コワモテの悪役令嬢に転生した ~ざまあ回避のため、今後は奉仕の精神で生きて参ります~

千堂みくま

文字の大きさ
4 / 51

4 眉毛問題

しおりを挟む
 自分の部屋に戻ってきた私は、眉毛を書けそうな道具を集めた。インクつきのペン、デッサン用の木炭、細い線が書ける鉛筆。

「眉毛となるとこんな所でしょうか。使えそうな物、ありますか?」

「ありがとう、エマ。とりあえず一つずつ試してみるわ」

 最初はペンだ。インクが濃いだけに期待値が高まる。私は鏡を見ながら恐るおそるペンを眉毛――とおぼしき産毛にのせ、線を書いた。が、インクがじわっとにじみ、予想外のぶっとい眉毛になってしまう。

「うわ、太っ」

「えっ?」

 私の顔をみたエマは「ぶっ」と言って素早く口元を隠し、ぶるぶると体を震わせた。
 笑いたいのに我慢してくれてんのね。

「や、でも愛嬌はありますよ! 少なくとも怖さは全く感じません!」

「確かに笑いを誘う顔にはなったけどね。私、女芸人を目指してるわけじゃないからなぁ……」

 前世の日本では笑いを取るために、面白おかしいメイクをしてる芸人がいたっけ。お笑い芸人としては正しい眉毛だと思うけど、侯爵令嬢として大切なものを捨ててる気がする。これはいかん。

 エマが用意してくれた水で洗顔し、次の道具を試すことにした。デッサン用の木炭だ。にじむのが怖いので、眉頭のあたりから慎重に木炭を動かした、のだが。

「今度は麿まろになったわ」

「マロが何かは存じ上げませんが、この眉毛も愛嬌があっていいですね。なんかこう、高貴な感じが漂ってます」

 エマがなかなか鋭い意見をいうが、私的にこの眉毛も却下だ。麿は確かに平安時代のやんごとなき貴族である。でも私が転生した『ティナ恋』の世界は中世のヨーロッパがモデル。世界観を無視しすぎだろう。
 顔を洗って、最後の鉛筆を試す。

「いだ、いだだだ。痛いわぁ……。あ、鉛筆が一番いいかも」

「そうですね、いちばん自然な感じがします。まるで本物の眉毛みたいですよ」

 書くときは痛かったものの、鉛筆眉の自然さにうっとりする。
 これはいい。自分が美少女に見えてきた。

「お嬢さま、とてもお美しいです! 眉毛があると奥さまにそっくりで……!」

「そうね。自分でもお母さまに瓜二つだと思うわ。眉毛があるだけで、こんなに印象が変わるんだ……」

 急に世界が明るくなったように感じ、私は椅子から立ち上がって窓を開けた。初夏の爽やかな風が頬をなでる。私は今、第二の人生を歩み始めたのだ。輝かしい第二の人生を!

 ふと後ろを振り返ると、風でエマの眉毛が揺れている。
 いくらなんでも伸ばしすぎではなかろうか。

「ねえ、エマ。眉毛のお手入れしたほうがいいんじゃない? ちょっと伸びすぎだと思うんだけど」

「あたし眉毛をいじるの苦手なんですよ。いつも切りすぎて変な眉になって、恋人に馬鹿にされちゃうし」

 ――恋人だと……!

 私は驚愕に目を見張り、しばし硬直した。落ち着くのよ、ルシー。ねたみたい気持ちも分かるけど、私は菩薩になると決めたんだから……!

「お、お付き合いしてる方がいたのね。じゃあ、私に眉を整えさせてくれない?」

「えっ、お嬢さまに? そうですね……お願いしてもいいですか?」

 エマはそう言って私にハサミを手渡した。しかし顔の手入れ用ではなく、普通のハサミだ。大きいし先が鋭利になっているので、少し危険かもしれない。

「普通のハサミじゃなくて、お顔を手入れするハサミってないの? もっと小さくて先が丸まってるタイプの」

「先が丸いハサミなんてあるんですか? あたしは見たことないですけど」

「ない……ですって? じゃ、じゃあ、お鼻の毛が伸びたときにはどうするのよ。先が尖ってるハサミだったら痛いじゃない?」

 この世界には毛抜きやカミソリはあるが、その二つだけでは不便なはずだ。疑問に思う私の前で、エマは悲しげに「ふふ……」と笑った。なにその顔。

「鼻の毛を切る時は、もれなく出血します。鼻毛きりと鼻血は切り離せない関係なのです……そう、ハサミの刃のように」

「そんな関係いるかぁ! 誰もいらんわ!」

「あっ、すごい。眉毛があるだけで、怒っても全然こわくないですよ」

「ほんとに!? やった、嬉しい!」

 何てことだ、眉毛にそんな力があるなんて。もしかすると、眉毛を書くことによって私のステータス値に変化が出たのかもしれない。恐怖値とか殺気が減るとか。
 ――って、今はんな事どうでもいい!

「由々しき事態だわ、お顔の手入れで出血するなんて……! よし、決めた」

「なにをですか?」

「この世界に、顔のお手いれハサミを普及させてみせる! 人助けこそ私の使命だからね……!」

 悪役令嬢の道を捨てた今、私に出来ることは前世で得た知識や経験を活かすことだけだ。喪女でも顔の手入れだけは人並みにやっていたし、『ティナ恋』の世界にお手入れハサミを流通させてやる。

「とりあえず先に、エマの眉毛だけ整えましょうか」

 私はエマを椅子に座らせ、眉毛を整えた。コームで丁寧にとかしてから少しずつ切り、日本にいたころ最も一般的とされていた眉毛にしてあげる。

「う~ん、やっぱり眉用のコームもあった方がいいわね。髪用のだと目が粗いから、眉毛には向かないわ」

「眉毛用のくしなんてあるんですか? お嬢さま、詳しいですね」

「ま、まあね。ずっと眉毛で悩んで来たから……それより、明日から忙しくなるわよ。やること目白押しだからね!」

 私はエマを下がらせ、窓際に置かれた机に向かった。紙を一枚とりだしてペンを走らせる。ここからは記憶との勝負だ。どれだけ詳細に思い出せるか、出来るかぎりやってみよう。
 寝る時間になるまで、ひたすら記憶を掘り出す作業に没頭した。
しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした

ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!? 容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。 「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」 ところが。 ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。 無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!? でも、よく考えたら―― 私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに) お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。 これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。 じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――! 本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。 アイデア提供者:ゆう(YuFidi) URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

悪役令嬢に成り代わったのに、すでに詰みってどういうことですか!?

ぽんぽこ狸
恋愛
 仕事帰りのある日、居眠り運転をしていたトラックにはねられて死んでしまった主人公。次に目を覚ますとなにやら暗くジメジメした場所で、自分に仕えているというヴィンスという男の子と二人きり。  彼から話を聞いているうちに、なぜかその話に既視感を覚えて、確認すると昔読んだことのある児童向けの小説『ララの魔法書!』の世界だった。  その中でも悪役令嬢である、クラリスにどうやら成り代わってしまったらしい。  混乱しつつも話をきていくとすでに原作はクラリスが幽閉されることによって終結しているようで愕然としているさなか、クラリスを見限り原作の主人公であるララとくっついた王子ローレンスが、訪ねてきて━━━━?!    原作のさらに奥深くで動いていた思惑、魔法玉(まほうぎょく)の謎、そして原作の男主人公だった完璧な王子様の本性。そのどれもに翻弄されながら、なんとか生きる一手を見出す、学園ファンタジー!  ローレンスの性格が割とやばめですが、それ以外にもダークな要素強めな主人公と恋愛?をする、キャラが二人ほど、登場します。世界観が殺伐としているので重い描写も多いです。読者さまが色々な意味でドキドキしてくれるような作品を目指して頑張りますので、よろしくお願いいたします。  完結しました!最後の一章分は遂行していた分がたまっていたのと、話が込み合っているので一気に二十万文字ぐらい上げました。きちんと納得できる結末にできたと思います。ありがとうございました。

王女殿下のモラトリアム

あとさん♪
恋愛
「君は彼の気持ちを弄んで、どういうつもりなんだ?!この悪女が!」 突然、怒鳴られたの。 見知らぬ男子生徒から。 それが余りにも突然で反応できなかったの。 この方、まさかと思うけど、わたくしに言ってるの? わたくし、アンネローゼ・フォン・ローリンゲン。花も恥じらう16歳。この国の王女よ。 先日、学園内で突然無礼者に絡まれたの。 お義姉様が仰るに、学園には色んな人が来るから、何が起こるか分からないんですって! 婚約者も居ない、この先どうなるのか未定の王女などつまらないと思っていたけれど、それ以来、俄然楽しみが増したわ♪ お義姉様が仰るにはピンクブロンドのライバルが現れるそうなのだけど。 え? 違うの? ライバルって縦ロールなの? 世間というものは、なかなか複雑で一筋縄ではいかない物なのですね。 わたくしの婚約者も学園で捕まえる事が出来るかしら? この話は、自分は平凡な人間だと思っている王女が、自分のしたい事や好きな人を見つける迄のお話。 ※設定はゆるんゆるん ※ざまぁは無いけど、水戸○門的なモノはある。 ※明るいラブコメが書きたくて。 ※シャティエル王国シリーズ3作目! ※過去拙作『相互理解は難しい(略)』の12年後、 『王宮勤めにも色々ありまして』の10年後の話になります。 上記未読でも話は分かるとは思いますが、お読みいただくともっと面白いかも。 ※ちょいちょい修正が入ると思います。誤字撲滅! ※小説家になろうにも投稿しました。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。

三歩ミチ
恋愛
*本編は完結しました*  公爵令嬢のキャサリンは、婚約者であるベイル王子から、婚約破棄を言い渡された。その瞬間、「この世界はゲームだ」という認識が流れ込んでくる。そして私は「悪役」らしい。ところがどう考えても悪役らしいことはしていないし、そんなことができる器じゃない。  どうやら破滅は回避したし、ゲームのストーリーも終わっちゃったようだから、あとはまわりのみんなを幸せにしたい!……そこへ攻略対象達や、不遇なヒロインも絡んでくる始末。博愛主義の「悪役令嬢」が奮闘します。 ※小説家になろう様で連載しています。バックアップを兼ねて、こちらでも投稿しています。 ※以前打ち切ったものを、初めから改稿し、完結させました。73以降、展開が大きく変わっています。

処理中です...