32 / 51
32 勉強会
しおりを挟む
勉強会の初日、まずはクラリッサが担当する数学から始めることになった。みんな数学には不安を感じる部分があり、六人そろって自習室へ向かう。
自習室は図書室と同じぐらいの規模で、50人は入れそうな広い部屋であった。ところどころに生徒が座り、みんな熱心に鉛筆を走らせている。
ふと部屋の奥を見ると、赤い髪の少年が教科書を見てしかめっ面をしていた。
「あら、カイラー様じゃありませんか」
「……ん? なんだ、おまえらか。勉強しにきたのか?」
「これからクラリッサ様に数学を教えてもらうんです。カイラー様は生徒会室で勉強しないんですか?」
ティナが訊くと、カイラーはムスッとした顔で答えた。
「生徒会室はサイモンが作った筋トレ用品だらけで気が散るから、自習室で勉強しろって殿下に言われた。生徒会室にいると、どうしても筋トレしたくなるんだよな……」
ああ、なるほど。以前サイモンが貸してくれた鉄アレイはやっぱりカイラー用だったのか。
私たちはカイラーから椅子をひとつあけて座り、勉強道具を広げる。
「試験範囲は習ったところ全てですわ。範囲が広いように感じるでしょうけど、基本的なことばかりですからね。あまり難しくもないでしょう」
クラリッサが事も無げに言うと、聞いていたカイラーが不満そうな顔をする。
「分かる奴はいいよなぁ……。多分、どこが分からないのかも理解できねぇんだろうな……」
「わたしも一を聞いたら十わかるような頭がほしかった……」
いかん。カイラーとティナで負の連鎖を起こしかけている。
「ほらほら、集中して。問1からやってみましょ」
「はぁい」
元気のない返事だったが、ティナは真面目であった。みんなに協力してもらっているという意識があるためか、必死に鉛筆を動かしている。
私はというと、隣で語学を勉強するカイラーがしょっちゅう「これって何て意味?」と訊いてくるので、あまり集中できなかった。殿下がカイラーに勉強を教えてやればいいのに。
「最後の問題はどういたしましょう。難しすぎて手が出ませんわ」
「全然わかりませんわね」
「イメージすら出来ないです」
最後の問題にたどり着いたアリシア達が困ったように言うと、クラリッサがおもむろに椅子から立ち上がる。
「これは学院入試レベルですわね。こんな問題は期末試験に出ないと思いますが……」
王都には日本の大学のような『学院』と呼ばれる学校があり、ディオン学園の卒業生も何人か入学している。しかし入試が難しすぎるため、希望してもほとんど入れない狭き門なのだった。
「解けないのも悔しいですし……。先生に質問しましょう」
「でも今、職員会議してるんじゃないかしら」
「サイモンに訊いたらいいんじゃねえの? あいつならチョロイと思うぜ。一応、天才だからな」
確かにサイモンなら解けそうだ。頭のネジがぶっとんでいるものの、奴が天才なのは間違いない。クラリッサは深くうなずき、「行ってまいります」と言って自習室を出て行った。
「一人で大丈夫かな」
「大丈夫でしょ。サイモン様はちょっとおかしいけど、質問したらちゃんと教えてくれる優しさはあるだろうし」
ティナの不安もわかるが、私としてはあまり研究室に近づきたくない。これ以上、実験動物あつかいされるのはゴメンだ。
しばらく五人で勉強していたが、十五分ほどしてクラリッサが戻ってきた。しかしどこか様子がおかしい。
「わか……分かり、ましたわ……。解き方を……書いてもらったので……」
ものすごい上の空。解き方を記したノートを机の上においた後、宙を見つめてぽや~っとしている。心なしか、顔が赤い。
まさか――!?
「ね、ねえ……。あれって、まさか」
「そんなわけないわ! クラリッサに限って、サイモン様のようなへんた……天才に惚れるなんて……!」
ぼそぼそ話し合う私とティナの視線も気づくことなく、クラリッサは右手を大切そうに撫でている。
「く、クラリッサ嬢。右手をどうかしたの?」
「えっ!? いえ、あの……え、鉛筆を落としてしまって。それで、サイモン様の手が……」
そこまで言うので精一杯だったらしい。あとは真っ赤になって俯いてしまったが、なんとなく理解した。落とした鉛筆を二人で拾おうとして、サイモンがクラリッサの右手を握ったんだろう。そしてまさかのフォーリンラブ。なんてベタな展開!
