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38 隠したいもの
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すでに時刻は深夜なので、警備につく騎士以外はどの使用人も休んでいるようだ。レクオンは燭台を手に持って廊下の先を進んでいるが、足元が見えにくくてシーナは何度かつまづきそうになった。
肩に掛けたショールを手で押さえながら、先を進む夫の背中を見失わないように必死で足を動かす。
やがてレクオンは廊下の奥にある細い扉の前でぴたりと止まった。ひとが一人通るのがやっとのような細い扉だ。
(こんなところに扉があるなんて、知らなかったわ……)
城の奥に、目立たないようにひっそりと作られた扉。この先にある何かが、レクオンにとって隠したい物なのは間違いない。シーナは緊張し、ショールを両手でぎゅっと握りしめた。
レクオンが無言のまま扉を開けると先は階段になっている。食料庫として使う地下室があるのは知っていたが、そことは別にもうひとつ部屋があったのだ。
背が高いレクオンの頭がすれすれの位置に天井があり、閉塞感で息がつまりそうになる。階段を降りた先にも扉があって、開けた途端いきなり視界が開けた。
シーナが自室として使っている、夫人の部屋と同じぐらいの広さだ。でも室内にはなにもなく、壁に大きな深紅の布が飾られているだけ。何に使う部屋なのだろう。
「きみに見せたいのは、この絵だ」
レクオンは燭台を小さな台に置くと、深紅の布から垂れた紐をぐいっと引いた。カーテンのように二枚になっていた布がするすると左右に移動し、奥からひとつの肖像画が現れる。
絵の中央に椅子に座った男性、彼の右に赤子を抱いた女性、そして左には女性と四歳ぐらいの男の子――合計五人の肖像画だ。
男の子の髪は黒く、瞳は柘榴石のように紅い。顔立ちもレクオンに酷似しているから、彼が四歳ぐらいのときに描かれた絵なのだろう。
しばらく絵を眺めていたシーナは、一つのことに気づきハッと息をのんだ。
「――俺だけ“異物”みたいだろう?」
レクオンが自嘲気味につぶやいても、何の反応も返せなかった。レクオン以外の人物は、みな髪の色が薄く淡い。中央の男性と赤子は蜂蜜ブロンドで、父王とマシュウなのだろうと分かる。二人の女性の髪も銀と亜麻色だし、瞳にしても紅いのはレクオンだけだ。
シーナは胸が苦しくなり、祈るように両手を組んで絵を眺めつづけた。ちがう、異物なんかじゃない。これは家族の肖像画なのでしょう――そう言ってあげたかったが、喉に何かが詰まったように苦しくて声が出せない。
「先祖返りというのだそうだ。学者は隔世遺伝と言っていたが……」
食い入るように絵を見つめるシーナの隣で、レクオンがぽつぽつと話し始める。
「ディレイム王家の祖先は元々、大陸の東から渡ってきた者たちだったらしい。東には黒髪と紅い目を持つラトヴィア人が多いが、建国して人口が増えるにつれて血が混ざり、今では国民のほとんどが褐色の髪になった。紅い目だって、なかなか見つけられないだろう」
「グラーダには、黒髪の人がいました。王都にだって……」
しぼるように出した声は掠れていて、シーナは自分が極度に緊張していることを知った。苦しまぎれの科白だと分かっていても、何か言わなければならないと思ったのだ。しかしシーナの言葉を聞いたレクオンは自嘲するように口元を歪める。
「市井で暮らす民のなかに黒い髪の子供がいても、気にする奴はほとんどいないだろうさ。でも俺は王家に生まれたから……世継ぎを残すことをもっとも重要視する、王家のなかに」
貴族の令嬢たちは皆、世継ぎを残すことこそが妻の使命だと教えられて育つ。王族なら尚のこと、国王に似た子を産みたいと考えるはずだ。
シーナはもういちど絵画に目を走らせ、レクオンと彼の父母の顔を見比べた。どちらかと言えば、レクオンは母に似たらしい。せめて父王に似ていれば苦悩せずにすんだかもしれないが……。
「だから、王宮から出たんですか……?」
レクオンと彼の母がどんな目に会ったのか、シーナにも想像できた。ケルホーン伯爵家での日々がよみがえってくる。父と血の繋がらない卑しい子として、子供の頃からずっと虐げられてきた。まさか王子がシーナと同じ扱いを受けたとは考えにくいが、生きやすい環境ではなかっただろう。
