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26 魔法の授業
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しばらく穏やかな日々が過ぎ、いよいよ待ち焦がれた授業が始まった。魔法の授業である。私は朝からウキウキして、朝食中も半分うわの空であった。
「ちょっとルシー様、口が半分ひらいてますよ」
「えっ? あら、オホホ」
ティナに小声で注意され、あわてて口を閉じる。いやほら、魔法なんて地球になかったじゃん? ここがゲームの世界って気づいてからずっと楽しみにしてたんだよね。
数学だの歴史だのを学んだあと、とうとう魔法の授業が始まる。私は鐘が鳴るまえに着席し、すべての準備を終えていた。さあ、始めるがよい!
「お~い。すまんが、手伝ってくれんかの~」
ヨボヨボのお爺さんが、箱がのった台車を教室に運ぼうとしている。箱にはバスケットボールぐらいの金色の玉が入っているが、けっこう重いらしい。男子生徒がふたりお爺さんの方へ駆けていき、台車を教室の中へ押し込んだ。なんだろ、あの玉は。
「それじゃあ始めるかの。ワシャ魔法学の教師、マルコじゃ。生徒たちからはマルコ爺と呼ばれとる。三年間よろしくな」
マルコ……まるこ? まるこって名前なのに、おかっぱ頭の女の子じゃないのか。変な感じだ。マルコ爺さんがぺこりとお辞儀をするので、私たちも着席したままお辞儀を返した。
「え~諸君も知ってのとおり、地面の下には龍脈と呼ばれる魔力の川がある。伝説によると龍脈にはドラゴンたちが棲んでおり、時おり人間の世界にやってきて暴れるものもおったらしい。で、これが千年前に退治されたと言われるドラゴンが持っていた龍玉じゃ」
教室の中に「へえ~」という声がひびく。
私としては不思議だ。どうしてドラゴンって手に玉を持ってるんだろう? 七つ集めると願いごとでも叶うのかな。
「今日の授業では、一年生全員にこの玉に触ってもらう。龍玉にふれることによって体に龍脈が通じ、魔力が目覚めるんじゃ。魔力には属性があるが、光の色で分かるようになっとる。そんじゃま、前の席のもんから触ってもらおうかの」
いちばん前の席に座っていた男子生徒が、「おまえが先に行けよ」だの「やだよ、おまえが行け」だの争っている。ええい、はよせんかい!
二人は最終的にジャンケンで順番を決めたらしく、一人の男子生徒がそわそわしながら教壇の前に進み出た。
「ほれ、触るんじゃ。ほれほれ」
マルコ爺にほれほれ言われて玉をさわる男子。彼がぺたりと玉に手を乗せると、手の平からぱぁっと青い光が出てきた。なにあれ。電化製品じゃないのに急に光るとかすごくない? まさに魔法!
食い入るように見つめる私の視線の先で、マルコ爺が「おぬしは水タイプじゃな」と興味もなさそうに言う。爺さん、もっとテンション上げて! 大事なとこだから!
「ふ、ふおお……! 本当に魔法とかあるんだ!」
「こういうトコは、ゲームっぽさを感じるよね」
私の隣でティナがぼそっと言う。こいつもテンションが低い。何回もやったゲームだから、このシーンを見飽きてるのかもしれぬ。でも私はそんなに見てないんだよ!
生徒が玉にふれるたびに色んな光が飛び出し、私はノートに光の種類をメモした。青は水、赤は火、緑は土、黄色は風と。この四種類なのかね。
「ほい、次のもの~」
「わたし行ってくるわ」
考えごとをしている内に、ティナの順番が来たらしい。次は私か、ぼけっとしてらんないな。
階段を降りたティナは教壇へ歩み寄り、ためらいなく玉にぺたりと触れた。するとティナの手の平が真っ白に光り、教室の中を明るく照らしだす。生徒たちが「うわっ」だの、「何が起こったんだ!?」だの大騒ぎ。
うう、まぶしい。さすが主人公だっ……!
「おお、なんと! 一年生から光の属性が出るとは……! 光は全ての属性と、回復魔法をあやつれる。大当たりじゃぞい!」
マルコ爺さんのひと言で感動が台無しだ。
宝くじみたいに言わないでほしいんですけど。
「ほれ、最後のもの~。おや、侯爵家のルシー嬢かい」
はい、私です。今さらだけどティナの横に座ったのは失敗だったかもな。あんな凄い属性を見せられたあとに玉を触るのはつらい。
とぼとぼと階段をおり、爺さんが指差す玉にさわる。真っ黒に光ったらやだなぁ――と思っていたが、さわっても何の変化もなかった。うんともすんとも言わない。
「……マルコ爺さん先生、光らないんですけど」
「おかしいのう。もっかい触ってみい」
「はあ」
さわる。光らない。何やねんコレ!