「ええぇ、落とし穴はどうなるわけ……!?」
「落とし穴? なにを落とすか知らないけど、掘るなら俺も手伝おうか?」
「いえ、別に……あの、ホラ。イノシシでも落とそうかなって」
「そうそう。イノシシ落として、皆で焼いて食べたら美味しそうだなって」
ティナの苦しいフォローを受けつつ、二人でへらへら笑ってごまかした。カイラーは「変な奴ら」と言って流してくれたが、今のが殿下だったらしつこく追及されたに違いない。気をつけないと……。
自習室は図書室と同じぐらいの規模で、50人は入れそうな広い部屋であった。ところどころに生徒が座り、みんな熱心に鉛筆を走らせている。
ふと部屋の奥を見ると、赤い髪の少年が教科書を見てしかめっ面をしていた。
「あら、カイラー様じゃありませんか」
「……ん? なんだ、おまえらか。勉強しにきたのか?」
「これからクラリッサ様に数学を教えてもらうんです。カイラー様は生徒会室で勉強しないんですか?」
ティナが訊くと、カイラーはムスッとした顔で答えた。
「生徒会室はサイモンが作った筋トレ用品だらけで気が散るから、自習室で勉強しろって殿下に言われた。生徒会室にいると、どうしても筋トレしたくなるんだよな……」
ああ、なるほど。以前サイモンが貸してくれた鉄アレイはやっぱりカイラー用だったのか。
私たちはカイラーから椅子をひとつあけて座り、勉強道具を広げる。
「試験範囲は習ったところ全てですわ。範囲が広いように感じるでしょうけど、基本的なことばかりですからね。あまり難しくもないでしょう」
クラリッサが事も無げに言うと、聞いていたカイラーが不満そうな顔をする。
「分かる奴はいいよなぁ……。多分、どこが分からないのかも理解できねぇんだろうな……」
「わたしも一を聞いたら十わかるような頭がほしかった……」
いかん。カイラーとティナで負の連鎖を起こしかけている。
「ほらほら、集中して。問1からやってみましょ」
「はぁい」
元気のない返事だったが、ティナは真面目であった。みんなに協力してもらっているという意識があるためか、必死に鉛筆を動かしている。
私はというと、隣で語学を勉強するカイラーがしょっちゅう「これって何て意味?」と訊いてくるので、あまり集中できなかった。殿下がカイラーに勉強を教えてやればいいのに。
「最後の問題はどういたしましょう。難しすぎて手が出ませんわ」
「全然わかりませんわね」
「イメージすら出来ないです」
最後の問題にたどり着いたアリシア達が困ったように言うと、クラリッサがおもむろに椅子から立ち上がる。
「これは学院入試レベルですわね。こんな問題は期末試験に出ないと思いますが……」
王都には日本の大学のような『学院』と呼ばれる学校があり、ディオン学園の卒業生も何人か入学している。しかし入試が難しすぎるため、希望してもほとんど入れない狭き門なのだった。
「解けないのも悔しいですし……。先生に質問しましょう」
「でも今、職員会議してるんじゃないかしら」
「サイモンに訊いたらいいんじゃねえの? あいつならチョロイと思うぜ。一応、天才だからな」
確かにサイモンなら解けそうだ。頭のネジがぶっとんでいるものの、奴が天才なのは間違いない。クラリッサは深くうなずき、「行ってまいります」と言って自習室を出て行った。
「一人で大丈夫かな」
「大丈夫でしょ。サイモン様はちょっとおかしいけど、質問したらちゃんと教えてくれる優しさはあるだろうし」
ティナの不安もわかるが、私としてはあまり研究室に近づきたくない。これ以上、実験動物あつかいされるのはゴメンだ。
しばらく五人で勉強していたが、十五分ほどしてクラリッサが戻ってきた。しかしどこか様子がおかしい。
「わか……分かり、ましたわ……。解き方を……書いてもらったので……」
ものすごい上の空。解き方を記したノートを机の上においた後、宙を見つめてぽや~っとしている。心なしか、顔が赤い。
まさか――!?
「ね、ねえ……。あれって、まさか」
「そんなわけないわ! クラリッサに限って、サイモン様のようなへんた……天才に惚れるなんて……!」
ぼそぼそ話し合う私とティナの視線も気づくことなく、クラリッサは右手を大切そうに撫でている。
「く、クラリッサ嬢。右手をどうかしたの?」
「えっ!? いえ、あの……え、鉛筆を落としてしまって。それで、サイモン様の手が……」
そこまで言うので精一杯だったらしい。あとは真っ赤になって俯いてしまったが、なんとなく理解した。落とした鉛筆を二人で拾おうとして、サイモンがクラリッサの右手を握ったんだろう。そしてまさかのフォーリンラブ。なんてベタな展開!
