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罪の重さ
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しおりを挟む今日はやけに上機嫌だった松田が、女子大生を引き連れタクシーへと乗り込む。二件目に行くのだとか。
一緒に行こうという誘いを断ったのは、すでに疲れていたからだ。悪い子たちでもなかったし、それなりに話も弾んではいたけれど、やはり女といるのは向いていないのだろう。
最後まで純くんも行こうよ、と言ってくる酔った松田を店前で見送った。
「松田さん、ご機嫌だな」
思わず呟く。酔った松田を見たのは、実は初めてだ。
「あいつ、結婚決まったからな」
出張が立てこんで疲れているからと、純と同じく二件目を断った鬼塚に言われて少し驚いた。
結婚が決まった男が、合コンなどしていていいものなのか。
「結婚すんのに、合コン?」
「最後の足掻きなんじゃねえか」
そういえば、前に結婚を考えてることを自虐的だと言っていたのを思い出す。結婚が自虐的だと言えるくらいなのだ。最後の足掻きが合コンというのも、わからなくもない気がした。
「おまえも、行けばよかったのに。連絡先、貰ってただろ」
鬼塚の言う通り、向かいに座っていた女に渡されたのだ。
「いいんじゃねえか、少しくらい遊んでも。日向には黙っててやるぞ」
思わず鬼塚を見たのは、自分で思っていたより遥かに、その言葉がしっくりこなかったから。浮気をするとかしないの話ではない。そうではなく。
「俺、もう女は無理なんじゃねえかな」
確かに、過去には女と付き合っていたし、女ともヤレなくもないと思っていた。元樹がいるから、考えたことがなかっただけだと。だけど、自らの性的傾向に気付いた今、相手が男でも女でも抱く側にはなれそうもないことに改めて気付いたのだ。
男はいざ知らず、女の場合は抱けなければ話にならない。
「とうとう俺も、あんたと同じガチのゲイってやつだな」
嫌味を言ったわけではない。事実として受け止めたってだけのことだ。
「いいんじゃねえか。俺は、かっこいいんだろ?」
先ほどのことを言っているのだろう。おかげで、鬱陶しい男を思い出した。
「あいつ、ロクな男じゃねえよ。間違っても、あんなのと付き合いすんなよ」
本来なら鬼塚の交友関係がどうでも、純が気にすることじゃない。ただ、人間的にどうかと思うような男だ。さすがに、忠告もしたくなる。
そうだなと頷く、鬼塚が歩き出す。いつまでも店前にいても仕方ない。整備された、幹線道路沿いを並んで歩く。
「俺の黒歴史、聞くか?」
船上パーティーのときのことを言っているのだろう。ぜひ、聞きたいと思う純が、隣を歩く鬼塚を見て頷くと、どことなく気まずそうな顔になった。悪くない。普段、完璧な男が見せる気恥ずかしい過去を思い出す顔は、人間味にあふれている。
「中学の頃、初めて人を好きになった。初恋ってやつだな」
「へえ、あんたにもあったんだ」
鬼塚の初恋の話が聞けるとは思っていなかったので、期待が膨らむ。
「まあな。2年の時だ。同じクラスになって、話すようになった。でも、友達って感じでもなかったけどな。俺とそいつでは、タイプが違ったからな」
「どう違ったんだ?」
「そうだな。俺は、どっちかって言うと、優等生タイプだったかもな。親の期待もあって、最終行くはずの大学も、その時点で高いレベルを求められてたからな。エスカレーターで上がれる大学じゃ、親は満足しなかった。だから、勉強しねえと、追いつかなかったって感じだ」
御曹司には、御曹司の苦労があるのだろう。
「でも、そいつはそういうのがなく、もっと自由だった。始めは、ただ羨ましいと思ってたのかもな。好きなこと言って、好きに遊んで、気が向いたら勉強するって感じで、とにかく自由に見えたんだな」
「それで好きに?」
「ああ。気が付いたら、そいつのことが気になって仕方なくなってた」
誰かを好きになるというのは、その程度のことから始まるのかもしれない。
「でも、どうこうしたいとかはなかった。さすがに男に好きって言われても、困るだろうしな」
人並みに鬼塚少年も悩んだわけだ。
「待てよ。その話って、黒歴史なのか? 初恋の想い出なら、黒くねえだろ。んな面白くねえ話、聞きたくないぞ」
パステルな初恋話が、いったいどれほどダークだというのか。期待外れだと思っていると、意外なことを口にした。
「さっきのやつだ」
「は?」
「あいつが俺の初恋の相手だ」
嘘だろ。驚く純に、な、黒いだろと笑う。
「あいつは昔から、俺が嫌いなんだよ。だから、あんなこと言ったんだろ」
「どうして、あんたが嫌いなんだ?」
先ほどの様子からして、鬼塚がゲイだということは最近まで知らなかったはずだ。ということは、鬼塚が好きだったことも、当然相手は知らないはずだ。
