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お茶会の翌日、私とエマはマニュアル作りに取り掛かった。眉毛を切る際に参考となるもので、ハサミを購入してくれた人に無料で配る予定だ。
「こんなものかな……。どう、眉毛を切ってる絵に見える?」
「お嬢さま、絵がお上手ですね! とても分かりやすくていいと思います」
イラストを書くのは得意だからね。同人誌の挿絵も何回か書いたことあるけど、この能力が異世界で役立つとはラッキーだった。
『ティナ恋』の世界にも一応カメラはあるが、モノクロだしピンボケが酷いのでマニュアルには向かない。そのため眉毛を整える過程を一枚ずつイラスト化しているところだ。
説明文を考え、それに沿ったイラストを書いていく。最後の一枚が終わった頃、部屋のドアがノックされた。取次ぎしたエマが私に向かって告げる。
「お嬢さま、ケリーです」
「あら、どうしたの?」
部屋に入ってきたケリーはもじもじしていたが、テーブルの上に置かれたハサミのセットを見て嬉しそうに微笑んだ。
「あのう。実は昨日のお茶会で、例のハサミがお披露目されたと聞いて……。それで、わたしも自分用のが欲しいなって思ったんです。代金もちゃんと持ってきました」
「まあ、そうだったの! ハサミは二種類あるけど、どっちにする? 初心者なら先が丸い方が安全かもしれないわ。今ここで試してから決めてもいいわよ」
ケリーは両方のハサミを試したあと「先がとがった方にしてみます」と言って、ついでに眉毛用のコームまで買ってくれた。お客様第一号だ。お買い上げありがとうございます。
「あ、在庫って50しかないんだっけ。う~ん、どうしよ。親方に追加発注かけた方がいいかなぁ」
「でも売れたのは一個だけですよ。注文が来るかどうか、待ってみてもいいんじゃありませんか? 親方は仕事が早いですし」
「そうね。もう少し待ってみよう」
とりあえずその日はマニュアル作りのみに集中し、印刷会社に原稿を持ち込んで終わりにした。いくら売れるかも分からない妙なハサミの在庫を、大量に抱えるわけにもいかない。
売れたのはたった一個だもんね。今後も売れるとは限らないしね――と、思っていたのだが。
「ま、マジでしんどい……。送っても送っても、追加発注が来る……!!」
「お、お嬢さま。こちらの方は、注文書を二回も送ってきてます! 別便で送るところでした!」
お茶会が終わって二週間たった今、私とエマは死にかけていた。親方のハサミ作りは激早なのでいいとしても、注文を受けとって数と住所を確認し、発送する流れはそんなにスピードアップできない。三人の令嬢は頑張って広めてくれたらしいけど、口コミの力って本当にすごいわ。
結果として私の部屋は注文書とハサミの在庫で溢れかえり、見かねたお父さまが「別の部屋を使ってもいいぞ」と言ってくれた。
現在では屋敷の空き部屋を使っているが、箱と注文書にあふれた部屋はかなり殺風景だ。今の私は侯爵令嬢ではない。巨大市場に何となく出店してしまった店長である。ネットショップ経営って、こんなに大変なのか!
「あ、アリシアからも注文書が来てるわ。えーと、なになに?」
――ルシーフェル様、先日はありがとうございました。父と母に話をしたところ、少し興味を持ったみたいです。特に父はお鼻の毛を切るのに便利かもしれないと考えたらしく、先が丸いほうのハサミが欲しいと申しておりました。私もひとつ欲しいので、先が丸いハサミを二つお願いしたします。 アリシア――
おお、アリシアのお父上は本来の使い方に気づいたらしい。そうそう、そうなんですよ!
