貧乏令嬢、山菜取りのさなかに美少年を拾う

千堂みくま

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名前はアーサー

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 翌朝目が覚めるとすでに少年の姿は無かった。私は慌ててロイクを起こした。

「ロっ、ロイク、ロイク! 少年がいないわ!」

「ええっ!?」

 どどど、と足音を響かせて階下へおりると、母が「どうしたの!?」と目を丸くしている。

「ねえ、あの男の子を見なかった?」

「あの子ならもう朝ごはん食べて、裏で洗濯してくれてるわよ」

「せ、洗濯ぅ? 昨日あんなに弱ってたのに?」

 ロイクと一緒に裏口から出ると、確かに少年は洗濯していた。大きなタライに水と石鹸と洗濯物を入れて、足で一生懸命に踏んでいる。

「やあ、おはよう」

 よく響く声で少年は挨拶をした。なんて爽やかな仕草なんだろう。田舎者らしさが全然ない。

「お、おはよう。もう動いて大丈夫なの?」

「うん、もう平気だ。君たちが僕を運んでくれたんだろう? どうもありがとう」

 ほほえむ少年。うわあ、圧倒的な存在感だ。少年の背後に咲き乱れる薔薇が見えるような……。

「僕は洗濯をしておくから、君たちは朝食をとって来るといい」

「え、ええ……そうさせていただくわ」

 少年の言葉づかいが丁寧なので、こちらまで何となく丁寧になってしまう。いただくわ、て何なんだ。いつもの私らしくない。

 私とロイクは家に入って着替え、朝食をとる事にした。今日は学校があるからモタモタしていられない。このボロい伯爵家から学校までは歩いて30分ほど掛かるのだ。食べたらすぐに家を出なければ。
 鞄を持ってリビングを出ようとすると少年が裏庭から戻ってきた。

「どこかへ行くのか?」

「うん。学校へ行ってくるわ。じゃあ行ってきます」

「行ってきまーす」

 ロイクと一緒に玄関から出て、学校までの道を歩いていく。道すがら出会った同級生と「おはよー」と声を掛け合う。人間関係は挨拶から。挨拶、大事。

 私はあまり学校では目立たないように気をつけていた。変に目立てば「貧乏伯爵家のくせに」なんて陰口を言われるので面倒なのだ。

 面倒だと分かっているのに、どうしてあんな美少年を拾ってしまったんだろう……。
 私は少年を拾ったことを少し後悔していた。だってあんな綺麗な子、噂にならない訳がない。なるべく穏便に生きて行きたいのに。


 昼休み、同級生の一人に声を掛けられた。領地内の噂を聞きつけるのは誰よりも早いと評判の、サマンサという女子だった。確か男爵家の娘とかだったような気がする。

「リヴィ! あなた昨日、ものすごい美少年を荷車で運んでたそうね!」

「ちょっ……ちょっと、廊下で話しましょ」

 サマンサの腕を引っぱって廊下に連れ出した。食堂なんて人だらけの場所で変なこと言わないでほしいんですけど。

「確かに運んたけど、あまり大きな声で言わないでよ。目立ちたくないのに」

「ああ、はいはい。で、どこで美少年を拾ったの? 美少年、学校にも来るかしら?」

 目を爛々と光らせるサマンサ。ちょっと怖い。

「えーと……。山で行き倒れてるところを見つけたの。学校に来るかどうかは知らないけど」

「へええ、山で。山に行ったらまた落ちてるかしら? ありがとう!」

 落ちてるって、誰かの落し物じゃないのに。

 学校からの帰り道、サマンサがすごい勢いで走っていく姿が見えた。もしかして山に行くのかな。でもそんなに何回も美少年が行き倒れてる訳ないと思うんだけど。



 私が帰宅したとき、父と少年はリビングで何かを話し合っていた。「ホテルが」だの「単身用賃貸」だの言っている。何の話だろう。
 二人の話が済んだようなので私は少年へ話しかけた。

「もうすっかり元気そうね。そういえば名前はなんて言うの? 私はリヴィエラよ、リヴィって呼んでね」

「僕のことはアーサーと呼んでほしい。よろしく、リヴィ」

 アーサーが手を伸ばして来たので、私はその手を握り返した。彼は私よりも少し背が低いのに握力が強い。しっかり握られると痛いぐらいだった。

 ロイクはすでに帰って来ていたみたいで馬の世話をしている。私もキッチンに立って母の手伝いをし、家族全員そろっての夕飯となった。ゼンマイのサラダ、ワラビの卵あえ……昨日からずっと山菜ずくしである。
 食事しながら父が話し始めた。

「皆に報告があるんだ。使っていなかったホテルを、単身者向けに貸し出そうと思う」

「へえ、いいじゃないですか。お父さま、急にやる気が出たの?」

「アーサーが提案してくれたんだよ」

「え」

 私はアーサーを見た。褒められた彼は気にすることもなく食事している。すごい食欲……いやそんなのどうでもいい。何なのこの子。私よりも年下っぽいのに、一体何者なのよ。

「アーサーは身寄りがいないらしいから、うちで保護しようと思う。来週から彼もお前たちと一緒に通学することになった。面倒を見てあげてくれ」

「はい。分かりました」

 ああ、やっぱりこうなるのか。

「学年はリヴィと同じ五年生だぞ。本当は六年生に編入するはずだったんだが、傍に知り合いがいた方がいいだろうって事になってな」

「ええっ!?」

 父の言葉に私とロイクは思わず叫んでしまった。六年生に編入する予定だったのなら、それだけのレベルの入試を受けて合格したことを意味している。

 アーサーは普通じゃない。きっとどこかでかなり高度な教育を受けた子なんだ。ほんと、何者なんだろ……。
 その後の夕食はほとんど味がしなかった。
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