20 / 52
20 敵になった婚約者
私の言葉を聞いたフェリオスは、信じられないものでも見たかのような顔をした。
部屋のなかに重い沈黙が落ち、やがてかすれた声が響く。
「……もういちど、言ってもらえないか?」
「婚約を破棄して貰えませんか」
「なぜ?」
「イリオン様から、皇帝陛下が私たちの婚姻を認めていないと教えて頂きました。私を愛妾にするように言われたのでしょう? でも私が妾になるのを、お祖父様は――教皇猊下はお許しにならないと思います」
「イリオンめ、余計なことを……!」
「イリオン様は悪くありませんわ。むしろ、本当のことを教えて貰えてよかったのです。いつまでも婚約者のままでなんて、いられないのですから……」
向かい側のソファで、フェリオスは額に手をあてて俯いた。骨ばった手がくしゃりと黒い髪を掴んでいる。
そのつらそうな表情を見るだけで、彼の今までの苦労が伝わってくるようだった。
「フェリオス様。ハートンでもエンヴィードでもいいので、貴族の男性を紹介してくださいませんか? あなたが私を捨てたことにすれば、陛下も納得してくださるでしょう。お祖父様には、別の男性に一目ぼれしたとでも言っておきますから」
我ながら苦しい言い訳だ。
肖像画を見てフェリオスに一目ぼれしたはずなのに、数ヶ月後にまた別の男性に一目ぼれなんて……お祖父様も私に呆れるかもしれない。
でも呆れられようと何だろうと、今はこの方法が最善だと思う。
「…………だ」
「え?」
俯いたままのフェリオスが何かをつぶやいたが、声が低いうえに小さすぎて聞き取れない。
彼は握りしめていた黒髪を放し、ようやく顔を上げた。
「いやだ」
「は……? 何が嫌なのですか?」
「婚約は破棄しない。俺にはあなたが必要だ」
「…………私の話、聞いておられました?」
「聞いていたし、あなたの言い分もよく分かる。もう少し待ってくれ、陛下を説得して――」
「愛妾にしろと言う方をどうやって説得しますの? 陛下はガイア教が大嫌いだと伺いましたわ。もういい加減、諦めましょう」
「いやだ!」
いきなり大声を出すので、びくっと肩を跳ね上げてしまった。
フェリオスがこんな声を出すの、初めて見たんですけど。
「ちょ、なにを子供のような我がままを……」
「我がままを言ってなにが悪い? 俺は皇子として、すべての命令に従ってきた。好きな女ぐらい、自分で選んでもいいだろう!」
「……!!」
すっ、好きな女!?
この状況でそれを言うなんて、卑怯じゃないの!!
「あなたの事情なんか知りませんわ! 私にはロイツを守り、次の巫女姫を産むという使命があるんです! あなただってエイレネ様を守りたいのでしょう!?」
「っ……!」
エイレネ姫の名前を出した途端、急に大人しくなった。叱られた犬のようにションボリする姿は、戦場で恐れられた皇子とは別人のようだ。
今こそチャンスだろう。
「納得いただけたようですわね。さあ、婚約の証となる書類をお出しになって? 私が陛下に書簡を送りますわ。ロイツの巫女姫とは婚約を破棄し、貴族に降嫁させたとうまく書いておきますから」
「……出さない。俺はまだ、納得していないから」
「っこの、分からず屋!! だったら自分で探します!」
「いいだろう、探してみろ。でもこの部屋にあるかどうか分からないぞ?」
「~~っ!!」
腹立つぅ!
美形の嘲笑が見とれるレベルで尚さら腹立つ!
ムカムカしながら探し始めたが、数分で目眩がしてきた。引き出しを覗いている途中で視界が暗くなり、ふと目を開けると何故かソファに寝ている。
すぐ横にはフェリオスの不安そうな顔が。
「あら? どうして……」
「食べていないせいで、体が弱っているんだ。今日はもう休め」
そう言って、返事も待たずに私を横抱きにし、部屋へと戻り始めた。
え、このまま廊下を歩くの?
