近まで知らなくてよ。この前、村上に聞いたんだよな。村上、覚えてる? あいつが、鬼塚はゲイだって言ってて、マジかぁと思ってたとこだったんだよ」

 松田が隣で溜め息を吐くのが聞こえた。鬼塚を見ると、いつもの無表情というだけで、これといって焦っているわけでもない。
 まあ、隠したかったのは鬼塚ではなく、松田なのだ。鬼塚が焦る必要はどこにもないのだろう。
 目の前の女たちの空気が変わったのをその男も感じたのか、白々しく驚いた顔を見せた。

「え、もしかして、知らなかったとか? あ、俺、マズイこと言った?」

 別に、マズくはない。どうせ鬼塚は、カミングアウトしているのだ。だから、ここでバレないからといって、隠し通せるわけではないだろう。
 ただ、今この場の雰囲気を壊す必要があるのかという話だ。

「でも、女もイケるみたいだし、ちょっと安心したよ。鬼塚は女とヤッたことないって聞いてたしよ。さすがにこの歳で童貞はねえだろって。あ、でも男とヤッてれば童貞って言わねえ……」
「あんた、うぜえな」

 男の言葉を遮った純が、鬼塚の肩に置かれた腕を払い落した。同級生だか何だか知らないけど、馴れ馴れしいにもほどがある。

「何が言いたいんだよ。あんたより、金があったことへの僻みなのか? それとも、可愛い女たちと飲んでることへの腹いせなのか?」

 こういう男は、心底鬱陶しい。

「ゲイがどうしたって? 女とヤッたことなかったらどうなんだ」

 それで、見下してるつもりかよ。それこそガキの発想だ。

「そうだよ。この人、男としかヤラねえんだよ。すごくね? 金はあるし、見た目も完璧で、女も寄ってくるのに、ベッドでは男を抱くんだよ。それも最高に可愛い男をな。それって、多様性が求められる今の時代、自分持ってるって感じして逆にかっこいいだろ」

 少なくとも、純はそう思う。

「あんたは、何が出来んだよ。そこそこ稼いで、普通に女抱いて、そういうのなんつーの? ああ、そうだ。クソみたいに、平凡な人生ってやつだな」

 嫌味たっぷりに言ってやると、向かいの女たちがプッと噴き出すように笑った。

「ホントだよね。てか、何が言いたいの」
「今時、ゲイくらいで引かないし。それより、空気読まない男の方がよほど引くから」
「だよね。そこに気付いてない時点で、終わってるよね」

 空気が変わったのは、そういうことらしい。

「いや、俺は別に……鬼塚、またな」

 形勢が不利になったと気付いた男が、慌てて店を出て行く。またはねーよ、と言ってやりたいところだ。苛立ち紛れにグラスのビールを飲むと、松田が嬉しそうに純の肩を抱いた。

「さっすが純くん。彼、いいだろ? ホント面白いんだよ。よし、仕切り直して飲もうか!」

 鬱陶しいやつの登場で連帯感が増したのか、さっきより遥かに盛り上がる。
 そんな中ふと隣を見ると、鬼塚の横顔は笑っていた。
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