捨てられた王女、銀の王に寵愛されて王妃を目指す

千堂みくま

文字の大きさ
26 / 31

25 不審な手紙

しおりを挟む
 王宮内にある国王の執務室。

 巨大なマホガニーの机に置かれた一枚の紙を、二人の青年が見ている。ヨシュアとティオである。アイリスはレッスンのため不在だった。二人は紙に書かれた内容について、どうするべきか話し合っているのだ。

「どうします、これ」

 ティオが眉根をよせ、胡散くさそうに言った。彼がこんな顔をするのも無理はない。
 机上の紙―――差出人不明の手紙なのだが、一見すると怪文書としか思えない内容なのだ。ヨシュアはもう一度、冒頭から目を走らせる。

『鎮魂祭にて、面白いものをご覧に入れましょう―――』

 鎮魂祭は立秋の日の夕方から始まる、銀狼が滅ぼした魔族の魂を鎮めるための行事だ。紙でできた小さな舟に、ロウソクを立てて川に流す。風除けの紙に描かれた絵がロウソクの灯りで光る様子が幻想的で、川の周辺には見物しようと大勢の人が詰め掛ける。
 二十年間廃止されていたが今年から復活させることになった。

 手紙を書いた人物はその鎮魂祭でなにかを見せたいらしい。だが勝手に見せるならともかくある場所へ来いと指定しているし、しかも二つの条件を満たすように書いている。

「この条件に合わせることは難しくない。が、目的が気になるな……」

「ええ? 手紙に書かれたとおりにしちゃうんですか? 誰が出したかも分からない手紙なのに」

 ヨシュアが呟いた言葉にティオが不服そうに返す。側近の気持ちが手に取るように分かり、ヨシュアは苦笑した。

 確かに怪しい手紙である。今朝ドアの下に挟まるこれを見つけたときには、もう少しで捨てるところだった。王都内のどの店でも売っているようなありふれた便箋に、封筒。誰かのイタズラかと思った。

 それでもヨシュアが捨てなかったのは、手紙から香るにおいに気付いたからだ。ハーブの一種であるティーツリーの清涼な香り。国内でも限られた土地でしか栽培されておらず、ある領地の特産となっている高級品だ。

 自然と二人の人物の顔が脳裏に浮かぶ。この手紙を出したのはどちらかに違いないが、目的が全く分からない。何かの罠の可能性もある。
 しかしヨシュアはすでに手紙の指示に従おうと決めていた。頭に浮かぶ人物はどちらもキナ臭いと目をつけていた連中だし、あちらから動いてくれるのなら好都合だ。そろそろ膠着状態を解消し、決着をつけたい。

「騎士団長を呼んでくれ」

「……分かりました」

 首を傾げながらティオが退室する。ヨシュアは時計をちらりと見て、時刻を確認した。もうすぐアイリスのレッスンが終わる時間だ。この計画には彼女も参加してもらおう。
 可憐な顔がきょとんとする様が目に浮かぶようだった。



 立秋の日、アイリスは馬車に乗っていた。向かい側の席にはヨシュア。そして馬車を取り囲むように、大勢の騎士を伴っている。
 鎮魂祭という行事を見に行くと聞かされたのが二週間前のことで、当日を迎えて予定通りに王宮を出たのだが、目的地はなぜか「着くまで内緒だ」の一点張りであった。

 どうせまた、何かたくらんでいるんでしょう。
 この王様との付き合いも半年を過ぎ、もう何が起ころうと大して驚かない自信がある。褒められるような自信ではないけれど。

 窓から涼しい風が入り込んでくる。馬車はすでに王都を出ており、外の景色は家並みから草原へ変わっていた。アイリスは頭の中に地図を広げて、馬車がどこへ向かっているのか考えることにした。

 鎮魂祭は川に舟を流す行事なのだから、当然川の近くに行くはずである。舟を流すのはヨトール川。この川はディマ山から始まり、三つの領地を通って海に流れ込む。
 人が集まりやすく、かつ街の中を川が通る場所となると―――。

「場所の見当はついたか?」

 向かい側に座る王様が楽しげに言う。アイリスは一瞬、分からないフリでもしようかと思った。

「……バロウズの都市レンスか、メトカーフの都市スタニークではないかと」

 ヨシュアはニッと笑い、懐から折りたたまれた紙を出してアイリスに手渡した。読めということなのだろう。もうちょっと説明があればいいのにと思いながら、アイリスは書かれた文章に目を通した。だが……。

