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3 ああ弟よ
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平べったい鍋に砂糖と水を混ぜたものを流し込み、火にかける。キツネ色に変わったら火から鍋をおろして、冷たいお皿に中身を出す。ひと口大になるよう、何個かに分けるのがポイントだ。冷えて固まったらフライ返しなどで突ついて皿からはがす。
「……できた……」
にぃっと微笑むと、周囲からひっと息を飲む気配が伝わってきた。笑い方がヤバかったらしい。笑顔の練習した方がいいかも。
「お、お嬢さま。それは……?」
勇気を振りしぼった様子の料理長が質問してきた。
よくぞ訊いてくれたわ。
「これはね、べっこう飴よ。庶民のソウルフードであり、貧乏だった我が家の味方で――ごふっ! げふん!」
「大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫よ。変なことを思い出しただけだから。まぁとにかく、素朴な味わいが楽しめるお菓子なの。私が必要なのは二個ぐらいだし、残りは皆で食べてみてね」
「ほほお、初めて見ました! これがソウルフード……!」
厨房にいた使用人たちは一つずつとって口に入れ、「染みるわぁ」的な顔をしている。侯爵家では普段から豪勢な食事ばかりなので、べっこう飴はむしろ貴重なのだ。素朴でじぃんと染みるような味わいは、彼らにとって新鮮だろう。
予想どおりの好感触に勢いづいた私は、飴をふたつ皿にのせて弟の部屋を訪ねることにした。
が、その前に。
「エマ! エマ、来てちょうだい!」
「はぁい、ただ今!」
侍女のエマを呼ぶと、背後にしゅたっと降り立つ気配がした。まるで忍びのような動きだが、いつも非常識な呼び出しを受けていたエマからするとこれが当たり前である。ブラック企業もまっ青な勤務体制だ。本当に可哀相。
「エマ、さっきは色々投げちゃってごめんね。怪我しなかった?」
「!? っは!? はい! だい、じょぶです!?」
質問を受けているのに、疑問符で答えを返してきた。かなり動揺しているようだ。気の毒なので、あまり追い詰めないようにしてあげよう。
「実はセラフィスの部屋に行こうと思うんだけど、私ひとりで行ってもドアを開けてくれないような気がするの。エマが取り次ぎしてくれない?」
「あっ、そういう事ですか。分かりました、参りましょう」
セラフィスの部屋につくと、弟の侍従がドアをほそ~く開けた。セラフィスはまだ6歳だが、侍女ではなく侍従(男)が傍仕えである。弟の女嫌いはすでに始まっているのだ。
侍従は私の顔を見るなり怯えてドアを閉めようとしたが、エマがすかさず足をガッ!と突っ込む。すごいわ、エマ。悪質な訪問販売みたいだわよ。
「今まで意地悪してごめんなさい。私、セラフィスと仲良くしたいの。お菓子を作って持ってきたから、せめてこれだけでも手渡してもらえないかしら……」
しおらしい態度でエマの後ろから侍従に声をかけると、彼はおどおどしながらドアを開けた。よっしゃ。訪問販売開始である。
しかしいきなりお宅の中にずかずかと入りこんだりはしない。まずは玄関――ドア前からご機嫌伺いだ。
「セラフィス……セラ。おいで、飴を持ってきたわよ。美味しいわよ~」
セラフィスは窓際に置かれたソファに座って本を読んでいたようだが、姉の顔を見てビクゥ!と体を震わせた。反応がヤバイ。引きつけを起こしたりしませんように、と祈りながらさらに声をかける。
「セラ、何もしないからおいで。怖くないよ~」
お菓子あげるから、おじちゃんとおいで。大丈夫、なぁんにもしないから。
やってる事は完全に誘拐犯である。
セラフィスはお母さまの顔を忠実に再現した美少年なので、尚のこと自分が惨めな気がしてきた。ゲーム会社め、私になんの恨みがあるんだ。
「お嬢さま、セラフィス様が……!」
エマの声でふと我に返ると、可愛い弟が目の前までおずおずと歩いて来てるではないか。どうやら妙なお菓子につられたらしいが、今がチャンス!