夜だから人目はあまりないけど……。
「は、恥ずかしいですわ。自分で歩けますのに」
「途中で倒れるかもしれないだろう。騎士に抱き上げられるぐらいなら、俺があなたを運ぶ」
「……フェリオス様がこんな方だなんて、知りませんでした。子供っぽい言い訳をするし、焼きもちをやくし」
「俺も知らなかった」
「…………。私、諦めませんからね。さっさと体力を戻して、婚約の書類を見つけてみせます!」
「ふ……。では俺は見つからないよう、せいぜい上手く隠しておこう」
部屋に戻ると、カリエが目を白黒させて隣室へ行ってしまった。
なにか余計な気遣いをされたような気がする。
「おやすみ」
ベッドに寝かせられたと同時に、額に温かな感触。
まさか――!?
いやいや違うでしょ、顎が当たっただけでしょ!
「お、おおおやすみ、なさいませ」
フェリオスは満足そうに頷き、部屋から出て行った。
ぱたんと音がしたあと、自分の額に触れる。
私、なにしに行ったんだっけ?
婚約を破棄しに行ったはずだよね?
それが何故、おでこにキ――何かぶつかっただけで、固まってるんだろう。
「んぐぅぅ……! 負けてたまるものですか! 絶対に書類を見つけてみせる!」
闘志を燃やした私は、カリエに頼んで夜食を用意してもらった。普段はこんな時間に食べたりしないが、今はとにかく体力を戻しておきたい。
なぜか敵になってしまった美しい婚約者が妙に憎らしかった。
部屋のなかに重い沈黙が落ち、やがてかすれた声が響く。
「……もういちど、言ってもらえないか?」
「婚約を破棄して貰えませんか」
「なぜ?」
「イリオン様から、皇帝陛下が私たちの婚姻を認めていないと教えて頂きました。私を愛妾にするように言われたのでしょう? でも私が妾になるのを、お祖父様は――教皇猊下はお許しにならないと思います」
「イリオンめ、余計なことを……!」
「イリオン様は悪くありませんわ。むしろ、本当のことを教えて貰えてよかったのです。いつまでも婚約者のままでなんて、いられないのですから……」
向かい側のソファで、フェリオスは額に手をあてて俯いた。骨ばった手がくしゃりと黒い髪を掴んでいる。
そのつらそうな表情を見るだけで、彼の今までの苦労が伝わってくるようだった。
「フェリオス様。ハートンでもエンヴィードでもいいので、貴族の男性を紹介してくださいませんか? あなたが私を捨てたことにすれば、陛下も納得してくださるでしょう。お祖父様には、別の男性に一目ぼれしたとでも言っておきますから」
我ながら苦しい言い訳だ。
肖像画を見てフェリオスに一目ぼれしたはずなのに、数ヶ月後にまた別の男性に一目ぼれなんて……お祖父様も私に呆れるかもしれない。
でも呆れられようと何だろうと、今はこの方法が最善だと思う。
「…………だ」
「え?」
俯いたままのフェリオスが何かをつぶやいたが、声が低いうえに小さすぎて聞き取れない。
彼は握りしめていた黒髪を放し、ようやく顔を上げた。
「いやだ」
「は……? 何が嫌なのですか?」
「婚約は破棄しない。俺にはあなたが必要だ」
「…………私の話、聞いておられました?」
「聞いていたし、あなたの言い分もよく分かる。もう少し待ってくれ、陛下を説得して――」
「愛妾にしろと言う方をどうやって説得しますの? 陛下はガイア教が大嫌いだと伺いましたわ。もういい加減、諦めましょう」
「いやだ!」
いきなり大声を出すので、びくっと肩を跳ね上げてしまった。
フェリオスがこんな声を出すの、初めて見たんですけど。
「ちょ、なにを子供のような我がままを……」
「我がままを言ってなにが悪い? 俺は皇子として、すべての命令に従ってきた。好きな女ぐらい、自分で選んでもいいだろう!」
「……!!」
すっ、好きな女!?
この状況でそれを言うなんて、卑怯じゃないの!!
