逆行した深窓の令嬢は、猫かぶりをやめて頭のおかしい王太子に嫌われようとした――のだが。

千堂みくま

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 しばらくして、また王太子と会う日を迎えた。

 今回は公爵家ではなく、アンジーが王宮に行く事になっている。デアナにドレスを着付けてもらったアンジーはいつものように馬車に乗って王宮へ向かった。通されたのはサロンの一つだった。

「よく来たな、アンジェローザ」

 偉そうな王太子がやって来た。が、アンジーは必死に笑いたいのをこらえていた。偉そうにしていても自分の部屋では泣いているし、寝ている時はクマのぬいぐるみを抱いているわけだ。可愛い。偉そうだからこそ、そのギャップが可愛い。

「どうした、何を笑っている。また幸せなのか?」

「え、ええ、そうですわ。今回はとても楽しいのです」

「よく分からない女だな……」

 王太子は首をかしげつつ紅茶を飲んでいたが、ふと視線を動かして怪訝そうな顔をした。アンジーの腰の辺りを食い入るように見つめている。

「……可愛いクマだな」

「えっ、ええ!」

(しまった。ドレスの飾りに、小さなクマのぬいぐるみを付けていたのだったわ)

 後悔してももう遅い。アンジーは平静な顔を装って紅茶を飲んだが、セルディオはやはりじっと小さなクマを見ている。
 やがて彼は傍に控えていた侍従に何か言い、紙とペンを持ってこさせた。そして。

「アンジェローザ。この紙に、『いつも君を見守っているよ』と書いてみてくれ」

「……!!!」

 アンジーは仰天して、飲んでいた紅茶を噴き出すところだった。これはまずい。

「ど、どうしてですの。その言葉に何か意味がありますの?」

「とても大切な意味がある。書いてくれ」

 セルディオの表情は真剣そのもので、冗談で誤魔化せるような雰囲気ではない。アンジーは仕方なくペンを取り、紙に言われたことを書いた。但し、かなり筆跡は変えたつもりだ。ばれないだろう。多分。

「……似ているような、似ていないような……」

 セルディオは紙を見てボソボソ言うと、サロンを出て行ってしまった。すぐに戻ってきたが、彼の腕にはクマのぬいぐるみがある。アンジーは息が止まりそうだった。

「か、かわいいぬいぐるみですわね……」

「見覚えがないか?」

「ありませんわ。でもとにかく可愛いぬいぐるみで――」

 話している間にサロンのドアが開き、セルディオの父がやってきた。言わずとしれたこの国の王、国王陛下である。アンジーは慌ててカーテシーをした。

「アンジェローザ、よく来てくれた。不出来な息子だがどうかよろしく頼む」

 国王の言葉はアンジーを暗い気分にさせた。セルディオは父親から放置されて心を痛めている。なのにその言い草はどうなのだろう。
 さらに彼は息子を見て、冷ややかに言い放った。

「王太子ともあろう者が、なにを腕に抱いている。おまえは男だろう、ぬいぐるみなど持つものではない」

「……お待ちください、陛下。そのぬいぐるみはわたくしが殿下に差し上げたものですわ。殿下は何も悪くありません。あの……セルディオ殿下が寂しそうにしておられたので、思わず渡してしまったのです……」

(ああ、失敗したわ……。自分からぬいぐるみを渡したことを暴露してしまった……)

 アンジーは墓穴を掘ったことを自覚しながら頭を下げ続けた。しばらくして、国王が言いにくそうに「すまない」と呟く。

「そうか、寂しそうか……。セルディオ、贈られたものは大切にしなさい」

 そう言ってサロンから出て行った。ふと王太子を見れば、彼はとても嬉しそうな顔をしている。

「大切にしろと言うことは、捨てなくてもいいんだろう。そうだよな、アンジェローザ。やっぱりおまえがくれた物だったんだな」

「……ええ。大切になさってください」

「どうやって僕の部屋に置いたんだ? 夜中に忍び込むなんて、アンジェローザは何者なんだ?」

「秘密です。わたくしには不思議な力がありますの」

 意味深に笑ってみせると、セルディオは子供らしく目を輝かせる。

「それじゃ僕と同じだな! おまえを初めて見たときから、変だなと思ってたんだ。なんでアンジェローザは僕をあまり見ないのかと」

「はい……? だってジロジロ見たら失礼じゃありませんか」

「そうだけど、初めて僕を見るやつは大抵じいっと見てくるからな。少し気味が悪いんだ」

「そうですか……」

 どういう事だろう。セルディオには何の加護があるのだろう?
 王太子とのお茶会は楽しいまま終わり、アンジーはまたもや『隠密』を使おうと決意しながら屋敷に戻った。
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