「ええぇ、落とし穴はどうなるわけ……!?」
「落とし穴? なにを落とすか知らないけど、掘るなら俺も手伝おうか?」
「いえ、別に……あの、ホラ。イノシシでも落とそうかなって」
「そうそう。イノシシ落として、皆で焼いて食べたら美味しそうだなって」
ティナの苦しいフォローを受けつつ、二人でへらへら笑ってごまかした。カイラーは「変な奴ら」と言って流してくれたが、今のが殿下だったらしつこく追及されたに違いない。気をつけないと……。
4
あなたにおすすめの小説
我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。
たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。
しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。
そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。
ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。
というか、甘やかされてません?
これって、どういうことでしょう?
※後日談は激甘です。
激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。
※小説家になろう様にも公開させて頂いております。
ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。
タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした
ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!?
容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。
「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」
ところが。
ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。
無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!?
でも、よく考えたら――
私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに)
お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。
これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。
じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――!
本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。
アイデア提供者:ゆう(YuFidi)
URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
悪役令嬢に成り代わったのに、すでに詰みってどういうことですか!?
ぽんぽこ狸
恋愛
仕事帰りのある日、居眠り運転をしていたトラックにはねられて死んでしまった主人公。次に目を覚ますとなにやら暗くジメジメした場所で、自分に仕えているというヴィンスという男の子と二人きり。
彼から話を聞いているうちに、なぜかその話に既視感を覚えて、確認すると昔読んだことのある児童向けの小説『ララの魔法書!』の世界だった。
その中でも悪役令嬢である、クラリスにどうやら成り代わってしまったらしい。
混乱しつつも話をきていくとすでに原作はクラリスが幽閉されることによって終結しているようで愕然としているさなか、クラリスを見限り原作の主人公であるララとくっついた王子ローレンスが、訪ねてきて━━━━?!
原作のさらに奥深くで動いていた思惑、魔法玉(まほうぎょく)の謎、そして原作の男主人公だった完璧な王子様の本性。そのどれもに翻弄されながら、なんとか生きる一手を見出す、学園ファンタジー!
ローレンスの性格が割とやばめですが、それ以外にもダークな要素強めな主人公と恋愛?をする、キャラが二人ほど、登場します。世界観が殺伐としているので重い描写も多いです。読者さまが色々な意味でドキドキしてくれるような作品を目指して頑張りますので、よろしくお願いいたします。
完結しました!最後の一章分は遂行していた分がたまっていたのと、話が込み合っているので一気に二十万文字ぐらい上げました。きちんと納得できる結末にできたと思います。ありがとうございました。
王女殿下のモラトリアム
あとさん♪
恋愛
「君は彼の気持ちを弄んで、どういうつもりなんだ?!この悪女が!」
突然、怒鳴られたの。
見知らぬ男子生徒から。
それが余りにも突然で反応できなかったの。
この方、まさかと思うけど、わたくしに言ってるの?
わたくし、アンネローゼ・フォン・ローリンゲン。花も恥じらう16歳。この国の王女よ。
先日、学園内で突然無礼者に絡まれたの。
お義姉様が仰るに、学園には色んな人が来るから、何が起こるか分からないんですって!
婚約者も居ない、この先どうなるのか未定の王女などつまらないと思っていたけれど、それ以来、俄然楽しみが増したわ♪
お義姉様が仰るにはピンクブロンドのライバルが現れるそうなのだけど。
え? 違うの?
ライバルって縦ロールなの?
世間というものは、なかなか複雑で一筋縄ではいかない物なのですね。
わたくしの婚約者も学園で捕まえる事が出来るかしら?
この話は、自分は平凡な人間だと思っている王女が、自分のしたい事や好きな人を見つける迄のお話。
※設定はゆるんゆるん
※ざまぁは無いけど、水戸○門的なモノはある。
※明るいラブコメが書きたくて。
※シャティエル王国シリーズ3作目!
※過去拙作『相互理解は難しい(略)』の12年後、
『王宮勤めにも色々ありまして』の10年後の話になります。
上記未読でも話は分かるとは思いますが、お読みいただくともっと面白いかも。
※ちょいちょい修正が入ると思います。誤字撲滅!
※小説家になろうにも投稿しました。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。
三歩ミチ
恋愛
*本編は完結しました*
公爵令嬢のキャサリンは、婚約者であるベイル王子から、婚約破棄を言い渡された。その瞬間、「この世界はゲームだ」という認識が流れ込んでくる。そして私は「悪役」らしい。ところがどう考えても悪役らしいことはしていないし、そんなことができる器じゃない。
どうやら破滅は回避したし、ゲームのストーリーも終わっちゃったようだから、あとはまわりのみんなを幸せにしたい!……そこへ攻略対象達や、不遇なヒロインも絡んでくる始末。博愛主義の「悪役令嬢」が奮闘します。
※小説家になろう様で連載しています。バックアップを兼ねて、こちらでも投稿しています。
※以前打ち切ったものを、初めから改稿し、完結させました。73以降、展開が大きく変わっています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる