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36 里帰り
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冬休みは二週間ほどだ。ガイゼルはアンディオン王国の北に位置するため、冬はどっさり雪が降る。私は連日のようにセラと雪あそびをしていた。
雪をおにぎりのように握ってから、地面に転がしてどんどん大きくする。
「姉上、どこまで大きくするの?」
はぁはぁと白い息を吐きながら、セラが私に尋ねてきた。セラは四ヶ月のあいだ元気に遊んでいたのか、よく日焼けしてまさに小学生男子のような見た目だ。春ごろは青白い顔で姉に怯えていたのに、よくここまで逞しくなったものである。ああ、胸アツ。
「でっかいお団子を積み重ねて、滑り台にしてみましょ。表面をツルツルにすると良く滑るわよ」
「よぉし! 俺、もう一個お団子つくろ!」
雪だらけになったセラの服は、侯爵家のお坊ちゃまだけあって安モンではない。すでにビショビショだが、軍人のお父さまもその妻であるお母さまも割と寛容である。
大きな団子の上にセラが作った中ぐらいの団子をよいしょ!と積み重ね、滑り台の形に整えていく。途中でエド爺まで加わり、爺の巧みなシャベルさばきによってまたたく間に滑り台が完成した。
「こいつを使ったら、よく滑ると思うんじゃ」
爺は納屋から木製のそりを出してきて、滑り台のてっぺんに配置した。セラが「うっひゃー!」と雄叫びを上げながらすべり降りる。勢いがつきすぎて、雪の塊にそりがぼすっと突っ込んだ。
「せ、セラ? 大丈夫?」
「ふ、ふふ……ひゃはは! めちゃくちゃ楽しい!」
中身まで小学生男子と化している。逞しくなったのは嬉しいけど、お父さまのように顎が割れたらと思うと不安だ。割れませんように。
夕方までたっぷり遊び、湯浴みをして体を温めた。毛織物のふわふわした服に着がえたら晩餐だ。食堂へ入るとすみにある暖炉が赤々と燃え、室内をぼんやりと照らしていた。
家族四人そろっての晩御飯が始まり、和やかな雰囲気がただよう。なんとなくクリスマスのような感じだ。この世界にはクリスマスはないけど。
「休みも半分終わってしまったなぁ……。あと一週間でルシーは戻ってしまうのか」
肉を切りながらお父さまが寂しげにつぶやく。
見た目は裏社会のドンなのに、寂しがり屋さんなのだ。
「わたくしとセラがおりますわよ。ねえあなた、そろそろあの話をルシーにした方がいいのではないかしら?」
お母さまが言うと、お父さまは持っていたナイフを皿に落とした。はぁぁ~と重いため息をつき、のろのろと顔を上げる。どうしたんだろう。
「あのな、ルシー。実は……実はだな…………」
じつは何なの。お父さまがこんなに煮え切らない様子なのは珍しい。私はじっとお父さまの言葉を待った。
「その……王家から、婚約の打診があってだな」
「えっ!? だ、誰と誰がですか?」
「それはもちろん、殿下とルシーのよ。ルシーが学園で活躍する姿を見て、心惹かれたと殿下は仰っていたわ。ぜひ前向きに考えてほしいとのことだったわよ」
「そうそう。ルシーは学園を裏からしは……じゃなくて、支える素晴らしい女性だと殿下は褒めておられた」
いま、支配って言いかけてたな。アレか、バット杖がもたらす印象のせいなのか? ちゃんと眉毛を書いてても、木製バットの圧力はにじみ出るものなのか……!
「姉上と殿下が婚約したら、カイラー様ともいっぱい遊べるかな?」
「う、うん。多分ね。カイラー様は殿下の騎士だから……」
「やったぁ! じゃあ婚約しちゃおうよ!」
You、婚約しちゃいなよ!――とでもいうかのような軽いノリだ。弟にあははと笑いかけながらも、殿下の仕事の早さに驚きを隠せない。
確かに「可能性はあるかも」的なことを言ったけどさ。まさか外堀を埋めようとしてくるとは!