「あなたの事情なんか知りませんわ! 私にはロイツを守り、次の巫女姫を産むという使命があるんです! あなただってエイレネ様を守りたいのでしょう!?」
「っ……!」
エイレネ姫の名前を出した途端、急に大人しくなった。叱られた犬のようにションボリする姿は、戦場で恐れられた皇子とは別人のようだ。
今こそチャンスだろう。
「納得いただけたようですわね。さあ、婚約の証となる書類をお出しになって? 私が陛下に書簡を送りますわ。ロイツの巫女姫とは婚約を破棄し、貴族に降嫁させたとうまく書いておきますから」
「……出さない。俺はまだ、納得していないから」
「っこの、分からず屋!! だったら自分で探します!」
「いいだろう、探してみろ。でもこの部屋にあるかどうか分からないぞ?」
「~~っ!!」
腹立つぅ!
美形の嘲笑が見とれるレベルで尚さら腹立つ!
ムカムカしながら探し始めたが、数分で目眩がしてきた。引き出しを覗いている途中で視界が暗くなり、ふと目を開けると何故かソファに寝ている。
すぐ横にはフェリオスの不安そうな顔が。
「あら? どうして……」
「食べていないせいで、体が弱っているんだ。今日はもう休め」
そう言って、返事も待たずに私を横抱きにし、部屋へと戻り始めた。
え、このまま廊下を歩くの?
夜だから人目はあまりないけど……。
「は、恥ずかしいですわ。自分で歩けますのに」
「途中で倒れるかもしれないだろう。騎士に抱き上げられるぐらいなら、俺があなたを運ぶ」
「……フェリオス様がこんな方だなんて、知りませんでした。子供っぽい言い訳をするし、焼きもちをやくし」
「俺も知らなかった」
「…………。私、諦めませんからね。さっさと体力を戻して、婚約の書類を見つけてみせます!」
「ふ……。では俺は見つからないよう、せいぜい上手く隠しておこう」
部屋に戻ると、カリエが目を白黒させて隣室へ行ってしまった。
なにか余計な気遣いをされたような気がする。
「おやすみ」
ベッドに寝かせられたと同時に、額に温かな感触。
まさか――!?
いやいや違うでしょ、顎が当たっただけでしょ!
「お、おおおやすみ、なさいませ」
フェリオスは満足そうに頷き、部屋から出て行った。
ぱたんと音がしたあと、自分の額に触れる。
私、なにしに行ったんだっけ?
婚約を破棄しに行ったはずだよね?
それが何故、おでこにキ――何かぶつかっただけで、固まってるんだろう。
「んぐぅぅ……! 負けてたまるものですか! 絶対に書類を見つけてみせる!」
闘志を燃やした私は、カリエに頼んで夜食を用意してもらった。普段はこんな時間に食べたりしないが、今はとにかく体力を戻しておきたい。
なぜか敵になってしまった美しい婚約者が妙に憎らしかった。
あなたにおすすめの小説
結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた
夏菜しの
恋愛
幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。
彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。
そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。
彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。
いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。
のらりくらりと躱すがもう限界。
いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。
彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。
これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?
エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。
【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?
氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。
しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。
夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。
小説家なろうにも投稿中
狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します
ちより
恋愛
侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。
愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。
頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。
公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。
このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。
若松だんご
恋愛
「リリー。アナタ、結婚なさい」
それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。
まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。
お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。
わたしのあこがれの騎士さま。
だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!
「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」
そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。
「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」
なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。
あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!
わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!
恐怖侯爵の後妻になったら、「君を愛することはない」と言われまして。
長岡更紗
恋愛
落ちぶれ子爵令嬢の私、レディアが後妻として嫁いだのは──まさかの恐怖侯爵様!
しかも初夜にいきなり「君を愛することはない」なんて言われちゃいましたが?
だけど、あれ? 娘のシャロットは、なんだかすごく懐いてくれるんですけど!
義理の娘と仲良くなった私、侯爵様のこともちょっと気になりはじめて……
もしかして、愛されるチャンスあるかも? なんて思ってたのに。
「前妻は雲隠れした」って噂と、「死んだのよ」って娘の言葉。
しかも使用人たちは全員、口をつぐんでばかり。
ねえ、どうして? 前妻さんに何があったの?
