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46 イグニスのたくらみ
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「可愛いな、あの衣装。可愛いし色っぽいし……あいつにピッタリの衣装だな……」
「あまりジロジロ見るな。作戦が台無しになるではないか」
リョーシィの冷ややかな口調で、イグニスはハッと我に返った。そうだった、ルルシェをじろじろ観察していたら、見せ掛けのデートの意味がなくなる。
イグニスがリョーシィと親しげに歩いているのは、ルルシェに嫉妬してもらいたいという下心あふれる野望のためであった。
ことの発端は二ヶ月前。
カイ帝国の姫リョーシィから届いた手紙に、『そちらに遊びに行くからよろしく』と書いてあったことから全ては始まった。
法案の調整で目まぐるしい日々を送っていたイグニスは「このくそ忙しい時に!」と愚痴をもらし、最初は断るつもりでいた。
が、ふと考えたのだ。
カイ帝国は多くの女性が活躍している国である。その姫がブロンテに来て、演説のひとつもすれば法案を通す勢いがつくのではないか? 今はなにより世論の支持がほしいところだし、リョーシィにもひと働きしてもらおう。
さらに、もう一つ個人的な心配事もどうにか出来ないかと考え始めた。ルルシェのことだ。
もういい加減イグニスとて、自分が男として意識されていないのは知っている。ルルシェがされるがままにイグニスを受け入れているのは、相手が国王だからだろう。
今の状態で法案が通れば、ルルシェは「ありがとうございます」と礼を述べてさっさとスタレートンに戻ってしまうかもしれない。王の涙ぐましい努力も知らずに。
イグニスはリョーシィ宛に手紙を書いた。遊びに来るのは構わないが、二つの事案について協力してほしい。法案の応援をすることと、片想いの相手について相談にのること。この二つを了承するのなら歓迎しよう、と。
自分が片想い中であることを告白するのはかなり勇気が必要だった。案の定リョーシィは長い手紙を送り返してきて、「おぬしにもようやく春が来たか」だの「しょうがないから協力してやろう」だの上から目線で書いている。二人は幼なじみなので、言葉にも遠慮がないのだ。
いくどか手紙のやりとりをし、今に至る。
リョーシィが言うには、イグニスは押してばかりで相手の気を引きつける努力をしていない。たまには嫉妬させるようなことも仕掛けたらどうだ――という事で、花園デートをしているわけだ。
しかし本当に効果があるのだろうか。イグニスは不安になり、ちらちらとルルシェの様子を伺ったが、なぜか彼女は地面ばかり睨んでいる。
「本当に効果があるのか? あいつ、俺たちのこと見てないけど」
「ふう、女心の分からない奴め。おぬしが他の女と親しげにしているから、見ているのがつらいのであろうよ」
「そうだろうか……。今朝の鍛錬でも元気がなくて、何か思い詰めているようだったし……」
「鍛錬か、話は聞いたぞ。おぬしは剣の相手さえルルシェにさせているそうではないか。そもそも筋力は男の方が強いというのに、あやつを働かせすぎなのではないか? この国の男たちは情けないのう」
「……申し訳ございません」
この国の男が弱いというより、イグニスとルルシェが極端に強いだけである。が、確かにルルシェにばかり負担をかけているのは事実だ。イグニスは反省した。
「ルルシェが悩んでいるのは多分、今後のことを考えたからであろう。昨日、女として戦えという話をしたからな。伯爵令嬢に戻ったときに、どうしようかと悩んでいるのではないか?」
「ああ、そういう事か……。今後のことを……」
「そうしょぼんとするな。大丈夫じゃ、おぬしは予想外に好かれておる。自信をもてい!」
“予想外”という失礼きわまりない言葉を吐きながら、リョーシィは思いっきりイグニスの背中をたたいた。口からげほっと咳がもれる。リョーシィこそ予想外に馬鹿力だ。
「と、ところで。あんたは何の用でブロンテに来たんだ? 遊びに行きたいとか書いてたけど、どこに行くつもりなんだよ」
「むふふ。我はな、ケイトリン先生のサインが欲しいのだ」
ケイトリン? イグニスは首をかしげる。どこかで聞いた名だ。どこだったか――。
「あっ! あの忌々しい本を書いた作者か!?」
「ケイトリン先生に失礼なことを言うな。先生の本のおかげで、おぬしらは正常な状態に戻ったくせに」
それはそうかも知れないが、例の本のせいでルルシェは死の恐怖を味わい、イグニスも寿命が縮むような思いをした。だから作者に対しては印象が良くない。よくも余計なことをしてくれたな、と思わないでもない――が。
「分かった。あんたには協力してもらってるし、そのケイトリン先生は俺が探しておこう。面会は王宮内でもいいだろ?」
「無論じゃ。ああ、楽しみだのう……。ついでに知り合いの令嬢を呼んでもいいじゃろ?」
「あ、ああ。少人数なら……」
イグニスは例の本の内容を思い出していた。あれは男性同士の愛を描いた恋愛小説だったはずだ。なのにブロンテの令嬢だけでなく、リョーシィまで虜になっているのはどういう事なのか。こいつら意外な趣味してんだな、と新鮮かつ微妙な気持ちである。
面会の日にちを考えながら花園をうろつき、テーブルまで戻った。ルルシェは温度の無い声で「おかえりなさませ」と言ったが、イグニスと目が合うと一瞬だけ悲しそうな顔をした。ほんの一瞬、通りすぎるような表情の変化。イグニスは目を見張り、まさかと考える。
まさか本当に、リョーシィが言うような効果があったのか。
自分はルルシェにとって、単なる“主君”では無くなっているのか?