「えっ? まさか、この手紙の場所に今から行くんですか?」

「そうだ」

 驚くアイリスとは対照的に、ヨシュアは落ち着き払っている。何かの冗談でしょうと言いたくなった。今までも色々と驚く出来事はあったけれど、こんなイタズラみたいな手紙の言うとおりにするなんて。

 目を白黒させているとヨシュアは手紙を指差し、「その香りに覚えはないか」と聞いてくる。アイリスは紙を鼻先まで近づけ、恐る恐る匂いをかいだ。爽やかな清涼感のある香りだ。どこかでかいだ覚えがある。どこだったか―――。

 ふわっと浮かび上がるように、誰かの手が見えた。アイリスの脳裏に浮かぶその誰かは、ハンカチで汗を拭いている。繊細な刺繍が施された、貴族が持つに相応しいハンカチ。そこから香りが漂ってくるのだ。

 まさか、そんな。あの人がこの手紙を書いたっていうの?

 愕然としている内に、馬車は目的地へ到着した。レディーファーストよろしく、ヨシュアが先に降りてアイリスの手を取る。促されるように馬車を降りたアイリスは、自分の予感が確信に変わるのを感じた。

 主要都市は領主の思想の影響を受けやすい。統一された白い壁と青い屋根の街並みは、風景画のように美しかった。
 流行に敏感で洗練された彼ら一族にふさわしい街―――メトカーフの都市、スタニークである。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活

しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。 新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。 二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。 ところが。 ◆市場に行けばついてくる ◆荷物は全部持ちたがる ◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる ◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる ……どう見ても、干渉しまくり。 「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」 「……君のことを、放っておけない」 距離はゆっくり縮まり、 優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。 そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。 “冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え―― 「二度と妻を侮辱するな」 守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、 いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。

図書館でうたた寝してたらいつの間にか王子と結婚することになりました

鳥花風星
恋愛
限られた人間しか入ることのできない王立図書館中枢部で司書として働く公爵令嬢ベル・シュパルツがお気に入りの場所で昼寝をしていると、目の前に見知らぬ男性がいた。 素性のわからないその男性は、たびたびベルの元を訪れてベルとたわいもない話をしていく。本を貸したりお茶を飲んだり、ありきたりな日々を何度か共に過ごしていたとある日、その男性から期間限定の婚約者になってほしいと懇願される。 とりあえず婚約を受けてはみたものの、その相手は実はこの国の第二王子、アーロンだった。 「俺は欲しいと思ったら何としてでも絶対に手に入れる人間なんだ」

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

婚約破棄歴八年、すっかり飲んだくれになった私をシスコン義弟が宰相に成り上がって迎えにきた

鳥羽ミワ
恋愛
ロゼ=ローラン、二十四歳。十六歳の頃に最初の婚約が破棄されて以来、数えるのも馬鹿馬鹿しいくらいの婚約破棄を経験している。 幸い両親であるローラン伯爵夫妻はありあまる愛情でロゼを受け入れてくれているし、お酒はおいしいけれど、このままではかわいい義弟のエドガーの婚姻に支障が出てしまうかもしれない。彼はもう二十を過ぎているのに、いまだ縁談のひとつも来ていないのだ。 焦ったロゼはどこでもいいから嫁ごうとするものの、行く先々にエドガーが現れる。 このままでは義弟が姉離れできないと強い危機感を覚えるロゼに、男として迫るエドガー。気づかないロゼ。構わず迫るエドガー。 エドガーはありとあらゆるギリギリ世間の許容範囲(の外)の方法で外堀を埋めていく。 「パーティーのパートナーは俺だけだよ。俺以外の男の手を取るなんて許さない」 「お茶会に行くんだったら、ロゼはこのドレスを着てね。古いのは全部処分しておいたから」 「アクセサリー選びは任せて。俺の瞳の色だけで綺麗に飾ってあげるし、もちろん俺のネクタイもロゼの瞳の色だよ」 ちょっと抜けてる真面目酒カス令嬢が、シスコン義弟に溺愛される話。 ※この話はカクヨム様、アルファポリス様、エブリスタ様にも掲載されています。 ※レーティングをつけるほどではないと判断しましたが、作中性的ないやがらせ、暴行の描写、ないしはそれらを想起させる描写があります。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

処理中です...