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32 勉強会
勉強会の初日、まずはクラリッサが担当する数学から始めることになった。みんな数学には不安を感じる部分があり、六人そろって自習室へ向かう。
自習室は図書室と同じぐらいの規模で、50人は入れそうな広い部屋であった。ところどころに生徒が座り、みんな熱心に鉛筆を走らせている。
ふと部屋の奥を見ると、赤い髪の少年が教科書を見てしかめっ面をしていた。
「あら、カイラー様じゃありませんか」
「……ん? なんだ、おまえらか。勉強しにきたのか?」
「これからクラリッサ様に数学を教えてもらうんです。カイラー様は生徒会室で勉強しないんですか?」
ティナが訊くと、カイラーはムスッとした顔で答えた。
「生徒会室はサイモンが作った筋トレ用品だらけで気が散るから、自習室で勉強しろって殿下に言われた。生徒会室にいると、どうしても筋トレしたくなるんだよな……」
ああ、なるほど。以前サイモンが貸してくれた鉄アレイはやっぱりカイラー用だったのか。
私たちはカイラーから椅子をひとつあけて座り、勉強道具を広げる。
「試験範囲は習ったところ全てですわ。範囲が広いように感じるでしょうけど、基本的なことばかりですからね。あまり難しくもないでしょう」
クラリッサが事も無げに言うと、聞いていたカイラーが不満そうな顔をする。
「分かる奴はいいよなぁ……。多分、どこが分からないのかも理解できねぇんだろうな……」
「わたしも一を聞いたら十わかるような頭がほしかった……」
いかん。カイラーとティナで負の連鎖を起こしかけている。
「ほらほら、集中して。問1からやってみましょ」
「はぁい」
元気のない返事だったが、ティナは真面目であった。みんなに協力してもらっているという意識があるためか、必死に鉛筆を動かしている。
私はというと、隣で語学を勉強するカイラーがしょっちゅう「これって何て意味?」と訊いてくるので、あまり集中できなかった。殿下がカイラーに勉強を教えてやればいいのに。
「最後の問題はどういたしましょう。難しすぎて手が出ませんわ」
「全然わかりませんわね」
「イメージすら出来ないです」
最後の問題にたどり着いたアリシア達が困ったように言うと、クラリッサがおもむろに椅子から立ち上がる。
「これは学院入試レベルですわね。こんな問題は期末試験に出ないと思いますが……」
王都には日本の大学のような『学院』と呼ばれる学校があり、ディオン学園の卒業生も何人か入学している。しかし入試が難しすぎるため、希望してもほとんど入れない狭き門なのだった。
「解けないのも悔しいですし……。先生に質問しましょう」
「でも今、職員会議してるんじゃないかしら」
「サイモンに訊いたらいいんじゃねえの? あいつならチョロイと思うぜ。一応、天才だからな」
確かにサイモンなら解けそうだ。頭のネジがぶっとんでいるものの、奴が天才なのは間違いない。クラリッサは深くうなずき、「行ってまいります」と言って自習室を出て行った。
「一人で大丈夫かな」
「大丈夫でしょ。サイモン様はちょっとおかしいけど、質問したらちゃんと教えてくれる優しさはあるだろうし」
ティナの不安もわかるが、私としてはあまり研究室に近づきたくない。これ以上、実験動物あつかいされるのはゴメンだ。
しばらく五人で勉強していたが、十五分ほどしてクラリッサが戻ってきた。しかしどこか様子がおかしい。
「わか……分かり、ましたわ……。解き方を……書いてもらったので……」
ものすごい上の空。解き方を記したノートを机の上においた後、宙を見つめてぽや~っとしている。心なしか、顔が赤い。
まさか――!?
「ね、ねえ……。あれって、まさか」
「そんなわけないわ! クラリッサに限って、サイモン様のようなへんた……天才に惚れるなんて……!」
ぼそぼそ話し合う私とティナの視線も気づくことなく、クラリッサは右手を大切そうに撫でている。
「く、クラリッサ嬢。右手をどうかしたの?」
「えっ!? いえ、あの……え、鉛筆を落としてしまって。それで、サイモン様の手が……」
そこまで言うので精一杯だったらしい。あとは真っ赤になって俯いてしまったが、なんとなく理解した。落とした鉛筆を二人で拾おうとして、サイモンがクラリッサの右手を握ったんだろう。そしてまさかのフォーリンラブ。なんてベタな展開!
