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お父さまお抱えの工房は、侯爵の城から馬車で10分ほどだ。ガイゼルはとにかく広く、主要都市イーゼルといくつかの町や村に分かれている。町や村は他の伯爵や子爵が治めていて、お父さまはイーゼルの中心部に城を構えているのだった。
イーゼルは侯爵の城を囲むようにお店や工房、町民たちの家が広がる。城下町という言葉が相応しい雰囲気だ。
馬車は工房の横にとめさせてもらい、店側のドアを開ける。ドアに付けられたベルがカランカランと音を立て、室内から金属の匂いが漂ってきた。棚も壁も見事に金属製品ばかりだ。軍人用の工房だけあって、ほとんど剣と盾である。
「いらっしゃい。久しぶりだなぁ、お嬢」
お父さまに負けず劣らずといった感じの筋肉おじさんが出てきた。工房の親方だ。私が子供のころから可愛がってくれた貴重な人物で、眉ナシの状態でも怯えないスキルの持ち主である。多分、千人に一人いるかいないかの希少スキルだろう。
親方は私の顔を見るなりぱかっと口を開け、次にガハハッと笑い出した。
「なんだぁ、急にべっぴんさんになっちまって! 眉毛があるだけですげぇ変化だなぁ。で、今日は何の用なんだい?」
「ご機嫌よう、親方。まずは、この絵を見てほしいの」
私は手に持った数枚のデッサン画を親方に見せた。少し不安だ。いつも剣や盾ばかり作っている工房の人たちには、ちまちましたハサミは作りにくいかもしれない。
絵をみた親方は興味深そうにし、ふと首をかしげた。
「面白ぇハサミだな、初めて見た。小さいし、先が丸いし……こいつは何を切る道具なんだい?」
「眉毛と鼻毛よ」
「…………なんだって?」
「まゆげ、と、はなげ、よ!」
しーん。
急に静かになったせいか、私の声がエコーのように部屋に響いた。はなげよ、よ、よ……。
ああ、空気が重い。先に動いた方がやられる!――と思ってしまいそうな雰囲気だ。頼むから誰か喋ってほしいんですけど!
「がっははは、面白ぇ! そんなモンを作れって頼まれたのは初めてだぜ! よっしゃ、オレに任せときな。このちっせぇ櫛もまとめて作ってやるよ!」
「ほっ、本当!? ありがとう、親方!」
親方のでかい声にビビリつつ、安堵のため息がでた。はー、良かったぁ。なんだコリャって言われたらどうしようかと思った。
工房を出て馬車で城へ戻ると、おつきの騎士が「ではこれで」と言ってどこかへ行ってしまった。プロは時間外労働はしないようだ。仕事の流儀だろうか。でもこれから着がえる予定だったし、ちょうど良かったかも。
自分の部屋で汗だらけのドレスを脱ぎ、エマが用意してくれた布巾で体を拭く。冷たくて気持ちがいい。ひと心地ついたあと新しい服――ちょっと楽そうなワンピースを着て、ソファで冷たいお茶を頂く。
夏といえば麦茶!……と言いたいところだが、ハーブティだ。酸っぱい味なので砂糖を入れようとしたとき、部屋のドアがノックされた。エマがすかさず取り次ぎに向かう。
「あれ、どうしたの? 持ち場を離れて大丈夫?」
「なぁに、エマ。誰?」
「メイドのケリーです。どうもお嬢さまに用があるみたいで……」
「いいわ。通してちょうだい」
エマがドアを大きく開くと、確かにケリーだった。おどおどした様子で部屋に入ってきたが、眉毛ありの私を見て硬直し、「奥さま……!」とつぶやく。そうでしょ、眉ありの私ってばお母さまにそっくりでしょ。
「どうしたの、ケリー。洗濯場で何か困ったことでもあった?」
「えっ! わ、わたしがどこで働いてるか、ご存知なんですか!?」
「ふふ、勿論よ。いつもシーツを綺麗にしてくれてありがとう。感謝してるわ」
「お嬢さま……!」
ケリーは感動した様子で声をふるわせ涙ぐんだ。昨日から頑張って使用人たちの顔と名前を一致させた甲斐があった。今の調子で徳を積もう。
「あ、あの……。実はわたし、エマの眉毛をみて羨ましくて。それでどうしたのか訊いたら、お嬢さまに整えてもらったと言うので……」
「ああ、なるほどね。ケリーも眉毛を何とかしたいのね? 任せといて。エマ、用意をお願い」
「はい!」
椅子にケリーを座らせ、昨日と同じ要領で眉毛を整えてあげる。
エマの眉毛はすでに有名になりつつあるらしい。これはひと儲けできそうだわ!――って、アカン。私は金儲けのためじゃなく、世のため人のために善行を積むんだから。雑念も煩悩も消さなければ……!
