コワモテの悪役令嬢に転生した ~ざまあ回避のため、今後は奉仕の精神で生きて参ります~

千堂みくま

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2 徳をつもう

 見た目だけで嫌われてきたルシーにとって、天真爛漫なティナは目障りだったのだろう。階段から突き落としたり、ヒロインの頭上を狙って二階から鉢植えを落としたり。仕舞いには裏庭に呼び出して落とし穴にはめ、生き埋めにしようとする。

 やけに落ち系の罠が多いのはルシーの性癖ゆえなのか、その辺は不明だ。とにかく嫌がらせのたびにヒロインを取り巻く男たち――いわゆる攻略対象から嫌われ、落とし穴事件の直後にお縄につき、王太子から死罪を宣告される。

『醜い顔でひとを恐怖におとしいれ、か弱い乙女を殺そうとする極悪人め! 死んで善人に生まれ変わるがいい!』 

 とか言われて。まぁ結構、悪どいことやっちゃったから仕方ないけどさぁ。

 だいたいルシーフェルという名前もどうかと思う。ルシーフェルってほとんどルシフェルじゃない? 堕天使ですか。
 そういえばルシフェルって、地獄に落ちたあとサタンになったんだっけ。
 なるほど、だから友人は魔王って呼んでたわけか――って、納得できるか!
 
 ゲームは本当にヒロインのための世界なのだ。見た目どころか名前からして差が出ている。

「今後も私にとって厳しい状況が続くんだろうな……」

 叩きまくった絨毯の上にごろんと寝転がり、ふと前世を思い出す。彼氏に振られた直後に事故に会い、コワモテ令嬢に転生するなんて……本当に男運がない。

 私の家はごく一般的な四人家族で、父と母、私と弟で仲良く暮らしていた。社会人になってからは一人暮らしをしていたけど、仕事ひと筋だった(というよりモテないので仕事に生きるしかなかった)私に、二十ウン年にして生まれて初めて彼氏ができて。

 やった、これで私も喪女卒業よ!と喜んだのも束の間、三十路手前アラサーとなったときに「ごめん。やっぱおまえとは結婚できねーわ」とアッサリ振られた。
 あれは落ち込んだっけな。この世の終わりかと思った。

 しかし最後となったデートの帰宅中、道路に飛び出した小さな男の子を助けようとして――その後の記憶がない。男の子の代わりに、車に轢かれてしまったんだろうか?
 たくさんの人に迷惑をかけただろうな……。お父さん、お母さん、雄介……ごめんね。

「せめて今から善人になってみようかな。まだ14歳なんだし、諦めるのは早すぎるよね。誰にも迷惑をかけない子になって、今の家族を幸せにしてあげよう」

 この世界での両親も、私を心から愛してくれている。愛すがゆえに甘やかし、ルシーの横暴を見逃した結果さらに性格が極悪になったわけだが、私はまだ14歳。半年後のゲーム開始(入学)までに、いくらでも挽回のチャンスはあるはずだ。

 攻略対象なんてどうでもいい。ヒロインの周囲だけで勝手に恋愛してればいい。私の男運は尽きたみたいだし、今後は奉仕の精神で生きて参ります。

 そうと決まれば……!
 ベッドから降りた瞬間、お腹がぐう~と鳴った。時刻は夕方、今から晩餐のはずである。私は決意を胸に食堂へ向かった。


 実家の食堂とは比べようがないほど広い部屋。二十畳のリビングが二つぐらい入るかもしれない。凄いな、ガイゼル侯爵家。さすが代々国境を任されてきた、由緒正しき名家だ。

「ルシー、大丈夫かい。婚約の件で寝込んでしまったと聞いたが……」

 侯爵であるお父さまに話しかけられ、私はにこやかに返事をする。

「大丈夫です、お父さま。すっかり立ち直りました」

「おや、そうかい? いつもは回復に時間がかかるのに、ルシーも大人になったんもんだ。にしても、なぜ婚約がうまく行かないんだろうなぁ。こんなに可愛いのに……。そうだ、今度お父さまと一緒に王都に行ってみないか? 私と一緒であれば、うまく行くような気がするんだ」