「もしかして壊れちゃったんですかね?」
私は玉をガシッとつかみ、持ち上げて異常がないか調べてみた。しかし玉はどこから見てもただの玉である。電池切れかと思ったが、電池を入れ替えるフタも付いてない。
やっぱ駄目か……。悪役令嬢だから呪われてるのか。
ふとマルコ爺を見ると、爺は目を丸くしてブルブル震えている。
「ばっ、バカなぁあ!? どうしてそんな重いモンを持ち上げられる!?」
「えっ。全然重くないですけど?」
両手で玉を持ったままブンブンと振る。
「や、やめんかぁ! 割れたらどうする!」
「すみません」
そっと玉を箱の中に戻すと、私の様子を見ていた男子が数人やってきて、「本当に重いのか?」、「持ってみようぜ」だの言い出した。順番にチャレンジしたが持ち上がらず、真っ赤な顔で「う~~ん!!」と唸っている。
「だ、だめだ。びくともしない」
「五人ぐらいで頑張ったら、持ち上がるかもな」
五人とか何だよそれ。私は男子五人分かよ。
マルコ爺はあごに手をあててうむうむと考え込んでいる。
「恐らくだが、ルシー嬢は魔力を筋力に変換するタイプなんじゃろう。だから玉が光らず、代わりに怪力を手に入れたんじゃ。おめでとう!」
おめでとうじゃねーわ!!――と叫びたいのをこらえ、「ありがとうございます」とだけ言った。振り返って席に戻ろうとすると、やけに男子たちの目が輝いている。
あいつ、スッゲェ! という彼らの声が聞こえてくるようだ。でもその賞賛は嬉しくない。はぁ、せっかく魔法の授業を楽しみにしてたのに……。
またとぼとぼと席に戻ると、ティナが私の肩をぽんとたたいた。
「げ、元気だしなよ……」
「……ティナは、ルシーの魔力が属性なしって知ってた?」
「ううん、知らなかった。ゲームでは主人公のムービーしか流れないから……」
さいですか。しかしこれで落とし穴の謎が解けた気がする。悪役令嬢とはいえ、少女がたった一人で落とし穴を掘るなんておかしいと思っていたのだ。怪力だからこそ成せる技だったわけか。
つらい……。この世界、マジで私に対して冷たい。
「ちょっとルシー様、口が半分ひらいてますよ」
「えっ? あら、オホホ」
ティナに小声で注意され、あわてて口を閉じる。いやほら、魔法なんて地球になかったじゃん? ここがゲームの世界って気づいてからずっと楽しみにしてたんだよね。
数学だの歴史だのを学んだあと、とうとう魔法の授業が始まる。私は鐘が鳴るまえに着席し、すべての準備を終えていた。さあ、始めるがよい!
「お~い。すまんが、手伝ってくれんかの~」
ヨボヨボのお爺さんが、箱がのった台車を教室に運ぼうとしている。箱にはバスケットボールぐらいの金色の玉が入っているが、けっこう重いらしい。男子生徒がふたりお爺さんの方へ駆けていき、台車を教室の中へ押し込んだ。なんだろ、あの玉は。
「それじゃあ始めるかの。ワシャ魔法学の教師、マルコじゃ。生徒たちからはマルコ爺と呼ばれとる。三年間よろしくな」
マルコ……まるこ? まるこって名前なのに、おかっぱ頭の女の子じゃないのか。変な感じだ。マルコ爺さんがぺこりとお辞儀をするので、私たちも着席したままお辞儀を返した。
「え~諸君も知ってのとおり、地面の下には龍脈と呼ばれる魔力の川がある。伝説によると龍脈にはドラゴンたちが棲んでおり、時おり人間の世界にやってきて暴れるものもおったらしい。で、これが千年前に退治されたと言われるドラゴンが持っていた龍玉じゃ」
教室の中に「へえ~」という声がひびく。
私としては不思議だ。どうしてドラゴンって手に玉を持ってるんだろう? 七つ集めると願いごとでも叶うのかな。
「今日の授業では、一年生全員にこの玉に触ってもらう。龍玉にふれることによって体に龍脈が通じ、魔力が目覚めるんじゃ。魔力には属性があるが、光の色で分かるようになっとる。そんじゃま、前の席のもんから触ってもらおうかの」
いちばん前の席に座っていた男子生徒が、「おまえが先に行けよ」だの「やだよ、おまえが行け」だの争っている。ええい、はよせんかい!
