affection

月那

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deep end

deep end -6-

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 親父はどうやら疲れていたらしい。
 というのも。
 豪華な食事の後、部屋に帰りベッドに横になって暫くぼんやりテレビを眺めていると、隣からがっつり鼾が聞こえてきて。
 そう言えば、夏になるととりあえず騒ぐ輩が増える中、その取り締まりなどで多忙を極めている様子だったことを思い出す。
 ルカとしては、幼い子のように「パパ」という存在が恋しいわけでもないので、明かりを消して携帯でオンラインゲームを始めた。
 実際まだまだ寝るには早過ぎて、だからと言って女子部屋にわざわざ乗り込む勇気もなく。
 たまたま始めたゲームに坂本もログインしていたようなので、いつものようにチームを組んでゲームに没頭していると、いつの間にやら日付は越えていたようだ。
 二十四時間入り放題だと言われていたのを思い出し、一人で再び大浴場へと向かった。
 月明りの下の露天風呂はなかなかオツなもので、ぼんやりと湯につかり、ゲーム脳を現実へと引き戻す。
 さすがにこの時間に入る客はいないようで、完全貸し切り状態である。
 手入れの行き届いている庭が、灯篭の明かりと月明りに照らされていて、幽玄な雰囲気を醸し出していて。
「二人きりで温泉とか、行きたいなー」
 誰もいないのをいいことに、とりあえずの願望を口にしてみた。
 どうやってもそりゃ無理だ。
 なんて、冷静な答えもちゃんと自分で出せるわけで。
 一緒に旅行、は家族がいるから。
 たまにデート、はゆかりが暇つぶしに遊んでくれているから。
 軽いハグ、は完全に“息子”として扱ってくれているから。
 冷静になればなるほど、現状が自分とゆかりの関係性に、幼い頃と全く変わりがないことが明白で。
 美紅も親父も勝手なことを。
 と、思うけれど、実際ゆかりが絶対に自分を子ども扱いしかしていないことがわかっているから、あの二人も笑ってけしかけるのだろう。
「くやしいけど、当然だし」
 親子程の年の差。
 幼い頃からの距離の近さ。
 まだまだ全然オトナになんてなれていない自分。
 何一つ取っても、現状を打破する鍵なんてなくて。
 ゲームのように、経験値を上げられるなら。アイテムで自分を強化できるなら。仲間と組んで協力体制で相手と対峙できるなら。
 考えても無駄なことを、ぼんやりと考えて。
「ま、草津の湯でも、って奴だな」
 ざぶん、と顔を洗い、いつものように湯上りの牛乳なんてのを飲んで。(ルームキーで買える自販機があったので)
 大浴場を出て、廊下をエレベータホールに向かっていると、
「るーちゃん?」
 後ろから声をかけられて、心臓が跳ね返るように驚いた。
「ゆかりちゃん……」
「お風呂行ってた? すっごい偶然だねー」
 既に一時半である。こんな奇妙な時間に出会うなんて思ってもいなくて。
「なんで?」
「さっきまで美紅と飲んでたんだけどね。あたしはやっぱりもっかいお風呂入りたくて。でも美紅、めんどくさいから朝さやちゃんたちと入るって」
 出た、めんどくさがり。あいつは飲むと大抵お風呂をめんどくさがる。
 あ、でも。逆に今回はそれ、嬉しいかも。こんな風に会えるなんて、予想外のラッキー。
 お風呂上りの浴衣姿なんて、当然さっきも見てはいたけれど、こうして二人きりで、なんて嬉し過ぎる。
 見慣れたすっぴんも、温泉効果かいつもよりツヤツヤしているように見えるのは、惚れた贔屓目かもしれないけれど。
 長い髪を一つに纏めている項がまた、妙に色っぽくて直視すると内心ドキドキで。
「庭、見た?」
 ヤバいと思って冷静さを装って、エレベータを待っているとそんな風に訊かれて。
「見た見た。つっても露天だけだけど」
「すごい綺麗だよね。まだ起きてられるなら、ちょっとお散歩する?」
 こっちの下心なんて何も知らないで、誘ってくれる。
 しかしながら当然そんな嬉しい誘いを断る理由もなく。
 ロビー横を突っ切って、そのまま裏庭の庭園へと出た。
 真夏ではあるけれど、さすがにこの時間になると風が心地よく、お風呂上りの浴衣で歩く分には暑くもなく。
「あー、月が綺麗」
 庭に出ると、高く昇っていた明るい月に照らされている石畳と、点在する灯篭のほのかな明かりが優しく風景を彩っていて。
「これはなかなか、いい庭だね」
「ふふ、るーちゃんおじいちゃんみたいなことゆってる」
「何でー?」
 くすくすと笑っている横顔がまた、堪らなく可愛いわけで。
 ちょっとだけ大胆に、自分から手を、繋いでみた。
「あれ、あたし酔ってる?」
 ふらつく足元をフォロー、という意味にとってくれたゆかりが、ルカの下心には何も気に留めることもなく。
「ここの旅館、すっごい良かったね。ご飯も美味しいし、お風呂もすっごい気持ち良かったし」
「庭も綺麗だし」
「未来の建築家さんにはそれ、重要ポイントね」
 ゆかりの声は、ちょっと高めで、それがまた耳心地良くて。
「あーもう、明日には現実に戻っちゃうんだよねー。上げ膳据え膳なんて幸せ過ぎるわ」
「あれ? 明日仕事?」
「仕事は明後日だけど、おうちに帰ったらママだもん」
「そっか。家事に休みはないから」
「そうそう」
 二人で、ただ共有しているだけなのに、この時間はとても優しい。
 露天風呂のあった場所が芝生の緑で覆われていたり、滝を模した打ち水があったのに対し、こちらの庭は枯山水といった様相を呈していて、白い砂利でできた水面の様子は月明りで見事な「池」となっていた。
 そんな和風庭園を眺めながら、黙ったまま手を繋いで歩くだけの、この何気ない時間が。
 静かに、蝉の声に雑じって遠くの波の音が聴こえるくらい、本当に二人きりの空間が。
 永遠に続いて欲しいと思う。
「……ゆかりちゃん、大好き」
 だから、思わず、口から出ていたその言葉が。
 自分でも驚きで。
「あたしも、るーちゃん、好きだよー」
 けれど、その答えはとても軽くて。
 一瞬、ルカは自分の不意の告白の、方向性を迷った。
 ゆかりの好きに寄せるべきか、あるいは自分の本音を突っ込むか。
 何故か、僅か数秒の逡巡の末、出てきたのは。
「違うから。俺、ゆかりちゃんのこと、女として見てる」
「え…………」
 そのまま、ゆかりの手を引いて。ゆかりの頬を両手で包み、キスを、した。
「!」
 どん、と胸を押し離される。
「るー、ちゃん?」
「ごめん。ゆかりちゃん。ほんとに、俺ゆかりちゃんのことが大好きなんだ。息子じゃなくて、男として、見て欲しい」
「だって、だって……」
「わかってる。ゆかりちゃんが俺のこと美紅の息子としか見てないってわかってるよ。でも、ほんとに好きだから。頼りないかもしれないけど、俺のこと、ちゃんと見て欲しい」
 茫然自失、というゆかりの表情が。
 ルカを少し冷静にした。
「ごめんね、ゆかりちゃん。今こんなこと言われても困るよね」
 混乱している様子のゆかりの手を引いて、ルカは来た道を帰った。
 エレベータにゆかりを乗せ、彼女を女子部屋まで送り届け、おやすみ、とだけ言って自分の部屋に戻る。それが精一杯で。
 後は朝まで、頭を抱えていたのだった。
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