「まだ確定じゃないんだ。殿下はルシーの意思を尊重すると言っておられたし」
「そうよ。返事はゆっくり待つと仰っていたから、焦らなくていいの。じっくり考えなさい」
「はい、ありがとうございます」
食事のあとは自分の部屋にもどり、温かいお茶を飲みながら考えた。殿下は確かに腹黒い部分はあるものの、四ヶ月に渡ってお世話になったのは事実である。ティナが階段から落ちたときも助けてもらったし。
ただ気になることもあるのだ。魔法の授業中にティナが告げた、「落とし穴ができるのは、主人公が殿下を攻略した直後」という言葉――あれがどうも引っ掛かる。
ゲームのルシーは、殿下が好きだったのではないか。密かに好きだった相手を取られたことでプッツンし、とうとう最後の手段に出てしまったのではないかと……。
だとすると、私が殿下をちょっと好きだなぁと思う気持ちもゲームのせい? それとも考えすぎ? ううむ、よく分からない。
悩みながらも日々は過ぎ、あっという間に冬休みが終わった。とりあえずセラとたくさん遊べたのは良かったと思う。
殿下の件は頭の片隅に置いておくとして、新学期は調理部の活動をがんばろう。問題を先送りしているという自覚はあるけど、私はまだ恋愛に積極的にはなれない。もう少しだけ、時間が欲しいのだ。
雪をおにぎりのように握ってから、地面に転がしてどんどん大きくする。
「姉上、どこまで大きくするの?」
はぁはぁと白い息を吐きながら、セラが私に尋ねてきた。セラは四ヶ月のあいだ元気に遊んでいたのか、よく日焼けしてまさに小学生男子のような見た目だ。春ごろは青白い顔で姉に怯えていたのに、よくここまで逞しくなったものである。ああ、胸アツ。
「でっかいお団子を積み重ねて、滑り台にしてみましょ。表面をツルツルにすると良く滑るわよ」
「よぉし! 俺、もう一個お団子つくろ!」
雪だらけになったセラの服は、侯爵家のお坊ちゃまだけあって安モンではない。すでにビショビショだが、軍人のお父さまもその妻であるお母さまも割と寛容である。
大きな団子の上にセラが作った中ぐらいの団子をよいしょ!と積み重ね、滑り台の形に整えていく。途中でエド爺まで加わり、爺の巧みなシャベルさばきによってまたたく間に滑り台が完成した。
「こいつを使ったら、よく滑ると思うんじゃ」
爺は納屋から木製のそりを出してきて、滑り台のてっぺんに配置した。セラが「うっひゃー!」と雄叫びを上げながらすべり降りる。勢いがつきすぎて、雪の塊にそりがぼすっと突っ込んだ。
「せ、セラ? 大丈夫?」
「ふ、ふふ……ひゃはは! めちゃくちゃ楽しい!」
中身まで小学生男子と化している。逞しくなったのは嬉しいけど、お父さまのように顎が割れたらと思うと不安だ。割れませんように。
夕方までたっぷり遊び、湯浴みをして体を温めた。毛織物のふわふわした服に着がえたら晩餐だ。食堂へ入るとすみにある暖炉が赤々と燃え、室内をぼんやりと照らしていた。
家族四人そろっての晩御飯が始まり、和やかな雰囲気がただよう。なんとなくクリスマスのような感じだ。この世界にはクリスマスはないけど。
「休みも半分終わってしまったなぁ……。あと一週間でルシーは戻ってしまうのか」
肉を切りながらお父さまが寂しげにつぶやく。
見た目は裏社会のドンなのに、寂しがり屋さんなのだ。
「わたくしとセラがおりますわよ。ねえあなた、そろそろあの話をルシーにした方がいいのではないかしら?」
お母さまが言うと、お父さまは持っていたナイフを皿に落とした。はぁぁ~と重いため息をつき、のろのろと顔を上げる。どうしたんだろう。
「あのな、ルシー。実は……実はだな…………」
じつは何なの。お父さまがこんなに煮え切らない様子なのは珍しい。私はじっとお父さまの言葉を待った。
「その……王家から、婚約の打診があってだな」
「えっ!? だ、誰と誰がですか?」
「それはもちろん、殿下とルシーのよ。ルシーが学園で活躍する姿を見て、心惹かれたと殿下は仰っていたわ。ぜひ前向きに考えてほしいとのことだったわよ」
「そうそう。ルシーは学園を裏からしは……じゃなくて、支える素晴らしい女性だと殿下は褒めておられた」
いま、支配って言いかけてたな。アレか、バット杖がもたらす印象のせいなのか? ちゃんと眉毛を書いてても、木製バットの圧力はにじみ出るものなのか……!
「姉上と殿下が婚約したら、カイラー様ともいっぱい遊べるかな?」
「う、うん。多分ね。カイラー様は殿下の騎士だから……」
「やったぁ! じゃあ婚約しちゃおうよ!」
You、婚約しちゃいなよ!――とでもいうかのような軽いノリだ。弟にあははと笑いかけながらも、殿下の仕事の早さに驚きを隠せない。
確かに「可能性はあるかも」的なことを言ったけどさ。まさか外堀を埋めようとしてくるとは!
「まだ確定じゃないんだ。殿下はルシーの意思を尊重すると言っておられたし」
「そうよ。返事はゆっくり待つと仰っていたから、焦らなくていいの。じっくり考えなさい」
「はい、ありがとうございます」
食事のあとは自分の部屋にもどり、温かいお茶を飲みながら考えた。殿下は確かに腹黒い部分はあるものの、四ヶ月に渡ってお世話になったのは事実である。ティナが階段から落ちたときも助けてもらったし。
ただ気になることもあるのだ。魔法の授業中にティナが告げた、「落とし穴ができるのは、主人公が殿下を攻略した直後」という言葉――あれがどうも引っ掛かる。
ゲームのルシーは、殿下が好きだったのではないか。密かに好きだった相手を取られたことでプッツンし、とうとう最後の手段に出てしまったのではないかと……。
だとすると、私が殿下をちょっと好きだなぁと思う気持ちもゲームのせい? それとも考えすぎ? ううむ、よく分からない。
悩みながらも日々は過ぎ、あっという間に冬休みが終わった。とりあえずセラとたくさん遊べたのは良かったと思う。
殿下の件は頭の片隅に置いておくとして、新学期は調理部の活動をがんばろう。問題を先送りしているという自覚はあるけど、私はまだ恋愛に積極的にはなれない。もう少しだけ、時間が欲しいのだ。
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