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38 新王、王都へ
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二週間後には仕事にも慣れ、短時間で掃除を終えられるようになった。多言語を操るルルシェはあちこちで重宝され、厨房で他国から輸入された食品のラベルを翻訳したり、他国の書類を自国語に書き直したりしている。
もはやメイドというより文官のようであった。が、基本的には王宮の西棟で過ごすように気をつけている。もうじきイグニスが王宮にやって来るのだ。
油断してバッタリ出会うなんてことになったら、アイオンの気遣いが無駄になってしまう。罪を償うためにメイドをしているのに。
(それに何より、会いたくない……ような、会いたいような。よくわかんない)
怒られるのが怖いから会いたくない。でも懐かしいから姿は見たい――。どっちつかずな気持ちを抱えたまま働く日々だ。
「ルーナってよく見ると、すごく綺麗な顔をしてるよね。立ち振る舞いもメイドっぽくないし、とんでもなく賢いし……。以前は大きなお屋敷で働いてたの?」
夕飯の時間、同僚のデイジーが興味津々という様子で尋ねてくる。ルルシェは野菜と干し肉の煮込みを食べながら答えた。
「うん。結構、広いお屋敷だったよ。でも事情があってお屋敷を出ることになったの」
「ああ、訳ありかあ。そういう人、意外と多いよ。メイドに手を出す貴族もいるからねえ……」
確かに、相当な訳ありだった。何しろ男として働いていたのだから。
でもイグニスに対しては、手を出されたという感覚はない。彼はルルシェを守ってくれたと思うし、最後の夜は自分から誘ったのだからイグニスは悪くない。
夕飯を終えたら食器を片付け、各自の部屋に戻る。ルルシェも同僚たちと自室のドアの前で別れた。
「じゃあね、ルーナ。お疲れさまー」
「うん、お疲れさま」
あとは湯浴みをするだけだが、浴場が混雑する時間帯をさけたいのでしばらく読書をする。王宮内には浴場が数箇所あり、王族専用、文官用、武官用などと分かれていた。そして西棟にも使用人のための広い浴場がある。
西棟の浴場はタイル張りの広い室内に個室がずらりと並ぶ作りになっており、各自が大きな桶にお湯を汲んで腰から下だけをお湯につける。上半身はお湯を浴びるだけだ。
浴槽にたっぷりお湯を張って入浴するのは王侯貴族ぐらいで、身分のない者たちの風呂といえば普通は水浴びである。
でもこの王宮は北西の温泉地からお湯を引いているから、水ではなくお湯で体を洗える。しかもお湯は使い放題。個室だから他人の目を気にしなくてもいい。ルルシェにとっては最高の環境だった。
湯浴みのあとは部屋に戻って髪の毛をふき、文官に頼まれた翻訳の仕事をする。数枚の書類を自国語に書き換えるだけだ。仕事をしているあいだに髪が乾くのでちょうどいい。
最後に父と母におやすみの祈りを捧げてから寝る。ついでにちょっとだけイグニスのことも思い出す――という毎日を過ごすうちに、とうとう二ヶ月たってしまった。
新王が王宮にやって来る日、ルルシェは他のメイドたちと城壁の上に登っていた。メイド長が新王のパレードを見ても良いと許可してくれたのだ。
通常、下働きの者は王侯貴族の前に姿を出したりはしないので、こうして城壁から見ようという事になった。
城壁の上は高いしほかに遮るものがない。強風にあおられてメイド服のスカートがめくれてしまうから、誰もがスカートの布地をつかみながら新王が通る街道のほうを見ていた。
やがて王都の端のほうに長い行列が現れ、わあっとわき立つ声が聞こえてくる。イグニスがマラハイドからやって来たのだ。大勢の部下を引き連れて。
(きっと馬車じゃなくて、クロウに乗っているんだろうな……)
ルルシェは想像し、ふふっと笑った。新王の馬が“カラス”という名の馬だなんて、大抵の人は知らないだろう。滑稽すぎて笑える。
行列が近づくにつれ、どこに誰がいるのか見えるようになってきた。前と後ろは騎士たち、そして中央付近に侍従長と黒い髪の青年がいる。正装して長いマントを羽織り、クロウに跨っているようだ。無愛想な顔で。
(――ああ、殿下だ……。なにも変わってない)
涙があふれそうになり、ルルシェはメガネの奥で瞬きをくり返した。無事に国王になったのだ。自分はちゃんとあの人を守ることが出来たのだ。胸の奥から熱いものがこみ上げてくる。
王都の人々が花びらを巻いているので、行列のところだけ雪が降っているように見えた。新王万歳、イグニス様万歳と叫ぶ声も聞こえる。
「ねえねえ、新しい王様すごく格好いいね。ちょっと無愛想だけどさ……ってルーナ、泣いてるの?」
「うん……。なんか、感動しちゃって」
デイジーが心配そうに見ているので、ルルシェは「大丈夫」とつぶやいて袖を目に押し付けた。イグニスが王になって嬉しい――でも、あまりにも彼が遠いので少し寂しくなっただけだ。
今のルルシェは王どころか貴族に会うことも出来ず、こうして遠くから姿を見るしかないから……。