「3年でクラスが変わって、あいつと離れたんだよ。まあ、元々仲が良かったわけでもなかったから、しばらくは何もなかったんだけどな。でも、やっぱ好きだったんだろうな」
「あいつを? あんたが?」
誰かを好きだなんて言葉、鬼塚が言うのも変な感じだし、何よりその相手があの男だと思うと、もっと変な感じがする。
「そうだな。頭の中で、あいつを犯すくらいには好きだったな。いつも、無茶苦茶してた。どうせ嫌がるだろうし、それ前提でヤろうと思えば、犯すくらいしか想像できなかったしな」
そっちかよ。でもまあ、考えてみれば鬼塚なのだ。ヤリたいと思うと、どうしてもそっち側になるのだろう。
「そんなだからか、多少の罪悪感もあったんだろうな。普段は出来るだけ普通に接してた。だけど、そろそろ卒業ってなって、さすがにちょっと焦ったのかもな。いや、焦ったってより、覚えてて欲しかったのかもな。どれだけ頭の中で犯してようと、純粋に好きは好きだったからな」
曖昧に笑うその表情は、そのころを思い出しているのか、珍しく優しく見える。好きな相手には、こんな顔も見せるのかと思った。
「だからって、好きでも、言葉に出して言えない。で、ギリギリまで考えた結果、時期的にちょうどバレンタインだったからってだけの理由で、チョコレート渡そうと思ったんだよ」
「あんたが?」
思わず笑った。鬼塚も、さすがに恥ずかしいのか苦笑いを見せる。こういう顔も、やっぱり悪くない。
「今思えば、どうしてそうなったのか不思議だけどな。でも、そのときはそれしか思い付かなかった」
まあ、過去の出来ごとというのは大抵そんなものだ。後から考えるとありえないことも、そのときはそれが最善だと思うのだろう。だからこそ、黒歴史が生まれるのだ。
「出来るだけ自然に、そういえばこれやるよ、くらいのノリで渡したんだけどな、それが間違いだった。あいつ、差し出した俺の手ごと、思いっきり振り払ったんだ。馬鹿にしてんのかって、すげえ怒ってな」
「怒ったのか?」
「ああ、同情されたと思ったんじゃねえか。俺はいくつか貰ってて、あいつは貰えてなかったから」
そういうことか。鬼塚に好意があるとは想像もしていなかったのだろう。だとしたら、そう考えても不思議はない。上から目線で、チョコレートを分けてやる、というように相手には見えたのだ。子供といっても、そこは男なのだろう。プライドを傷つけられたのだ。鬼塚が何もかも持っていることを、日頃から妬んでいたとしたら、嫌味にしか見えなかっただろう。
「俺の初恋は、教室の床に叩き潰されたってことだ」
叩き潰されてよかったじゃねえか。当時がどうだったとしても、所詮はあんな男なのだ。
「あんたの勝ちだな」
「勝ち?」
「黒歴史対決だよ」
どう考えても、鬼塚の勝ちだ。初恋の相手にスッカリ嫌われてるなんて、なかなかに悲惨な話だ。
「いつから対決してたんだ」
鬼塚がそう言って呆れたように笑う。
予想以上の黒歴史を聞けたことを思うと、騙されて来ただけの合コンも悪くない。
「まあいいじゃねえか。つーか、もう一件行こうぜ。俺の負けってことで奢ってやるよ」
「おまえが?」
「そ、俺が」
別に、金持ちに奢ってはいけない決まりなどないはずだ。たまには奢ったっていい。
「日向が待ってるんじゃねえのか」
「待ってねえよ。だいたい、あいつ最近忙しいみてえだし」
帰りも遅いことが多く、ここ最近まともに会話もしていない。そうはいっても、急ぎの用事でもない限り話すこともないので、たいして気にしてなかった。
「あんたも最後の足掻きってことで、今日は俺と飲もう」
鬼塚と飲む酒が楽しいことはわかっている。口を滑らせても困ることはないし、純が酔ったとしても酒に強い鬼塚なら何とかしてくれるのだろう。さすがに同じベッドで寝るなんてのは二度とゴメンだけど、ここは船上ではないのだ。あんな状況になることはない。
「最後の足掻きってなんだ」
言葉の通りだ。
「だって、あんたも椿さんと一緒になるんだろ? 男女の結婚に比べれば法的な効力はないにしても、家買って一緒に暮らすってことは、似たようなものなんじゃねえの」
よくわからないけど、そういうことなんじゃねえのか。
単なる同棲とは違い、将来を見据えた付き合いということだ。純と元樹が金銭的な理由や、その方が都合がいいからというだけで、ダラダラと一緒に暮らしているのとはわけが違う。いつ別れてもいい単なるお付き合いに、責任という区切りを付けるために家を買ったはずだ。
だいたい、ただでさえ忙しい鬼塚なのだ。咲久が家で待っているとなれば、仕事以外の遊びは控えるべきだろう。純がそう思っていると、そうだなと呟き。
「きっと、そういうことなんだろうな」
まるで他人事のように言った鬼塚は、どこか遠くを見つめるような目をしていた。
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