貧乏令嬢、山菜取りのさなかに美少年を拾う

千堂みくま

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○血が出た

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 遠くからレストラン内をそっと覗くと一画だけやけに賑やかだった。他にも空いているテーブルがあるのに、カイザーが座ったテーブルの近くに女性客が集まっているのだ。王様は見た目だけでなく所作まで美しくて流石だと思った。遠くからでも一きわ輝いて見える。

 カイザーのテーブルに一人の女性を連れたケビンさんが歩いて行った。あの女性はアンゲリナという人で、明るい茶色の瞳をしている。見ようによっては橙色にも近いかもしれない。ケビンさん、よく気が付いたなあ。

 アンゲリナさんを見たカイザーは不機嫌そうに目を細めている。アンゲリナさんは充分美人だ。失礼な顔をするな、王様め。だいたい逃げられた婚約者を追ってくるというのは何なんだ。もう振られてるんだから諦めてよ。他のお嫁さんを探してよ!

 私は部屋に戻って物音も立てずに静かに過ごした。もう部屋から一歩も出たくない。でも明日は仕事だから、お風呂に入らないとマズい。接客業をする人には清潔感も必要なのだ。


 眠いのを我慢して深夜まで起きていた。誰もが寝静まった頃、音を立てないようにドアを開けて浴場へ歩いていく。ホテルの廊下は誰もいないのかと思えるほど静かだった。もうみんな寝たみたいだ、よかった。

 念のため、男性用の脱衣所の前に『掃除中です』という立て札を置いておく。こうしておけば入って来る人はいないだろう。卑怯なことをするけど数十分なので許してください。

 私は小声で謝ってから女性用の脱衣所に入り、急いで着替えた。浴衣よくいと呼ばれる薄い服を着て、腰の辺りで紐を結べば終わりだ。ギッと音を立ててガラス戸を開けてもやっぱり誰もいなかった。

 こんな時間に眠気を我慢してお風呂に入るなんて私ぐらいだよね。
 ビクビクするのも馬鹿らしくなってきたし、もう堂々とお風呂に入ろう。

 私は桶でお湯をすくい何度か体を流したあと、ゆっくりと温泉の中に入っていった。十人以上入れそうな広い浴槽は、端が石段になっているので入りやすい。温泉は結構熱いから、一気にお湯の中に入ったりは出来ないのだ。

「はぁあー……」

 温泉に入ると勝手にため息が出てくる。これ何なんだろ。出したい訳じゃないんだけど。
 それにしても今日のケビンさんには助かった。お礼にデートとか言われたけど、その程度で済んで本当に良かったな。

 屋根の向こうに広がる星空を見上げた。あと一ヶ月で一年も終わりか。だいぶ寒くなってきた……。

「誰かいるのか?」

「!!」

 急に後ろから男性の声がしたので、私は急いで立ち上がった。
 えっどういう事。ちゃんと『掃除中です』の立て札おいといたのに。

 白い湯煙が風で流れていく。湯気の向こうに立っている青年を見た私は呆然と立ち尽くした。

 カイザーが、カイザーが立っている……!

 なんで立て札を置いてたのに入って来てんの!?
 王様だからか。
 王様だから、立て札を無視したのか!?

「リヴィ……」

 カイザーも目を丸くして私を見ている。
 こうしちゃいられない、奴がぼんやりしている内に逃げないと!

 私はカイザーから逃げるようにお湯の中をザバザバと歩いた。抵抗があって動きにくい。こんなんじゃ捕まってしまう!
 私は振り返ってカイザーを見た。どうも様子がおかしい。何で追いかけて来ないんだろ?

「あっ鼻血。鼻血が出てるよ!」

 カイザーの顔を指さして教えてやると、彼は真っ赤な顔で叫んだ。

「ちっ違うんだ、別に、君の裸を想像した訳じゃない! 僕は……っ」

「あ、走ったら危な……」

 大股で足を踏み出したカイザーは、ぬめる床で思いっきり転んだ。静かな浴場にゴン!と大きな音が響く。
 あーあ、だから言ったのに……。

 私は床でのびているカイザーに近づいた。
 どうやら失神してしまったらしい。なんて世話のやける王様だろう。

 このまま放置しようかとも思ったけど、結構寒いから脱衣所まで運んであげることにした。鼻血はカイザーが着ている浴衣で拭いておく。殺人現場みたいでなんか怖いけど仕方ない。

「うっ、重た……!」

 久しぶりに持ち上げたカイザーは信じられないほど重かった。背が伸びたし筋肉が付いたせいかもしれない。彼の腕や胸は以前よりもずっと硬かった。もうぷにぷにしてなかった。大人になったんだな。
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