二人は最終的にジャンケンで順番を決めたらしく、一人の男子生徒がそわそわしながら教壇の前に進み出た。
「ほれ、触るんじゃ。ほれほれ」
マルコ爺にほれほれ言われて玉をさわる男子。彼がぺたりと玉に手を乗せると、手の平からぱぁっと青い光が出てきた。なにあれ。電化製品じゃないのに急に光るとかすごくない? まさに魔法!
食い入るように見つめる私の視線の先で、マルコ爺が「おぬしは水タイプじゃな」と興味もなさそうに言う。爺さん、もっとテンション上げて! 大事なとこだから!
「ふ、ふおお……! 本当に魔法とかあるんだ!」
「こういうトコは、ゲームっぽさを感じるよね」
私の隣でティナがぼそっと言う。こいつもテンションが低い。何回もやったゲームだから、このシーンを見飽きてるのかもしれぬ。でも私はそんなに見てないんだよ!
生徒が玉にふれるたびに色んな光が飛び出し、私はノートに光の種類をメモした。青は水、赤は火、緑は土、黄色は風と。この四種類なのかね。
「ほい、次のもの~」
「わたし行ってくるわ」
考えごとをしている内に、ティナの順番が来たらしい。次は私か、ぼけっとしてらんないな。
階段を降りたティナは教壇へ歩み寄り、ためらいなく玉にぺたりと触れた。するとティナの手の平が真っ白に光り、教室の中を明るく照らしだす。生徒たちが「うわっ」だの、「何が起こったんだ!?」だの大騒ぎ。
うう、まぶしい。さすが主人公だっ……!
「おお、なんと! 一年生から光の属性が出るとは……! 光は全ての属性と、回復魔法をあやつれる。大当たりじゃぞい!」
マルコ爺さんのひと言で感動が台無しだ。
宝くじみたいに言わないでほしいんですけど。
「ほれ、最後のもの~。おや、侯爵家のルシー嬢かい」
はい、私です。今さらだけどティナの横に座ったのは失敗だったかもな。あんな凄い属性を見せられたあとに玉を触るのはつらい。
とぼとぼと階段をおり、爺さんが指差す玉にさわる。真っ黒に光ったらやだなぁ――と思っていたが、さわっても何の変化もなかった。うんともすんとも言わない。
「……マルコ爺さん先生、光らないんですけど」
「おかしいのう。もっかい触ってみい」
「はあ」
さわる。光らない。何やねんコレ!
「もしかして壊れちゃったんですかね?」
私は玉をガシッとつかみ、持ち上げて異常がないか調べてみた。しかし玉はどこから見てもただの玉である。電池切れかと思ったが、電池を入れ替えるフタも付いてない。
やっぱ駄目か……。悪役令嬢だから呪われてるのか。
ふとマルコ爺を見ると、爺は目を丸くしてブルブル震えている。
「ばっ、バカなぁあ!? どうしてそんな重いモンを持ち上げられる!?」
「えっ。全然重くないですけど?」
両手で玉を持ったままブンブンと振る。
「や、やめんかぁ! 割れたらどうする!」
「すみません」
そっと玉を箱の中に戻すと、私の様子を見ていた男子が数人やってきて、「本当に重いのか?」、「持ってみようぜ」だの言い出した。順番にチャレンジしたが持ち上がらず、真っ赤な顔で「う~~ん!!」と唸っている。
「だ、だめだ。びくともしない」
「五人ぐらいで頑張ったら、持ち上がるかもな」
五人とか何だよそれ。私は男子五人分かよ。
マルコ爺はあごに手をあててうむうむと考え込んでいる。
「恐らくだが、ルシー嬢は魔力を筋力に変換するタイプなんじゃろう。だから玉が光らず、代わりに怪力を手に入れたんじゃ。おめでとう!」
おめでとうじゃねーわ!!――と叫びたいのをこらえ、「ありがとうございます」とだけ言った。振り返って席に戻ろうとすると、やけに男子たちの目が輝いている。
あいつ、スッゲェ! という彼らの声が聞こえてくるようだ。でもその賞賛は嬉しくない。はぁ、せっかく魔法の授業を楽しみにしてたのに……。
またとぼとぼと席に戻ると、ティナが私の肩をぽんとたたいた。
「げ、元気だしなよ……」
「……ティナは、ルシーの魔力が属性なしって知ってた?」
「ううん、知らなかった。ゲームでは主人公のムービーしか流れないから……」
さいですか。しかしこれで落とし穴の謎が解けた気がする。悪役令嬢とはいえ、少女がたった一人で落とし穴を掘るなんておかしいと思っていたのだ。怪力だからこそ成せる技だったわけか。
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