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58 番外編 イグニス18歳、悩める日々1
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イグニス・ルース・ヴェルトーラム・ブロンテ――ブロンテ王国の第二王子にして、凛々しい端正な顔と彫刻のような素晴らしい体を持つ青年。
彼と並んで立つと脚の長さを比較されるため、貴族の令息たちは王子の横に立つのを嫌がるほどだ。
十八歳になったイグニスは、女性なら誰でも振り返るほどの美男に成長していた。が、彼はある事情のせいでひどく無愛想になっており、ハッキリ言って女性受けは良くなかった。
見た目はいいのに愛想が無い。それが彼の代名詞のように付きまとい、いつしか誰もが「イグニス王子は女嫌い」と思い込むようになっていたのである。
「殿下! こんなところで寝たら、衣装が汚れるじゃありませんか。また侍従長に叱られますよ」
女嫌いの原因とも言うべき人物に叱られ、イグニスは不満げに体を起こす。ひとの気も知らないで。俺が寝転がって物思いに耽っていたのは、おまえのせいなのに。
草むらに寝ていたからイグニスの背中は葉っぱだらけになっていた。王子だから当然、かなり上等な服を着ている。
しかし彼はそういった事を気にする人物ではなかった。後ろにいる少年が地面に膝をつき、服に付いた葉をはらっている。
「…………」
イグニスは無言のまま、自分の衣装を綺麗にする側近を見つめた。
今日も美しい顔だ。小さな白い顔の中に、長い睫毛に縁取られた目や柔らかそうな唇が、完璧なバランスで配置されている。
(こいつは何なんだろう。神の手によって作られた天使なのか? だから俺はこんなに心を揺さぶられるのか?)
彼の側近であるルルシェは、今年の冬の終わりに十三歳になった。まだ大人とはいえない年齢だ。なのにふと近寄ったとき、少年から漂う香りにドキッとさせられる。
少年なのに。相手は男なのに――イグニスの目下の悩みは、側近ルルシェのことであった。
相手が男だと知りながら惹かれるなど、王子として……いや、男としてのプライドが許せない。だから彼は三年前からずっと自分の心と戦っている。
(好きじゃない。俺はこんな奴、絶対に好きじゃない)
「おまえ、体に香水でもつけてるのか?」
もしつけているのなら、臭いからやめろと言ってやろう――そのつもりで訊いたのに。
「え? いいえ、つけてませんけど。何か匂います?」
ルルシェはきょとんとして、自分の腕の匂いを嗅いでいる。イグニスはぎょっとし、少し慌てて答えた。
「なにも臭くない! 俺が言ったことは気にするな」
「……はあ」
ルルシェは「変なの」とでも言いたげな顔をし、ふふっと笑った。心臓がどきりと跳ね、動揺を隠すように側近から視線を外す。
(くそう、何なんだよあの顔は。可愛い――くない! 別に可愛いなんて思わない。あんなの普通だ!)
イグニスは立ち上がり、黒の上下の衣装を自分でパンパンと叩いた。荷物から望遠鏡を取り出し、森の中に獲物がいないか調べる。
今日は狩りに来たのだ。少しは獲物を狩って帰らないと、ギルトーに「何をしに行ったのですか?」と怪しまれてしまう。
「あっ。殿下、あそこ。鹿がいます」
「少し遠いな……おまえが弓で狩ってくれ」
「はい!」
ルルシェは弓をひき絞り、鋭い矢を放った。矢は木々の間をすり抜けて鹿に命中し、どさっと倒れる重い音が周囲に響く。
二人は鹿のもとへ駆け寄り、脚を縄でくくって動けないようにした。これで一応、狩りをしたのだという証拠になる。
本当は息抜きをしたくて城を抜け出したのだが、考えてみれば側近はどこまでも付いてくるわけで……息抜きなどする意味はなかったかもしれない。
イグニスは嘆息し、「もう帰ろう」とつぶやいて馬に乗ろうとした。が、考え事をしていたせいか手元がすべり、持っていた望遠鏡を落としてしまう。
「あ…………」
「あーっ!」
運の悪いことに、望遠鏡を落としたのは坂の途中だった。望遠鏡はころころと転がり、坂のなかばで軌道をまげて土手のほうに進んでいく。