私はべっこう飴をのせた皿を彼の目線まで下げ、よく見えるようにしてあげた。
「これはべっこう飴っていうお菓子よ。甘くて美味しいの。セラも食べてみて?」
「べっこうあめ……」
6歳児が小さな手で飴をとり、口に入れる。うっわ可愛い。なにこの生き物、無性に母性をくすぐられる! 前世の私にも弟がいたけど、美少年の可愛さは格別だ。思わず笑みがこぼれる。
「お、おいしいかい?」
にやぁり。
「うっ、うわあああん! こわいよお!」
「あっ、セラ……」
私の微笑みを見たセラフィスは青ざめ、皿を持って部屋に入ってしまった。弟の侍従が慌ててドアを閉め、私とエマは廊下にぽつーん状態。
何でや、何があかんかったんや。エセ関西弁が出てしまうぐらいショックだ。
「駄目でしたね……」
「うん……」
敗因はすでに分かりきっている。
とりあえず、何でもいいから眉毛をかこう。
「……できた……」
にぃっと微笑むと、周囲からひっと息を飲む気配が伝わってきた。笑い方がヤバかったらしい。笑顔の練習した方がいいかも。
「お、お嬢さま。それは……?」
勇気を振りしぼった様子の料理長が質問してきた。
よくぞ訊いてくれたわ。
「これはね、べっこう飴よ。庶民のソウルフードであり、貧乏だった我が家の味方で――ごふっ! げふん!」
「大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫よ。変なことを思い出しただけだから。まぁとにかく、素朴な味わいが楽しめるお菓子なの。私が必要なのは二個ぐらいだし、残りは皆で食べてみてね」
「ほほお、初めて見ました! これがソウルフード……!」
厨房にいた使用人たちは一つずつとって口に入れ、「染みるわぁ」的な顔をしている。侯爵家では普段から豪勢な食事ばかりなので、べっこう飴はむしろ貴重なのだ。素朴でじぃんと染みるような味わいは、彼らにとって新鮮だろう。
予想どおりの好感触に勢いづいた私は、飴をふたつ皿にのせて弟の部屋を訪ねることにした。
が、その前に。
「エマ! エマ、来てちょうだい!」
「はぁい、ただ今!」
侍女のエマを呼ぶと、背後にしゅたっと降り立つ気配がした。まるで忍びのような動きだが、いつも非常識な呼び出しを受けていたエマからするとこれが当たり前である。ブラック企業もまっ青な勤務体制だ。本当に可哀相。
「エマ、さっきは色々投げちゃってごめんね。怪我しなかった?」
「!? っは!? はい! だい、じょぶです!?」
質問を受けているのに、疑問符で答えを返してきた。かなり動揺しているようだ。気の毒なので、あまり追い詰めないようにしてあげよう。
「実はセラフィスの部屋に行こうと思うんだけど、私ひとりで行ってもドアを開けてくれないような気がするの。エマが取り次ぎしてくれない?」
「あっ、そういう事ですか。分かりました、参りましょう」
セラフィスの部屋につくと、弟の侍従がドアをほそ~く開けた。セラフィスはまだ6歳だが、侍女ではなく侍従(男)が傍仕えである。弟の女嫌いはすでに始まっているのだ。
侍従は私の顔を見るなり怯えてドアを閉めようとしたが、エマがすかさず足をガッ!と突っ込む。すごいわ、エマ。悪質な訪問販売みたいだわよ。
「今まで意地悪してごめんなさい。私、セラフィスと仲良くしたいの。お菓子を作って持ってきたから、せめてこれだけでも手渡してもらえないかしら……」
しおらしい態度でエマの後ろから侍従に声をかけると、彼はおどおどしながらドアを開けた。よっしゃ。訪問販売開始である。
しかしいきなりお宅の中にずかずかと入りこんだりはしない。まずは玄関――ドア前からご機嫌伺いだ。
「セラフィス……セラ。おいで、飴を持ってきたわよ。美味しいわよ~」
セラフィスは窓際に置かれたソファに座って本を読んでいたようだが、姉の顔を見てビクゥ!と体を震わせた。反応がヤバイ。引きつけを起こしたりしませんように、と祈りながらさらに声をかける。
「セラ、何もしないからおいで。怖くないよ~」
お菓子あげるから、おじちゃんとおいで。大丈夫、なぁんにもしないから。
やってる事は完全に誘拐犯である。
セラフィスはお母さまの顔を忠実に再現した美少年なので、尚のこと自分が惨めな気がしてきた。ゲーム会社め、私になんの恨みがあるんだ。
「お嬢さま、セラフィス様が……!」
エマの声でふと我に返ると、可愛い弟が目の前までおずおずと歩いて来てるではないか。どうやら妙なお菓子につられたらしいが、今がチャンス!
私はべっこう飴をのせた皿を彼の目線まで下げ、よく見えるようにしてあげた。
「これはべっこう飴っていうお菓子よ。甘くて美味しいの。セラも食べてみて?」
「べっこうあめ……」
6歳児が小さな手で飴をとり、口に入れる。うっわ可愛い。なにこの生き物、無性に母性をくすぐられる! 前世の私にも弟がいたけど、美少年の可愛さは格別だ。思わず笑みがこぼれる。
「お、おいしいかい?」
にやぁり。
「うっ、うわあああん! こわいよお!」
「あっ、セラ……」
私の微笑みを見たセラフィスは青ざめ、皿を持って部屋に入ってしまった。弟の侍従が慌ててドアを閉め、私とエマは廊下にぽつーん状態。
何でや、何があかんかったんや。エセ関西弁が出てしまうぐらいショックだ。
「駄目でしたね……」
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