そして、地下から聞こえてくる叫び声は、一体!?
恐怖侯爵の『本当の顔』を知った時。
私の心は、思ってもみなかった方向へ動き出す。
*他サイトにも公開しています
【完結】断頭台で処刑された悪役王妃の生き直し
有栖多于佳
恋愛
近代ヨーロッパの、ようなある大陸のある帝国王女の物語。
30才で断頭台にかけられた王妃が、次の瞬間3才の自分に戻った。
1度目の世界では盲目的に母を立派な女帝だと思っていたが、よくよく思い起こせば、兄妹間で格差をつけて、お気に入りの子だけ依怙贔屓する毒親だと気づいた。
だいたい帝国は男子継承と決まっていたのをねじ曲げて強欲にも女帝になり、初恋の父との恋も成就させた結果、継承戦争起こし帝国は二つに割ってしまう。王配になった父は人の良いだけで頼りなく、全く人を見る目のないので軍の幹部に登用した者は役に立たない。
そんな両親と早い段階で決別し今度こそ幸せな人生を過ごすのだと、決意を胸に生き直すマリアンナ。
史実に良く似た出来事もあるかもしれませんが、この物語はフィクションです。
世界史の人物と同名が出てきますが、別人です。
全くのフィクションですので、歴史考察はありません。
*あくまでも異世界ヒューマンドラマであり、恋愛あり、残業ありの娯楽小説です。
呪われた令嬢はヘルハウスに嫁ぎます。~執着王子から助けてくれた旦那様の為に頑張ります!~
屋月 トム伽
恋愛
第2殿下アーサー様に見初められたリーファ・ハリストン伯爵令嬢。
金髪碧眼の見目麗しいアーサー様だが、一方的に愛され執着するアーサー様が私には怖かった。
そんな押しの強いアーサー様との二人っきりのお茶会で、呪われたお茶が仕込まれていることに気付かずに飲んでしまう。
アーサー様を狙ったのか、私を狙ったのかわからないけど、その呪いのせいで夜が眠れなくなり、日中は目が醒めなくなってしまった。
日中に目が醒めないなら、妃になれば必要な公務も出来ないとなり、アーサー様の婚約者候補としてもなれないのに、あろうことかアーサー様は諦めず、私に側室になって欲しいと望む始末。
そして呪いは解けないままで日中は眠ってしまう私に、帰る事の出来る家はない。
そんな私にある公爵様から結婚の申し込みがきた。
アーサー様と家族から逃げ出したい私は結婚の申し出を受け、すぐに結婚相手のお邸に行く。が…まさかのヘルハウス!?
…本当にここに住んでいますか!?お化けと同居なんて嫌すぎます!
序章…呪われた令嬢
第一章…ヘルハウス編
第二章…囚われ編
第三章…帰還編
第4章…後日談(ヘルハウスのエレガントな日常)
★あらすじは時々追加するかもしれません!
★小説家になろう様、カクヨム様でも投稿中
前世で孵した竜の卵~幼竜が竜王になって迎えに来ました~
高遠すばる
恋愛
エリナには前世の記憶がある。
先代竜王の「仮の伴侶」であり、人間貴族であった「エリスティナ」の記憶。
先代竜王に真の番が現れてからは虐げられる日々、その末に追放され、非業の死を遂げたエリスティナ。
普通の平民に生まれ変わったエリスティナ、改めエリナは強く心に決めている。
「もう二度と、竜種とかかわらないで生きていこう!」
たったひとつ、心残りは前世で捨てられていた卵から孵ったはちみつ色の髪をした竜種の雛のこと。クリスと名付け、かわいがっていたその少年のことだけが忘れられない。
そんなある日、エリナのもとへ、今代竜王の遣いがやってくる。
はちみつ色の髪をした竜王曰く。
「あなたが、僕の運命の番だからです。エリナ。愛しいひと」
番なんてもうこりごり、そんなエリナとエリナを一身に愛する竜王のラブロマンス・ファンタジー!