イグニスとルルシェは慌てて追いかけたが、二人の目の前で望遠鏡は土手の穴に入りこんでしまった。動物の巣のような穴で、意外と深くて奥が見えない。
側近がかがみ込んで、穴の中をのぞき込んでいる。
彼と並んで立つと脚の長さを比較されるため、貴族の令息たちは王子の横に立つのを嫌がるほどだ。
十八歳になったイグニスは、女性なら誰でも振り返るほどの美男に成長していた。が、彼はある事情のせいでひどく無愛想になっており、ハッキリ言って女性受けは良くなかった。
見た目はいいのに愛想が無い。それが彼の代名詞のように付きまとい、いつしか誰もが「イグニス王子は女嫌い」と思い込むようになっていたのである。
「殿下! こんなところで寝たら、衣装が汚れるじゃありませんか。また侍従長に叱られますよ」
女嫌いの原因とも言うべき人物に叱られ、イグニスは不満げに体を起こす。ひとの気も知らないで。俺が寝転がって物思いに耽っていたのは、おまえのせいなのに。
草むらに寝ていたからイグニスの背中は葉っぱだらけになっていた。王子だから当然、かなり上等な服を着ている。
しかし彼はそういった事を気にする人物ではなかった。後ろにいる少年が地面に膝をつき、服に付いた葉をはらっている。
「…………」
イグニスは無言のまま、自分の衣装を綺麗にする側近を見つめた。
今日も美しい顔だ。小さな白い顔の中に、長い睫毛に縁取られた目や柔らかそうな唇が、完璧なバランスで配置されている。
(こいつは何なんだろう。神の手によって作られた天使なのか? だから俺はこんなに心を揺さぶられるのか?)
彼の側近であるルルシェは、今年の冬の終わりに十三歳になった。まだ大人とはいえない年齢だ。なのにふと近寄ったとき、少年から漂う香りにドキッとさせられる。
少年なのに。相手は男なのに――イグニスの目下の悩みは、側近ルルシェのことであった。
相手が男だと知りながら惹かれるなど、王子として……いや、男としてのプライドが許せない。だから彼は三年前からずっと自分の心と戦っている。
(好きじゃない。俺はこんな奴、絶対に好きじゃない)
「おまえ、体に香水でもつけてるのか?」
もしつけているのなら、臭いからやめろと言ってやろう――そのつもりで訊いたのに。
「え? いいえ、つけてませんけど。何か匂います?」
ルルシェはきょとんとして、自分の腕の匂いを嗅いでいる。イグニスはぎょっとし、少し慌てて答えた。
「なにも臭くない! 俺が言ったことは気にするな」
「……はあ」
ルルシェは「変なの」とでも言いたげな顔をし、ふふっと笑った。心臓がどきりと跳ね、動揺を隠すように側近から視線を外す。
(くそう、何なんだよあの顔は。可愛い――くない! 別に可愛いなんて思わない。あんなの普通だ!)
イグニスは立ち上がり、黒の上下の衣装を自分でパンパンと叩いた。荷物から望遠鏡を取り出し、森の中に獲物がいないか調べる。
今日は狩りに来たのだ。少しは獲物を狩って帰らないと、ギルトーに「何をしに行ったのですか?」と怪しまれてしまう。
「あっ。殿下、あそこ。鹿がいます」
「少し遠いな……おまえが弓で狩ってくれ」
「はい!」
ルルシェは弓をひき絞り、鋭い矢を放った。矢は木々の間をすり抜けて鹿に命中し、どさっと倒れる重い音が周囲に響く。
二人は鹿のもとへ駆け寄り、脚を縄でくくって動けないようにした。これで一応、狩りをしたのだという証拠になる。
本当は息抜きをしたくて城を抜け出したのだが、考えてみれば側近はどこまでも付いてくるわけで……息抜きなどする意味はなかったかもしれない。
イグニスは嘆息し、「もう帰ろう」とつぶやいて馬に乗ろうとした。が、考え事をしていたせいか手元がすべり、持っていた望遠鏡を落としてしまう。
「あ…………」
「あーっ!」
運の悪いことに、望遠鏡を落としたのは坂の途中だった。望遠鏡はころころと転がり、坂のなかばで軌道をまげて土手のほうに進んでいく。
イグニスとルルシェは慌てて追いかけたが、二人の目の前で望遠鏡は土手の穴に入りこんでしまった。動物の巣のような穴で、意外と深くて奥が見えない。
側近がかがみ込んで、穴の中をのぞき込んでいる。
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