私は小さな箱に先が丸い方のハサミを二つ入れ、アリシア宛に発送した。マニュアルは入れないでおこう。変な誤解を招いて、アリシアとご両親の間に亀裂が入っても困るし。
「お嬢さま、王太子殿下からも注文書が来ておりますよ」
「えっ」
おかしいな、眉毛は整える必要がないって言ってたのに。どれどれ、と手紙を読む。
――ルシー嬢へ。先日は世話になったね。父上に今回の件を報告したところ、大いに興味を引かれたようだった。先の丸い方のハサミを所望するとのことなので、ひとつ送ってくれないかな? よろしく頼むね。ウィルシウス――
まさかの国王脇役疑惑。
こんな悲しい現実、知りとうなかった……!
「厳しいわ……。別の意味で、身分の格差を思い知らされる世界だわ!」
「はい? 何ですか?」
「ううん、なんでもない。エマ、王宮あてに先が丸い方のハサミを一つお願いね」
エマは「はい」と言い、王宮あてに荷物を準備した。王宮に届く荷物って、検閲があるんじゃなかろうか。中身を確認する際、どんなリアクションをするのか見ものである。出来ればその場で見てみたかったな……。
発送作業している間もときどき使用人たちがハサミを買いに来るので、親方の店にも在庫を置いてもらうことにした。
これでガイゼルに住んでいる人たちは、親方のほうで買うだろう――と思いきや、注文書がなかなか減らない。特に女性や貴族たちは通販ばかりで、ここ数日はなぜか王都からの注文も増えている。国王陛下は誰かにハサミのことを話したんだろうか。
「なんでお店で買わないの……。わざわざ送料を払って買うのはなぜなの?」
「あたしが思うに、鼻毛を切るハサミって買うのが恥ずかしいんじゃないですかね。荷物だと、なにを買ったのかバレずに済むじゃないですか」
な、なるほど! お手入れハサミって、この世界じゃ同人誌みたいなものなのか!
私も若かりし頃、同人誌をお店で買うのが恥ずかしかったっけ……。
発送作業しながら時おりセラと遊び、いつの間にか夕方になっているという状況が続いた。ブランコは使用人たちの子供も遊ぶようになって、セラにはたくさんの友達ができた。お姉ちゃんとしては寂しいけど、これで良かったと思う。私はもうじき王都へ行くのだから。
そして季節が過ぎて私は15歳になり、とうとうディオン学園に入学する秋を迎えた。
「こんなものかな……。どう、眉毛を切ってる絵に見える?」
「お嬢さま、絵がお上手ですね! とても分かりやすくていいと思います」
イラストを書くのは得意だからね。同人誌の挿絵も何回か書いたことあるけど、この能力が異世界で役立つとはラッキーだった。
『ティナ恋』の世界にも一応カメラはあるが、モノクロだしピンボケが酷いのでマニュアルには向かない。そのため眉毛を整える過程を一枚ずつイラスト化しているところだ。
説明文を考え、それに沿ったイラストを書いていく。最後の一枚が終わった頃、部屋のドアがノックされた。取次ぎしたエマが私に向かって告げる。
「お嬢さま、ケリーです」
「あら、どうしたの?」
部屋に入ってきたケリーはもじもじしていたが、テーブルの上に置かれたハサミのセットを見て嬉しそうに微笑んだ。
「あのう。実は昨日のお茶会で、例のハサミがお披露目されたと聞いて……。それで、わたしも自分用のが欲しいなって思ったんです。代金もちゃんと持ってきました」
「まあ、そうだったの! ハサミは二種類あるけど、どっちにする? 初心者なら先が丸い方が安全かもしれないわ。今ここで試してから決めてもいいわよ」
ケリーは両方のハサミを試したあと「先がとがった方にしてみます」と言って、ついでに眉毛用のコームまで買ってくれた。お客様第一号だ。お買い上げありがとうございます。
「あ、在庫って50しかないんだっけ。う~ん、どうしよ。親方に追加発注かけた方がいいかなぁ」
「でも売れたのは一個だけですよ。注文が来るかどうか、待ってみてもいいんじゃありませんか? 親方は仕事が早いですし」
「そうね。もう少し待ってみよう」
とりあえずその日はマニュアル作りのみに集中し、印刷会社に原稿を持ち込んで終わりにした。いくら売れるかも分からない妙なハサミの在庫を、大量に抱えるわけにもいかない。
売れたのはたった一個だもんね。今後も売れるとは限らないしね――と、思っていたのだが。
「ま、マジでしんどい……。送っても送っても、追加発注が来る……!!」
「お、お嬢さま。こちらの方は、注文書を二回も送ってきてます! 別便で送るところでした!」
お茶会が終わって二週間たった今、私とエマは死にかけていた。親方のハサミ作りは激早なのでいいとしても、注文を受けとって数と住所を確認し、発送する流れはそんなにスピードアップできない。三人の令嬢は頑張って広めてくれたらしいけど、口コミの力って本当にすごいわ。
結果として私の部屋は注文書とハサミの在庫で溢れかえり、見かねたお父さまが「別の部屋を使ってもいいぞ」と言ってくれた。
現在では屋敷の空き部屋を使っているが、箱と注文書にあふれた部屋はかなり殺風景だ。今の私は侯爵令嬢ではない。巨大市場に何となく出店してしまった店長である。ネットショップ経営って、こんなに大変なのか!