正門から王宮までつづく道の両脇に、正装した騎士がずらりと並ぶ。新王の行列は騎士のあいだを通ってゆっくりと王宮の中へ吸い込まれていった。
ルルシェはイグニスの姿が見えなくなるまで城壁の上で見守った。
もはやメイドというより文官のようであった。が、基本的には王宮の西棟で過ごすように気をつけている。もうじきイグニスが王宮にやって来るのだ。
油断してバッタリ出会うなんてことになったら、アイオンの気遣いが無駄になってしまう。罪を償うためにメイドをしているのに。
(それに何より、会いたくない……ような、会いたいような。よくわかんない)
怒られるのが怖いから会いたくない。でも懐かしいから姿は見たい――。どっちつかずな気持ちを抱えたまま働く日々だ。
「ルーナってよく見ると、すごく綺麗な顔をしてるよね。立ち振る舞いもメイドっぽくないし、とんでもなく賢いし……。以前は大きなお屋敷で働いてたの?」
夕飯の時間、同僚のデイジーが興味津々という様子で尋ねてくる。ルルシェは野菜と干し肉の煮込みを食べながら答えた。
「うん。結構、広いお屋敷だったよ。でも事情があってお屋敷を出ることになったの」
「ああ、訳ありかあ。そういう人、意外と多いよ。メイドに手を出す貴族もいるからねえ……」
確かに、相当な訳ありだった。何しろ男として働いていたのだから。
でもイグニスに対しては、手を出されたという感覚はない。彼はルルシェを守ってくれたと思うし、最後の夜は自分から誘ったのだからイグニスは悪くない。
夕飯を終えたら食器を片付け、各自の部屋に戻る。ルルシェも同僚たちと自室のドアの前で別れた。
「じゃあね、ルーナ。お疲れさまー」
「うん、お疲れさま」
あとは湯浴みをするだけだが、浴場が混雑する時間帯をさけたいのでしばらく読書をする。王宮内には浴場が数箇所あり、王族専用、文官用、武官用などと分かれていた。そして西棟にも使用人のための広い浴場がある。
西棟の浴場はタイル張りの広い室内に個室がずらりと並ぶ作りになっており、各自が大きな桶にお湯を汲んで腰から下だけをお湯につける。上半身はお湯を浴びるだけだ。
浴槽にたっぷりお湯を張って入浴するのは王侯貴族ぐらいで、身分のない者たちの風呂といえば普通は水浴びである。
でもこの王宮は北西の温泉地からお湯を引いているから、水ではなくお湯で体を洗える。しかもお湯は使い放題。個室だから他人の目を気にしなくてもいい。ルルシェにとっては最高の環境だった。
湯浴みのあとは部屋に戻って髪の毛をふき、文官に頼まれた翻訳の仕事をする。数枚の書類を自国語に書き換えるだけだ。仕事をしているあいだに髪が乾くのでちょうどいい。
最後に父と母におやすみの祈りを捧げてから寝る。ついでにちょっとだけイグニスのことも思い出す――という毎日を過ごすうちに、とうとう二ヶ月たってしまった。
新王が王宮にやって来る日、ルルシェは他のメイドたちと城壁の上に登っていた。メイド長が新王のパレードを見ても良いと許可してくれたのだ。
通常、下働きの者は王侯貴族の前に姿を出したりはしないので、こうして城壁から見ようという事になった。
城壁の上は高いしほかに遮るものがない。強風にあおられてメイド服のスカートがめくれてしまうから、誰もがスカートの布地をつかみながら新王が通る街道のほうを見ていた。
やがて王都の端のほうに長い行列が現れ、わあっとわき立つ声が聞こえてくる。イグニスがマラハイドからやって来たのだ。大勢の部下を引き連れて。
(きっと馬車じゃなくて、クロウに乗っているんだろうな……)
ルルシェは想像し、ふふっと笑った。新王の馬が“カラス”という名の馬だなんて、大抵の人は知らないだろう。滑稽すぎて笑える。
行列が近づくにつれ、どこに誰がいるのか見えるようになってきた。前と後ろは騎士たち、そして中央付近に侍従長と黒い髪の青年がいる。正装して長いマントを羽織り、クロウに跨っているようだ。無愛想な顔で。
(――ああ、殿下だ……。なにも変わってない)
涙があふれそうになり、ルルシェはメガネの奥で瞬きをくり返した。無事に国王になったのだ。自分はちゃんとあの人を守ることが出来たのだ。胸の奥から熱いものがこみ上げてくる。
王都の人々が花びらを巻いているので、行列のところだけ雪が降っているように見えた。新王万歳、イグニス様万歳と叫ぶ声も聞こえる。
「ねえねえ、新しい王様すごく格好いいね。ちょっと無愛想だけどさ……ってルーナ、泣いてるの?」
「うん……。なんか、感動しちゃって」
デイジーが心配そうに見ているので、ルルシェは「大丈夫」とつぶやいて袖を目に押し付けた。イグニスが王になって嬉しい――でも、あまりにも彼が遠いので少し寂しくなっただけだ。
今のルルシェは王どころか貴族に会うことも出来ず、こうして遠くから姿を見るしかないから……。
正門から王宮までつづく道の両脇に、正装した騎士がずらりと並ぶ。新王の行列は騎士のあいだを通ってゆっくりと王宮の中へ吸い込まれていった。
ルルシェはイグニスの姿が見えなくなるまで城壁の上で見守った。
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