Sugar and salt

月那

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Sugar and salt

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 一週間。
 まるで、感情が全部消えてしまったような。
 そんな、ただただ何も考えることのできない、ただただルーティンワークをこなすだけの日々が続いた。
 朝、起きて。
 身支度をして、会社に行く。
 指示通りの仕事をして、帰宅する。
 ただただ餌のような食事を済ませ、部屋に籠る。
 気づいたら、眠っていて。
 そしてまた、朝が来る。
 こんな、ただ時間が過ぎていくだけの日々。
 どうしたらいいのか、わからなかった。
 何かを考えれば、総てそれが武人に向かうから。
 それが苦し過ぎて息もできなくなるから、だから、何も考えない。
 自分が自分ではないような気がする。
 でも、それでも家族は普通に話しかけるし、それに普通に答えている自分がいて。
 会社で梶谷とくだらない話をして、笑っている自分がいて。
 そんな自分を俯瞰で見ている自分が、いる。
 気持ち悪い。
 物凄く、気持ち悪かった。
 幸い、武人は忙しいらしく会社でさえ顔を合わせることもなく、この、上辺だけで過ごしている自分がかき乱されるようなことは何もなくて。
 気が付くと、あの日から一週間が経っていて。
 わけが、わからないまま“もう会わない”なんて言われたあの日。
 どうやって家に帰ったのかわからない。
 気が付くと部屋にいた。
 茫然としたまま武人の部屋を出て、茫然としたまま車を走らせて。
 通い慣れた道だから何も考えないでも良かった。
 ただ、武人の前にそのままいられなくて、逃げるように戻ってきただけで。
 そして、感情を消して一週間を無理矢理過ごして。
 土曜日はまだ、何かと雑用に追われたからよかったけれど。
 こうして何もない日曜日。
 大人として、朝起きて身支度を整え、でも何も予定なんてないからまた部屋に戻って。
 そこにあるスマホを見てまた武人を思い出す。
 誰よりも武人に電話する時が一番幸せだった。
 たとえ応じてくれない誘いでも、誘う、という事実だけで心は弾んだ。
 けれど……。
 右袖にある引き出しを開ける。
 確か、入っていたはず。
 久しぶりに見る、セッタのパッケージ。
 禁煙して約二年。
 きっとおいしくなんてない。でも……一本取り出して咥える。
 一緒に入っていたライターで火を付けた。
 ……案の定咳き込んでしまう。
 これは、不味い不味くないなんてものじゃない。
 タバコが古いせいと長い間吸わなかったせいとで、最悪な味である。
 ――へえ、稔って煙草吸うんだ。
 初めて二人きりで飲みに出た日。
 居酒屋で徐に吸い始めた稔に、武人は少し驚きながら訊いた。
 ――ん、酒が入るとね。あと一人で部屋にいるときと。
 ――何それ、親に内緒なのかよ?
 ――違う違う。妹がいるんだよ、まだ小学校四年生の。だからね、あんまり家族の前では吸いたくないんだ。
 ――稔ってシスコン?
 ――ちょっと、ね。そうかもしれない。
 がらじゃねー、なんてけらけら笑ってたっけ。
 灰を落としそうになって、慌てて灰皿を捜す。
 ……発見、古い空き缶。
 父親も非喫煙者なので、時田家に灰皿と呼べる代物は来客用の物しかない。
 しかもそれは装飾品としてリビングのカップボードの中に鎮座している。
 ――武人は?
 ――オレ妹なんかいねーよ。男三人の一番下。
 ――それは前に聞いたよ。そうじゃなくて、煙草。吸ってそうだけど、全然吸わないのか?
 ――ああ、中学ン時に試して暫く吸ってたけど、合わねーから止めた。
 ――煙草、嫌い?
 ――別に、好きでも嫌いでもない。けど、わざとこっちに向かって煙吐かれるとむっとする。
 それが、きっかけだった。
 以来今日まで一本も吸っていない。
 元々何が何でも吸いたいというほどのスモーカーではなかったので、禁煙にさほど苦痛は感じなかった。
 会社でも社内は完全禁煙だし、設計部にはあまりヘビースモーカーもいないので、部内は禁煙が暗黙の諒解となっているのだ。
 しかし武人のいるメンテナンス部の方はかなり愛煙家が多く、彼と仲のいい友人などはかなりのペースで吸っている者もいる。
 ――武人って、元ヤンキー?
 ――なわけねーだろっ。そういうあんただって、中学くらいには吸ってたんじゃねーのかよ?
 ――未成年の喫煙は法律で禁じられております。
 ――何だよそれ。白々しいなあ、もう。
 拗ねた顔も可愛いものだ、なんて呑気にそれに見惚れていた自分を思い出す。
 本当にやることなすこと可愛いらしくて、仕草一つ一つに目を奪われていた。
 いや、勿論今でもそうだ。
 たかだか三歳しか違わないけれど、武人の若さは稔には眩しい。
 昨日より今日、一時間前より今、より一層彼に惹かれていく自分を止められなかった。
 止められないのだ。
 一瞬毎に替わる表情。
 その総てが武人を彩る。
 惚れてしまえばあばたも靨とはよく言ったもので、実際他の武人に惚れていない人間からして見れば、稔のその感情は笑いものでしかないのかもしれない。
 他人ではなく、武人への想いが完全に冷めてしまった未来の自分――勿論そんなことがありえるならば、という仮定の元で、である――から見ても、今のこんな自分は滑稽でしかないのだろうが。
 それでも、どうしようもない。
 気持ちを自分でコントロールできる程、理性だけでできているロボットじゃないのだから。
 だから、どうしても壊せない。
 武人を好きだという何よりも今の自分にとっては大切な感情を、壊すことができない。
 壊してしまわなければいけないのに。
 完全に自分を拒絶してしまった武人。
 なのに、自分はそれをまだ受け入れられないでいる。
 一体何度振られれば気が済むのだろうか。
 あんなにもきっぱりと切られてしまったのに。
 それでも、まだ「好き」という想いが消えない。
 ああ、やっぱり考えてしまう。
 こんなこと、考えたくないのに。
 考えたくないから、感情を消しているのに。
 なんだって、たかが、スマホの存在だけでこんなにも心が乱されなければならない?
 腹立たしく思って、なら、いっそのことスマホ、買い替えようかと思って再びその画面に目をやると。
 メッセージの着信を示してそれが震えた。
 …………武人?
“何でいなくなるんだよ、バカ!” 
 短い、メッセージ。

 …………そして稔は脱力した。

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