コワモテの悪役令嬢に転生した ~ざまあ回避のため、今後は奉仕の精神で生きて参ります~

千堂みくま

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9 思いがけぬ出会い

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 机の上に、木炭と粘土、蜜蝋、松脂まつやに。そして数種類の植物性油脂と、着色料。

「ではこれから、アイブロウ作りを開始します」

「お嬢さま、こちらがレシピです」

「ありがとう」

 めでたくセラとの絆を得た私は、本格的にアイブロウ作りに乗り出していた。ゲーム開始まで半年をきった今、のんびりしていられない。
 王立ディオン学園は王都にあり、ガイゼルから馬車で三日もかかる。当然ながら通うのは無理なので、私は女子寮に入ることになるだろう。一人でも自分の眉毛を守れるようにしておかねばならない。

「ペンの状態に加工するのは難しいでしょうね。となると、固形にして筆で眉毛を書くのがいいかもしれないわ」

 なぜか『ティナ恋』の世界には化粧道具がほとんどない。あるのは白粉おしろいと口紅ぐらいで、アイブロウや眉ペンシルなんてものは一切ないのだ。眉毛なしには厳しい世界である。

 私は小皿に木炭だの粘土だの、溶かした蜜蝋だのを混ぜながら、何度もちょうどいい濃度と書きやすい硬さを試した。松脂は硬すぎて駄目だな。蜜蝋のほうがいいかもしれない。
 やがて――。

「で、出来たぁ……! この色、硬さ! 私専用のアイブロウよ!」

「おめでとうございます、お嬢さま!」

 出来上がったアイブロウは私の髪に合わせた漆黒で、まさにルシーフェル専用である。試しに細い筆で眉毛を書き、おでこから水を垂らしたけど眉毛が消えることはない。完璧だ。ウォータープルーフだ。
 嬉しくてブルブルしていると、エマが大きな箱を持ってきた。

「お嬢さま、工房から商品が届きました」

「えっ、もう? 親方ってば仕事が早いわね」

 頼んでから一週間ぐらいしか経ってないのに。ハサミってそんなに簡単に作れるものなのかな?
 何はともあれ工房から届いた箱を開けると、頼んだ通りのお手入れハサミと眉用コーム、そして眉毛専用ハサミが入っている。

「あれ? 先が尖った小さなハサミも頼んだんですか?」

「ええ、これは眉毛専用のハサミよ。細かい調整が可能だから、こだわるタイプの人はこっちがいいかもね。エマ、ちょっと試させてくれる?」

「はい、どうぞ!」

 慣れたもので、エマはすかさず椅子に座った。私は眉用コームを使いながら、専用ハサミを使ってはみ出た眉毛を切る。うむ、切れ味やよし! 親方はいい仕事をするものだ。

「完璧だわね。どう?」

「おお~……。眉毛の濃さが一定になりました。確かに眉毛用のコームを使った方がいいですね」

「でしょ。さて、商品も出来上がったし、次の段階に進みましょう」

 私は机に向かい、数枚の便箋を取り出した。
 狙うべき顧客はすでに決まっている。

「何日がいいかな……。この世界って梅雨がないのよね」

「ツユ? よく分かりませんが、来月なら中庭の紫陽花が見ごろですよ」

「そうね、来月――6月にしましょうか」

 日にちを決め、さらさらとペンを走らせる。侯爵令嬢たる私の誘いなら、彼女たちはきっと来てくれるだろう。脅すみたいで申し訳ないけど、今回だけは必ず来てほしい。

「書けたわ。エマ、手紙を出しておいてくれる?」

「はい、畏まりました」

 今のところとても順調だ。使用人たちは私をしたって眉毛を任せてくれるし、セラも「姉上ブランコのろ~」と誘ってくれるし。
 ある一つの問題を除いては。



 翌日の早朝、私はバルコニーからロープを垂らして自室から脱走した。別に逃げているわけではない。ジョギングをするためである。
 侯爵令嬢ともなると自由に運動も出来ず、体がなまってきたのだ。加えて料理長がべっこう飴から何がしかのインスピレーションを得たのか、デザートが増え――つまり、太ってしまった。

 同じものを食べているのに、お父さまとお母さまに変化がないのは何故だろう。理不尽だ!と思いつつ、今はとにかく痩せるしかない。せっかく眉毛の悩みから解放されたのに、太った体で学園に入学するのは嫌だ。

 しかしお父さまに運動したいと頼んでも、「ルシーは完璧だ! どこに痩せる必要が!?」といわれるのは分かっているので、こっそり脱出したのだった。

「ぜぇ、はぁ……。あ~しんど。アラサーの頃だって、運動量が少なかったのに……」

 城下町の端にある森に入り、少し休憩することにした。ちなみに現在、眉毛は書いていない。侯爵令嬢だとバレるのはまずいため、頭にほっかむりを被っているからだ。眉毛どころか、目と鼻しか出ていない。コソ泥スタイルである。

「はぁ~、早朝の森の空気はおいしいなあ」

 深呼吸しながら森の道を歩いていると、早朝なのに前方から少年がやってくる。ジョギング仲間かなと思ったが、どうも違うようだ。高身長だし頭は小さいし。八頭身ぐらいありそうな、抜群のプロポーション。奴にジョギングは必要あるまい。

 近づくにつれ、少年の顔もよく見えるようになった。キラッキラの蜂蜜ハニーブロンドに、サファイアのような青い瞳。作り物みたいに綺麗な顔だ。

 なんだこいつは、本当に人間か?
 いや待て、あの顔は……!!

「そこの人、道を教えてくれないだろうか」

「へっ、へえ!? あっしに何の御用で? あっしは通りすがりの、ただの岡持ちで……!」

「……オカモチ? 何のことか分からないけど、僕はガイゼル侯爵の工房を訪ねたいんだ。道を知らないか?」

「ああ、工房ならこの道を抜けて城下町に入り、花屋の角を左、本屋の角を右、突き当たったら斜め右に曲がって……」

「思ったよりもややこしいな……。僕に同行して、道案内をしてほしい。ちゃんと礼はするから」

「とんでもございません! あっしのような卑しい身分の者が、殿下とご一緒するなんて……!」

「…………さっきから不思議なんだけど、なぜ女性なのに変な話し方をするんだ? そして――なぜ僕が王子だと知っている?」

「おっといけねぇ、仕事の時間だ! すいやせん、あっしはこれで!!」

「あっ、待ってくれ。もう少し話を――」

 待ってられるか!
 ゲーム開始まえに攻略対象に関わったら、私の人生が変わるかもしれないのに!

 私は猛ダッシュで王太子のそばを離れ、屋敷に戻った。限界以上の力を出したせいか足がふるえ、ロープを登るのが大変であった。今日は厄日かもしれない。部屋で大人しくしていよう。
 
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