「あ、アリシアからも注文書が来てるわ。えーと、なになに?」
――ルシーフェル様、先日はありがとうございました。父と母に話をしたところ、少し興味を持ったみたいです。特に父はお鼻の毛を切るのに便利かもしれないと考えたらしく、先が丸いほうのハサミが欲しいと申しておりました。私もひとつ欲しいので、先が丸いハサミを二つお願いしたします。 アリシア――
おお、アリシアのお父上は本来の使い方に気づいたらしい。そうそう、そうなんですよ!
私は小さな箱に先が丸い方のハサミを二つ入れ、アリシア宛に発送した。マニュアルは入れないでおこう。変な誤解を招いて、アリシアとご両親の間に亀裂が入っても困るし。
「お嬢さま、王太子殿下からも注文書が来ておりますよ」
「えっ」
おかしいな、眉毛は整える必要がないって言ってたのに。どれどれ、と手紙を読む。
――ルシー嬢へ。先日は世話になったね。父上に今回の件を報告したところ、大いに興味を引かれたようだった。先の丸い方のハサミを所望するとのことなので、ひとつ送ってくれないかな? よろしく頼むね。ウィルシウス――
まさかの国王脇役疑惑。
こんな悲しい現実、知りとうなかった……!
「厳しいわ……。別の意味で、身分の格差を思い知らされる世界だわ!」
「はい? 何ですか?」
「ううん、なんでもない。エマ、王宮あてに先が丸い方のハサミを一つお願いね」
エマは「はい」と言い、王宮あてに荷物を準備した。王宮に届く荷物って、検閲があるんじゃなかろうか。中身を確認する際、どんなリアクションをするのか見ものである。出来ればその場で見てみたかったな……。
発送作業している間もときどき使用人たちがハサミを買いに来るので、親方の店にも在庫を置いてもらうことにした。
これでガイゼルに住んでいる人たちは、親方のほうで買うだろう――と思いきや、注文書がなかなか減らない。特に女性や貴族たちは通販ばかりで、ここ数日はなぜか王都からの注文も増えている。国王陛下は誰かにハサミのことを話したんだろうか。
「なんでお店で買わないの……。わざわざ送料を払って買うのはなぜなの?」
「あたしが思うに、鼻毛を切るハサミって買うのが恥ずかしいんじゃないですかね。荷物だと、なにを買ったのかバレずに済むじゃないですか」
な、なるほど! お手入れハサミって、この世界じゃ同人誌みたいなものなのか!
私も若かりし頃、同人誌をお店で買うのが恥ずかしかったっけ……。
発送作業しながら時おりセラと遊び、いつの間にか夕方になっているという状況が続いた。ブランコは使用人たちの子供も遊ぶようになって、セラにはたくさんの友達ができた。お姉ちゃんとしては寂しいけど、これで良かったと思う。私はもうじき王都へ行くのだから。
そして季節が過ぎて私は15歳になり、とうとうディオン学園に入学する秋を迎えた。
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