抱擁

月那

文字の大きさ
26 / 27
-26-

-26-

しおりを挟む
 自分の中で、埴生がかなりの面積を占めてきていること。
 それに気付いたのは結局埴生のバイトの契約が切れ、会社を去った後だった。
 中途半端な状態で顔を合わす時間がなく、結局埴生は何の挨拶もなく和泉たちの前から姿を消した。
 その事実が和泉の中に大きな空洞を作り、そして気付いた。
 自分が埴生の存在に支えられていたこと。
 高倉との関係を解消し、一人になってただ仕事や雑事に追われる毎日を過ごし、ぼんやりとする僅かな時間に考えるのは埴生の存在。
 けれど、全くその当人が接触を断ち、いつの間にか姿を消したという事実。
 それは和泉にとって衝撃だった。
 しかし、日々は流れる。
 何事もなかったかのように、和泉を取り巻く日常はただ流れて行き、気が付くと春が巡ってこようとしていた。
「今日、新卒が挨拶に回ってくるんだって」
 村田が言ったのは現場に向かう作業車両の中。
 今日も今日とてひたすら現場作業に赴く工事部である。
 たとえ年度替りの四月頭であろうとも、それには全くお構いなしである。
「ふーん。けど工事部には誰も来ないでしょ? どっちみち暫くは本社で研修だし」
「ん、まあね。とりあえず、挨拶だけ人事部の部長と課長が新卒みんな引き連れて周るらしいよ」
「オレんとき、そんなことしたっけ?」
 ほんの五年前のことだが、和泉にはそんな記憶はない。
「してないっしょ。野村部長が人事部長になってからだから。あのじじい、各事務所の庶務のねーちゃん見たくて何かっちゃー事務所周りしってっからさ」
 村田が鼻で笑いながら言った。
「ははは、言えてる言えてる。あのエロじじい、人事部の森井ちゃんがすげー嫌がってたよ」
「同期だっけ? 森井さんってあの由佳ねーさんの後輩なんだろ? 結構かわいいらしいじゃん」
「うん、おだちんもかわいーかわいーって言ってる。けどオレはあんまし好みじゃない。森井ちゃんって結構うるさいし。どっちかっつーと中村さんの方がいいなー」
「お嬢様系ね。ありゃーちょっと誰も手が出せないだろうね」
 粒ぞろいの女性社員のことは男性社員殆どが熟知している。
 密かにベストテンとかのランク付けまであるらしいが、系統によっていろいろあるので大体どの女の子もどこかのベストテン入りしているのだが。
「和泉の好みは色白ほっそりお嬢様ってヤツ?」
「ん、かなー。村田さんは?」
「オレは何でもアリさ!」
 今年で三十になる村田は未だ独身、しかも彼女ナシ、という寂しい状況のせいか、かなり切羽詰った様子をたまに見せる。
 勿論部内とか男連中の集まる中だけだが。
 それがおかしくて和泉はよく村田をからかった。
「あーもう。どうせ新卒男ばっかだろうしなー。かわいいおねーちゃんが事務所に来てくれたらなー」
 掛け値ナシの本音である。
 村田のその呟きがかなり切実そうで、和泉は笑った。
「ムリムリ。うちの事務所、そんな余裕ねーもん」
「だよなー」
 相変わらず継子状態の工事部。
 もう庶務を雇うだけの余裕がないのも確かであるため、社内男連中の間では“掃き溜め”と噂される程である。
「ま、どっちにしろ、事務所にゃ今日は誰もいねーし、挨拶周りなんてオレたちには関係ないさね」
「そーっスね」
 寂しい男二人、ため息を吐いてその話を切り上げた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

【完結】恋人になりたかった

ivy
BL
初めてのキスは、 すべてが始まった合図だと思っていた。 優しい大地と過ごす時間は、 律にとって特別で、 手放したくないものになっていく。 けれど……

バズる間取り

福澤ゆき
BL
元人気子役&アイドルだった伊織は成長すると「劣化した」と叩かれて人気が急落し、世間から忘れられかけていた。ある日、「事故物件に住む」というネットTVの企画の仕事が舞い込んでくる。仕事を選べない伊織は事故物件に住むことになるが、配信中に本当に怪奇現象が起こったことにより、一気にバズり、再び注目を浴びることに。 自称視える隣人イケメン大学生狗飼に「これ以上住まない方がいい」と忠告を受けるが、伊織は芸能界生き残りをかけて、この企画を続行する。やがて怪異はエスカレートしていき…… すでに完結済みの話のため一気に投稿させていただきますmm

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

薔薇摘む人

Kokonuca.
BL
おじさんに引き取られた男の子のお話。全部で短編三部作になります

《完結》僕が天使になるまで

MITARASI_
BL
命が尽きると知った遥は、恋人・翔太には秘密を抱えたまま「別れ」を選ぶ。 それは翔太の未来を守るため――。 料理のレシピ、小さなメモ、親友に託した願い。 遥が残した“天使の贈り物”の数々は、翔太の心を深く揺さぶり、やがて彼を未来へと導いていく。 涙と希望が交差する、切なくも温かい愛の物語。

幸せの温度

本郷アキ
BL
※ラブ度高めです。直接的な表現もありますので、苦手な方はご注意ください。 まだ産まれたばかりの葉月を置いて、両親は天国の門を叩いた。 俺がしっかりしなきゃ──そう思っていた兄、睦月《むつき》17歳の前に表れたのは、両親の親友だという浅黄陽《あさぎよう》33歳。 陽は本当の家族のように接してくれるけれど、血の繋がりのない偽物の家族は終わりにしなければならない、だってずっと家族じゃいられないでしょ? そんなのただの言い訳。 俺にあんまり触らないで。 俺の気持ちに気付かないで。 ……陽の手で触れられるとおかしくなってしまうから。 俺のこと好きでもないのに、どうしてあんなことをしたの? 少しずつ育っていった恋心は、告白前に失恋決定。 家事に育児に翻弄されながら、少しずつ家族の形が出来上がっていく。 そんな中、睦月をストーキングする男が現れて──!?

処理中です...