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43 レクオンの過去5
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レクオンは14歳になり、彼の誕生祭が開かれることになった。しかし誕生祭などというのは表向きの名称で、婚約者を選ぶのだということはレクオンにも分かっていた。
国王主催とはなっているが、実際にとり仕切るのは大臣のひとり、ディルトース家の当主オーランドである。彼がレクオンを王太子に推す一方で、サントスはマシュウを王太子にしようとしている。二つの勢力は完全に拮抗し、王宮内を真っ二つに分けていた。
(どいつもこいつも、同じにしか見えないな……)
王子らしく着飾ったレクオンは、サロンに集まった令嬢たちを冷めた目で眺めた。まだ結婚なんて想像も出来ないし、婚約者を決めてしまったら、わざわざその女のために時間を使うことになるじゃないか。馬鹿ばかしい。
ふと会場を見回していると、派手に飾り付けた少女が見えた。孔雀緑のドレスは周囲から完全に浮いている。あんな色のドレスは初めて見た。さぞかし自分に自信があるのだろう。
どんな顔の女かと思ったら、サントスによく似た鷲鼻の少女である。シェリアンヌだ。レクオンの視線に気づいた彼女は、自信たっぷりに口角を上げた。
(誰かおまえなんか婚約者にするか。視線が合ったぐらいで勘違いするんじゃねぇよ)
普段は使わないような汚い言葉でののしり、サロンを歩き出す。よく考えれば、サントスが自分の娘をレクオンに宛がうわけがない。いずれマシュウの婚約者にするだろうから、今日はただの様子見――あるいは冷やかしに来たわけだ。暇人め。
(貴族の女ってのは暇なんだな。着飾って自慢するのが生き甲斐なのか)
そう考えたらますますやる気が失せた。もう執務室へ戻ってしまおうか。でも後ろから従者が付いてくるし、オーランドの顔に泥を塗ることにもなるし……。
どうせなら、ものすごい美少女に出会ってみたい。母と同じような傾国の美女を婚約者にしたら、サントスやシェリアンヌに対する意趣返しにもなるだろう。
(それに……宝石みたいに美しい娘を独占するのは、気分が良さそうだ)
レクオンが今までに勝ち取ってきたものは全て自分の努力によるもので、形ある褒美を与えられたことはいちどもない。女のように宝石を愛でる趣味はないが、努力を認められたという証が欲しい。
サロンを一周するように歩いていくと、人垣が割れて勝手に道ができる。左右からレクオンに向けられる熱っぽい眼差し。でもいまいち心が動かない。やっぱりどれも同じ顔に見える。
失望しつつも足は止めないのだが、いよいよサロンの端が近づいてきた。ああ、今まで見た令嬢から選ばなければならないのか。どの女にしよう。もう目を閉じて適当に指さしてみようか。
冗談で指を上げた瞬間、人垣のすき間からひとりの少女が見えた。彼女はレクオンを見ようともせず、ぼんやりと窓の外を眺めている。なぜかレクオンの目には、少女の体が光っているように見えた。
(なんだあれは……。妖精か?)