 お父さまはそう言って、ムキムキの筋肉だるまのような体に殺気をみなぎらせた。眉毛のないコワモテの顔は裏社会のドンそのものだ。一般人は恐らく、目にしただけで道をゆずるだろう。

 なにを隠そう――いや、全く隠れていないが、私の赤い瞳と眉毛ナシはお父さま遺伝である。彼の頭にあるのは国境防衛と、家族を含む領民を幸せにすることのみ。ほとんどの事は筋肉で解決できると思っている、いわゆる脳筋タイプ。

「あなたったら、また顔で脅す気ですのね。いけませんよ。偽りの婚約なんてしても、ルシーは幸せになれませんわ」

 脳筋のお父さまをやんわりと叱りつける、美しいお母さま。伯爵家出身であり、立てば芍薬、座れば牡丹――という言葉を体現したかのような美女だ。もちろん、歩く姿は百合の花。

 私の姿と顔はお母さまに似たものの、なぜかピンポイントで瞳と眉毛だけお父さまから遺伝した。二人の髪は亜麻色なのに私だけ隔世遺伝で真っ黒だし、ゲーム会社の悪意をひしひしと感じる。

「あれ? セラフィスは部屋から出てないんですか?」

 私が質問すると、二人は気まずそうに視線を逸らした。
 セラフィスというのは今年6歳になる私の弟だ。

「え、ええ。ちょっと遊びに夢中になりすぎて、お部屋で片付けしてるみたいなの。時間がかかりそうだから、先に食べておきましょう」

 お母さまは苦笑しながら言うが、私には真の理由が分かっていた。
 セラフィスは私を嫌っている。何故かって、顔が怖くてすぐキレる姉だから。そりゃ確かに怖いよね、家の中にチンピラがいるようなもんだからね……。

 だがしかし、記憶を取り戻して新・ルシーとなった私には弟をほうっておけない事情があるのだ。ずっと怖い姉に怯えながら育ったセラフィスは極度の女性恐怖症となって引きこもり、私の不祥事によって王の信用を失ったガイゼル侯爵家は没落する。
 仮に私が善行を積んで処刑されなかったとしても、彼の女性恐怖症を治さないかぎり侯爵家に明るい未来はない。

「ご馳走さまでした。私、厨房へ行って参ります」

「あら、ルシーが厨房に行くなんて珍しいわね」

「とても美味しかったので、料理長にお礼を伝えたいんです」

「ルシー……! なんていい子なんだ!」

「本当に。生まれ変わったかのように、淑女になって……! お母さまはあなたを誇りに思いますよ」

 涙ぐむ両親にお辞儀をし、食堂を出て厨房へ向かう。ごめんなさい、お礼というのは嘘です。食事は美味しかったけど、目的は別にあるので。
 厨房へ入ると、使用人たちが「ひいっ」と小さく叫んで左右にざざっと別れた。まるで極道の世界。でも私、組長でも極妻でもないんだけど。

「お、お嬢さま。どのようなご用件で?」

「忙しいところごめんなさい。かまどと鍋を使ってもいいかしら? あと、お砂糖も」

「はっ、はい! すぐに用意いたします!」

 私よりもずっと年上の料理長が怯えている。手が震えすぎて、口元に生えたヒゲまで揺れるほどだ。思うに、私が怖がられてるのはお父さまの影響もあるような気がするんだよね。筋骨隆々のコワモテ軍人の娘だから、使用人たちも我慢するしかなかったのだろう。

「あの~、今まで理不尽に暴れてごめんなさいね。今度から怒らないように頑張るから」

「へっ? は、はい……?」

 料理長は首をかしげながら私から離れた。半径3mの距離感で使用人たちが私をじっと見守っているが、時おり「どうなさったんだ」だの「別人みたいだ」だの聞こえてくる。

 ふふ、私は生まれ変わったのよ。今の私は魔王ではなく、生ける者すべてに対して奉仕する――そう、目指すは菩薩ぼさつ。体から後光が溢れるまで、世のため人のために尽くす所存です。

 ……何だっけ。
 そうだ、私は弟にあげるオヤツを作りにきたのよ。
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