レクオンは低い声でぼそりと呟いた。
「出ようと思えばもっと早く出られたさ……。でも出来なかった。俺はあいつらに復讐したかったんだ」
肩に掛けたショールを手で押さえながら、先を進む夫の背中を見失わないように必死で足を動かす。
やがてレクオンは廊下の奥にある細い扉の前でぴたりと止まった。ひとが一人通るのがやっとのような細い扉だ。
(こんなところに扉があるなんて、知らなかったわ……)
城の奥に、目立たないようにひっそりと作られた扉。この先にある何かが、レクオンにとって隠したい物なのは間違いない。シーナは緊張し、ショールを両手でぎゅっと握りしめた。
レクオンが無言のまま扉を開けると先は階段になっている。食料庫として使う地下室があるのは知っていたが、そことは別にもうひとつ部屋があったのだ。
背が高いレクオンの頭がすれすれの位置に天井があり、閉塞感で息がつまりそうになる。階段を降りた先にも扉があって、開けた途端いきなり視界が開けた。
シーナが自室として使っている、夫人の部屋と同じぐらいの広さだ。でも室内にはなにもなく、壁に大きな深紅の布が飾られているだけ。何に使う部屋なのだろう。
「きみに見せたいのは、この絵だ」
レクオンは燭台を小さな台に置くと、深紅の布から垂れた紐をぐいっと引いた。カーテンのように二枚になっていた布がするすると左右に移動し、奥からひとつの肖像画が現れる。
絵の中央に椅子に座った男性、彼の右に赤子を抱いた女性、そして左には女性と四歳ぐらいの男の子――合計五人の肖像画だ。
男の子の髪は黒く、瞳は柘榴石のように紅い。顔立ちもレクオンに酷似しているから、彼が四歳ぐらいのときに描かれた絵なのだろう。
しばらく絵を眺めていたシーナは、一つのことに気づきハッと息をのんだ。
「――俺だけ“異物”みたいだろう?」
レクオンが自嘲気味につぶやいても、何の反応も返せなかった。レクオン以外の人物は、みな髪の色が薄く淡い。中央の男性と赤子は蜂蜜ブロンドで、父王とマシュウなのだろうと分かる。二人の女性の髪も銀と亜麻色だし、瞳にしても紅いのはレクオンだけだ。
シーナは胸が苦しくなり、祈るように両手を組んで絵を眺めつづけた。ちがう、異物なんかじゃない。これは家族の肖像画なのでしょう――そう言ってあげたかったが、喉に何かが詰まったように苦しくて声が出せない。
「先祖返りというのだそうだ。学者は隔世遺伝と言っていたが……」
食い入るように絵を見つめるシーナの隣で、レクオンがぽつぽつと話し始める。
「ディレイム王家の祖先は元々、大陸の東から渡ってきた者たちだったらしい。東には黒髪と紅い目を持つラトヴィア人が多いが、建国して人口が増えるにつれて血が混ざり、今では国民のほとんどが褐色の髪になった。紅い目だって、なかなか見つけられないだろう」
「グラーダには、黒髪の人がいました。王都にだって……」
しぼるように出した声は掠れていて、シーナは自分が極度に緊張していることを知った。苦しまぎれの科白だと分かっていても、何か言わなければならないと思ったのだ。しかしシーナの言葉を聞いたレクオンは自嘲するように口元を歪める。
「市井で暮らす民のなかに黒い髪の子供がいても、気にする奴はほとんどいないだろうさ。でも俺は王家に生まれたから……世継ぎを残すことをもっとも重要視する、王家のなかに」
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シーナはもういちど絵画に目を走らせ、レクオンと彼の父母の顔を見比べた。どちらかと言えば、レクオンは母に似たらしい。せめて父王に似ていれば苦悩せずにすんだかもしれないが……。
「だから、王宮から出たんですか……?」
レクオンと彼の母がどんな目に会ったのか、シーナにも想像できた。ケルホーン伯爵家での日々がよみがえってくる。父と血の繋がらない卑しい子として、子供の頃からずっと虐げられてきた。まさか王子がシーナと同じ扱いを受けたとは考えにくいが、生きやすい環境ではなかっただろう。
レクオンは低い声でぼそりと呟いた。
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