吸い込まれるように少女のほうへ向かう。壁になっていた人は割れ、少女の全身が目に映った。薄紫色の上品なドレス。腰の辺りまで伸びた淡い白金ブロンド。滑らかな肌は透きとおり、青白く見えるほどだ。そして、なによりも――
(まるで人形みたいだ。いや、動いてる……。ちゃんと人間だ)
長い睫毛に縁取られた大きな目は翡翠のような緑灰で、目が合うと引きずり込まれるような感覚があった。すっと通った鼻筋、ふっくらとした小さな唇。
母のように凛とした美しさではなく、可憐で儚い美しさだ。手の平にふれた瞬間、とけてしまう雪のような……。
『きみの名は?』
気づいたときには、口が勝手に動いていた。少女はゆっくりとカーテシーをし、肩からはらりと髪が落ちる。
『ケルホーン伯爵の娘、ルターナと申します』
『ルターナ……星の名前だな』
レクオンが手を伸ばすと、ルターナはそれを取った。静かに音楽が始まり、二人は自然と踊りだす。周囲で見ていた貴族たちもペアになり、サロンはダンスホールのようになった。
ルターナを婚約者にしよう。この美しい娘を独占するのは、さぞかし気分がいいに違いない――。それは愛とは呼べないものだったが、まだ少年のレクオンに分かるはずもなかった。
国王主催とはなっているが、実際にとり仕切るのは大臣のひとり、ディルトース家の当主オーランドである。彼がレクオンを王太子に推す一方で、サントスはマシュウを王太子にしようとしている。二つの勢力は完全に拮抗し、王宮内を真っ二つに分けていた。
(どいつもこいつも、同じにしか見えないな……)
王子らしく着飾ったレクオンは、サロンに集まった令嬢たちを冷めた目で眺めた。まだ結婚なんて想像も出来ないし、婚約者を決めてしまったら、わざわざその女のために時間を使うことになるじゃないか。馬鹿ばかしい。
ふと会場を見回していると、派手に飾り付けた少女が見えた。孔雀緑のドレスは周囲から完全に浮いている。あんな色のドレスは初めて見た。さぞかし自分に自信があるのだろう。
どんな顔の女かと思ったら、サントスによく似た鷲鼻の少女である。シェリアンヌだ。レクオンの視線に気づいた彼女は、自信たっぷりに口角を上げた。
(誰かおまえなんか婚約者にするか。視線が合ったぐらいで勘違いするんじゃねぇよ)
普段は使わないような汚い言葉でののしり、サロンを歩き出す。よく考えれば、サントスが自分の娘をレクオンに宛がうわけがない。いずれマシュウの婚約者にするだろうから、今日はただの様子見――あるいは冷やかしに来たわけだ。暇人め。
(貴族の女ってのは暇なんだな。着飾って自慢するのが生き甲斐なのか)
そう考えたらますますやる気が失せた。もう執務室へ戻ってしまおうか。でも後ろから従者が付いてくるし、オーランドの顔に泥を塗ることにもなるし……。
どうせなら、ものすごい美少女に出会ってみたい。母と同じような傾国の美女を婚約者にしたら、サントスやシェリアンヌに対する意趣返しにもなるだろう。
(それに……宝石みたいに美しい娘を独占するのは、気分が良さそうだ)
レクオンが今までに勝ち取ってきたものは全て自分の努力によるもので、形ある褒美を与えられたことはいちどもない。女のように宝石を愛でる趣味はないが、努力を認められたという証が欲しい。
サロンを一周するように歩いていくと、人垣が割れて勝手に道ができる。左右からレクオンに向けられる熱っぽい眼差し。でもいまいち心が動かない。やっぱりどれも同じ顔に見える。
失望しつつも足は止めないのだが、いよいよサロンの端が近づいてきた。ああ、今まで見た令嬢から選ばなければならないのか。どの女にしよう。もう目を閉じて適当に指さしてみようか。
冗談で指を上げた瞬間、人垣のすき間からひとりの少女が見えた。彼女はレクオンを見ようともせず、ぼんやりと窓の外を眺めている。なぜかレクオンの目には、少女の体が光っているように見えた。
(なんだあれは……。妖精か?)
吸い込まれるように少女のほうへ向かう。壁になっていた人は割れ、少女の全身が目に映った。薄紫色の上品なドレス。腰の辺りまで伸びた淡い白金ブロンド。滑らかな肌は透きとおり、青白く見えるほどだ。そして、なによりも――
(まるで人形みたいだ。いや、動いてる……。ちゃんと人間だ)
長い睫毛に縁取られた大きな目は翡翠のような緑灰で、目が合うと引きずり込まれるような感覚があった。すっと通った鼻筋、ふっくらとした小さな唇。
母のように凛とした美しさではなく、可憐で儚い美しさだ。手の平にふれた瞬間、とけてしまう雪のような……。
『きみの名は?』
気づいたときには、口が勝手に動いていた。少女はゆっくりとカーテシーをし、肩からはらりと髪が落ちる。
『ケルホーン伯爵の娘、ルターナと申します』
『ルターナ……星の名前だな』
レクオンが手を伸ばすと、ルターナはそれを取った。静かに音楽が始まり、二人は自然と踊りだす。周囲で見ていた貴族たちもペアになり、サロンはダンスホールのようになった。
ルターナを婚約者にしよう。この美しい娘を独占するのは、さぞかし気分がいいに違いない――。それは愛とは呼べないものだったが、まだ少年のレクオンに分かるはずもなかった。
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