「ええぇ、落とし穴はどうなるわけ……!?」
「落とし穴? なにを落とすか知らないけど、掘るなら俺も手伝おうか?」
「いえ、別に……あの、ホラ。イノシシでも落とそうかなって」
「そうそう。イノシシ落として、皆で焼いて食べたら美味しそうだなって」
ティナの苦しいフォローを受けつつ、二人でへらへら笑ってごまかした。カイラーは「変な奴ら」と言って流してくれたが、今のが殿下だったらしつこく追及されたに違いない。気をつけないと……。
自習室は図書室と同じぐらいの規模で、50人は入れそうな広い部屋であった。ところどころに生徒が座り、みんな熱心に鉛筆を走らせている。
ふと部屋の奥を見ると、赤い髪の少年が教科書を見てしかめっ面をしていた。
「あら、カイラー様じゃありませんか」
「……ん? なんだ、おまえらか。勉強しにきたのか?」
「これからクラリッサ様に数学を教えてもらうんです。カイラー様は生徒会室で勉強しないんですか?」
ティナが訊くと、カイラーはムスッとした顔で答えた。
「生徒会室はサイモンが作った筋トレ用品だらけで気が散るから、自習室で勉強しろって殿下に言われた。生徒会室にいると、どうしても筋トレしたくなるんだよな……」
ああ、なるほど。以前サイモンが貸してくれた鉄アレイはやっぱりカイラー用だったのか。
私たちはカイラーから椅子をひとつあけて座り、勉強道具を広げる。
「試験範囲は習ったところ全てですわ。範囲が広いように感じるでしょうけど、基本的なことばかりですからね。あまり難しくもないでしょう」
クラリッサが事も無げに言うと、聞いていたカイラーが不満そうな顔をする。
「分かる奴はいいよなぁ……。多分、どこが分からないのかも理解できねぇんだろうな……」
「わたしも一を聞いたら十わかるような頭がほしかった……」
いかん。カイラーとティナで負の連鎖を起こしかけている。
「ほらほら、集中して。問1からやってみましょ」
「はぁい」
元気のない返事だったが、ティナは真面目であった。みんなに協力してもらっているという意識があるためか、必死に鉛筆を動かしている。
私はというと、隣で語学を勉強するカイラーがしょっちゅう「これって何て意味?」と訊いてくるので、あまり集中できなかった。殿下がカイラーに勉強を教えてやればいいのに。
「最後の問題はどういたしましょう。難しすぎて手が出ませんわ」
「全然わかりませんわね」
「イメージすら出来ないです」
最後の問題にたどり着いたアリシア達が困ったように言うと、クラリッサがおもむろに椅子から立ち上がる。
「これは学院入試レベルですわね。こんな問題は期末試験に出ないと思いますが……」
王都には日本の大学のような『学院』と呼ばれる学校があり、ディオン学園の卒業生も何人か入学している。しかし入試が難しすぎるため、希望してもほとんど入れない狭き門なのだった。
「解けないのも悔しいですし……。先生に質問しましょう」
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「サイモンに訊いたらいいんじゃねえの? あいつならチョロイと思うぜ。一応、天才だからな」
確かにサイモンなら解けそうだ。頭のネジがぶっとんでいるものの、奴が天才なのは間違いない。クラリッサは深くうなずき、「行ってまいります」と言って自習室を出て行った。
「一人で大丈夫かな」
「大丈夫でしょ。サイモン様はちょっとおかしいけど、質問したらちゃんと教えてくれる優しさはあるだろうし」
ティナの不安もわかるが、私としてはあまり研究室に近づきたくない。これ以上、実験動物あつかいされるのはゴメンだ。
しばらく五人で勉強していたが、十五分ほどしてクラリッサが戻ってきた。しかしどこか様子がおかしい。
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ものすごい上の空。解き方を記したノートを机の上においた後、宙を見つめてぽや~っとしている。心なしか、顔が赤い。
まさか――!?
「ね、ねえ……。あれって、まさか」
「そんなわけないわ! クラリッサに限って、サイモン様のようなへんた……天才に惚れるなんて……!」
ぼそぼそ話し合う私とティナの視線も気づくことなく、クラリッサは右手を大切そうに撫でている。
「く、クラリッサ嬢。右手をどうかしたの?」
「えっ!? いえ、あの……え、鉛筆を落としてしまって。それで、サイモン様の手が……」
そこまで言うので精一杯だったらしい。あとは真っ赤になって俯いてしまったが、なんとなく理解した。落とした鉛筆を二人で拾おうとして、サイモンがクラリッサの右手を握ったんだろう。そしてまさかのフォーリンラブ。なんてベタな展開!
「ええぇ、落とし穴はどうなるわけ……!?」
「落とし穴? なにを落とすか知らないけど、掘るなら俺も手伝おうか?」
「いえ、別に……あの、ホラ。イノシシでも落とそうかなって」
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