「できたわ。どう?」
「わぁっ、すっごく素敵になりました! これで彼も喜んでくれる……。お嬢さま、ありがとうございました!」
「べ、別にこれぐらい、いいわよ。オホホ」
くっ、どいつもこいつも彼氏持ちかい。
私って本当にこの世界に嫌われてんのね。
「お嬢さま。ケリーも仕事に戻ったようですし、昼食にしましょう」
「え? あ、そうね」
いつの間にかケリーは消えていた。今ごろルンルン気分で彼氏のことを考えながら仕事をしてるんだろう。うう、羨ましい。徳を積めば煩悩を消せるだろうか。まだまだ道のりは遠そうだ。
イーゼルは侯爵の城を囲むようにお店や工房、町民たちの家が広がる。城下町という言葉が相応しい雰囲気だ。
馬車は工房の横にとめさせてもらい、店側のドアを開ける。ドアに付けられたベルがカランカランと音を立て、室内から金属の匂いが漂ってきた。棚も壁も見事に金属製品ばかりだ。軍人用の工房だけあって、ほとんど剣と盾である。
「いらっしゃい。久しぶりだなぁ、お嬢」
お父さまに負けず劣らずといった感じの筋肉おじさんが出てきた。工房の親方だ。私が子供のころから可愛がってくれた貴重な人物で、眉ナシの状態でも怯えないスキルの持ち主である。多分、千人に一人いるかいないかの希少スキルだろう。
親方は私の顔を見るなりぱかっと口を開け、次にガハハッと笑い出した。
「なんだぁ、急にべっぴんさんになっちまって! 眉毛があるだけですげぇ変化だなぁ。で、今日は何の用なんだい?」
「ご機嫌よう、親方。まずは、この絵を見てほしいの」
私は手に持った数枚のデッサン画を親方に見せた。少し不安だ。いつも剣や盾ばかり作っている工房の人たちには、ちまちましたハサミは作りにくいかもしれない。
絵をみた親方は興味深そうにし、ふと首をかしげた。
「面白ぇハサミだな、初めて見た。小さいし、先が丸いし……こいつは何を切る道具なんだい?」
「眉毛と鼻毛よ」
「…………なんだって?」
「まゆげ、と、はなげ、よ!」
しーん。
急に静かになったせいか、私の声がエコーのように部屋に響いた。はなげよ、よ、よ……。
ああ、空気が重い。先に動いた方がやられる!――と思ってしまいそうな雰囲気だ。頼むから誰か喋ってほしいんですけど!
「がっははは、面白ぇ! そんなモンを作れって頼まれたのは初めてだぜ! よっしゃ、オレに任せときな。このちっせぇ櫛もまとめて作ってやるよ!」
「ほっ、本当!? ありがとう、親方!」
親方のでかい声にビビリつつ、安堵のため息がでた。はー、良かったぁ。なんだコリャって言われたらどうしようかと思った。
工房を出て馬車で城へ戻ると、おつきの騎士が「ではこれで」と言ってどこかへ行ってしまった。プロは時間外労働はしないようだ。仕事の流儀だろうか。でもこれから着がえる予定だったし、ちょうど良かったかも。
自分の部屋で汗だらけのドレスを脱ぎ、エマが用意してくれた布巾で体を拭く。冷たくて気持ちがいい。ひと心地ついたあと新しい服――ちょっと楽そうなワンピースを着て、ソファで冷たいお茶を頂く。
夏といえば麦茶!……と言いたいところだが、ハーブティだ。酸っぱい味なので砂糖を入れようとしたとき、部屋のドアがノックされた。エマがすかさず取り次ぎに向かう。
「あれ、どうしたの? 持ち場を離れて大丈夫?」
「なぁに、エマ。誰?」
「メイドのケリーです。どうもお嬢さまに用があるみたいで……」
「いいわ。通してちょうだい」
エマがドアを大きく開くと、確かにケリーだった。おどおどした様子で部屋に入ってきたが、眉毛ありの私を見て硬直し、「奥さま……!」とつぶやく。そうでしょ、眉ありの私ってばお母さまにそっくりでしょ。
「どうしたの、ケリー。洗濯場で何か困ったことでもあった?」
「えっ! わ、わたしがどこで働いてるか、ご存知なんですか!?」
「ふふ、勿論よ。いつもシーツを綺麗にしてくれてありがとう。感謝してるわ」
「お嬢さま……!」
ケリーは感動した様子で声をふるわせ涙ぐんだ。昨日から頑張って使用人たちの顔と名前を一致させた甲斐があった。今の調子で徳を積もう。
「あ、あの……。実はわたし、エマの眉毛をみて羨ましくて。それでどうしたのか訊いたら、お嬢さまに整えてもらったと言うので……」
「ああ、なるほどね。ケリーも眉毛を何とかしたいのね? 任せといて。エマ、用意をお願い」
「はい!」
椅子にケリーを座らせ、昨日と同じ要領で眉毛を整えてあげる。
エマの眉毛はすでに有名になりつつあるらしい。これはひと儲けできそうだわ!――って、アカン。私は金儲けのためじゃなく、世のため人のために善行を積むんだから。雑念も煩悩も消さなければ……!
「できたわ。どう?」
「わぁっ、すっごく素敵になりました! これで彼も喜んでくれる……。お嬢さま、ありがとうございました!」
「べ、別にこれぐらい、いいわよ。オホホ」
くっ、どいつもこいつも彼氏持ちかい。
私って本当にこの世界に嫌われてんのね。
「お嬢さま。ケリーも仕事に戻ったようですし、昼食にしましょう」
「え? あ、そうね」
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