リョーシィがルルシェと侍女を引き連れて、花びらが舞い散る花園を出て行く。
イグニスはテーブルの横に立ち、紫銀の髪が揺れる背中を見ていた。
「あまりジロジロ見るな。作戦が台無しになるではないか」
リョーシィの冷ややかな口調で、イグニスはハッと我に返った。そうだった、ルルシェをじろじろ観察していたら、見せ掛けのデートの意味がなくなる。
イグニスがリョーシィと親しげに歩いているのは、ルルシェに嫉妬してもらいたいという下心あふれる野望のためであった。
ことの発端は二ヶ月前。
カイ帝国の姫リョーシィから届いた手紙に、『そちらに遊びに行くからよろしく』と書いてあったことから全ては始まった。
法案の調整で目まぐるしい日々を送っていたイグニスは「このくそ忙しい時に!」と愚痴をもらし、最初は断るつもりでいた。
が、ふと考えたのだ。
カイ帝国は多くの女性が活躍している国である。その姫がブロンテに来て、演説のひとつもすれば法案を通す勢いがつくのではないか? 今はなにより世論の支持がほしいところだし、リョーシィにもひと働きしてもらおう。
さらに、もう一つ個人的な心配事もどうにか出来ないかと考え始めた。ルルシェのことだ。
もういい加減イグニスとて、自分が男として意識されていないのは知っている。ルルシェがされるがままにイグニスを受け入れているのは、相手が国王だからだろう。
今の状態で法案が通れば、ルルシェは「ありがとうございます」と礼を述べてさっさとスタレートンに戻ってしまうかもしれない。王の涙ぐましい努力も知らずに。
イグニスはリョーシィ宛に手紙を書いた。遊びに来るのは構わないが、二つの事案について協力してほしい。法案の応援をすることと、片想いの相手について相談にのること。この二つを了承するのなら歓迎しよう、と。
自分が片想い中であることを告白するのはかなり勇気が必要だった。案の定リョーシィは長い手紙を送り返してきて、「おぬしにもようやく春が来たか」だの「しょうがないから協力してやろう」だの上から目線で書いている。二人は幼なじみなので、言葉にも遠慮がないのだ。
いくどか手紙のやりとりをし、今に至る。
リョーシィが言うには、イグニスは押してばかりで相手の気を引きつける努力をしていない。たまには嫉妬させるようなことも仕掛けたらどうだ――という事で、花園デートをしているわけだ。
しかし本当に効果があるのだろうか。イグニスは不安になり、ちらちらとルルシェの様子を伺ったが、なぜか彼女は地面ばかり睨んでいる。
「本当に効果があるのか? あいつ、俺たちのこと見てないけど」
「ふう、女心の分からない奴め。おぬしが他の女と親しげにしているから、見ているのがつらいのであろうよ」
「そうだろうか……。今朝の鍛錬でも元気がなくて、何か思い詰めているようだったし……」
「鍛錬か、話は聞いたぞ。おぬしは剣の相手さえルルシェにさせているそうではないか。そもそも筋力は男の方が強いというのに、あやつを働かせすぎなのではないか? この国の男たちは情けないのう」
「……申し訳ございません」
この国の男が弱いというより、イグニスとルルシェが極端に強いだけである。が、確かにルルシェにばかり負担をかけているのは事実だ。イグニスは反省した。
「ルルシェが悩んでいるのは多分、今後のことを考えたからであろう。昨日、女として戦えという話をしたからな。伯爵令嬢に戻ったときに、どうしようかと悩んでいるのではないか?」
「ああ、そういう事か……。今後のことを……」
「そうしょぼんとするな。大丈夫じゃ、おぬしは予想外に好かれておる。自信をもてい!」
“予想外”という失礼きわまりない言葉を吐きながら、リョーシィは思いっきりイグニスの背中をたたいた。口からげほっと咳がもれる。リョーシィこそ予想外に馬鹿力だ。
「と、ところで。あんたは何の用でブロンテに来たんだ? 遊びに行きたいとか書いてたけど、どこに行くつもりなんだよ」
「むふふ。我はな、ケイトリン先生のサインが欲しいのだ」
ケイトリン? イグニスは首をかしげる。どこかで聞いた名だ。どこだったか――。
「あっ! あの忌々しい本を書いた作者か!?」
「ケイトリン先生に失礼なことを言うな。先生の本のおかげで、おぬしらは正常な状態に戻ったくせに」
それはそうかも知れないが、例の本のせいでルルシェは死の恐怖を味わい、イグニスも寿命が縮むような思いをした。だから作者に対しては印象が良くない。よくも余計なことをしてくれたな、と思わないでもない――が。
「分かった。あんたには協力してもらってるし、そのケイトリン先生は俺が探しておこう。面会は王宮内でもいいだろ?」
「無論じゃ。ああ、楽しみだのう……。ついでに知り合いの令嬢を呼んでもいいじゃろ?」
「あ、ああ。少人数なら……」
イグニスは例の本の内容を思い出していた。あれは男性同士の愛を描いた恋愛小説だったはずだ。なのにブロンテの令嬢だけでなく、リョーシィまで虜になっているのはどういう事なのか。こいつら意外な趣味してんだな、と新鮮かつ微妙な気持ちである。
面会の日にちを考えながら花園をうろつき、テーブルまで戻った。ルルシェは温度の無い声で「おかえりなさませ」と言ったが、イグニスと目が合うと一瞬だけ悲しそうな顔をした。ほんの一瞬、通りすぎるような表情の変化。イグニスは目を見張り、まさかと考える。
まさか本当に、リョーシィが言うような効果があったのか。
自分はルルシェにとって、単なる“主君”では無くなっているのか?
リョーシィがルルシェと侍女を引き連れて、花びらが舞い散る花園を出て行く。
イグニスはテーブルの横に立ち、紫銀の髪が揺れる背中を見ていた。
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