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38 演劇に出る?
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ディオン学園の学園祭は、四月の最初の土曜日に催されるらしい。クラスや学年単位での出し物はないが、クラブによる劇や出店で毎年にぎわうようだ。
二月の終わりごろには各クラブもお祭りの用意を始め、放課後になっても校舎に残る生徒たちが増えた。空き教室や廊下で、看板などの大道具を作る音がカンカンと響いたりする。
私たちの調理部の活動はとても順調だった。暖かくなるにつれ果物も増えてきたから、シロップの種類を考えたり、果肉の量を調節したりと楽しく過ごしている。
休み時間も放課後も、六人で過ごすのが当たり前になってきたある日。昼休みに食堂で過ごしていると、突然ひとりの女子生徒が現れた。眼鏡をかけたおかっぱ頭の怜悧そうな女子で、手に丸めた紙を持っている。
「あのう、何か御用ですか?」
「おめでとう! ルシーフェル嬢とティナ嬢は、めでたく出演者に選ばれたわ!」
そう叫び、手に持った紙を差し出してくる。紙には「アンケート集計結果」の文字があったが、私もティナも訳が分からず首をひねるしかない。
「この方は演劇部の部長を務めておられる、キンバリー様ですわ」
「わたしは兄から聞いたんですけど、学園祭の劇って、毎年アンケートで出演者を決めるみたいですよ。人気を集めた人たちで役を割り振るんですって」
イレーヌとウェインディが説明してくれたので、ようやく話がつかめてきた。なるほど、朝に校門のあたりでアンケートを取っていたのは演劇部の人たちだったのか。
紙には生徒の名前がずらりと並んでいたが、確かに私とティナの部分は数字が多かった。紙を覗き込んだクラリッサがふふんと笑う。
「まぁ当然の結果ですわね。お二人は何かと目立っておられますし、学園でもトップクラスの美しさですもの」
う、美しさ!? ティナはともかく、私はどうだろう。お母さまに似ているという自覚はあるけど、まだそこまで自信を持てない……。
私の横でティナもモジモジしている。
「で、でも……劇ってわたしみたいなド素人がやって大丈夫なんでしょうか。演劇部のひとたちでやったほうがいいのでは?」
ティナの疑問に、キンバリーはふっと笑って首を横にふった。気のせいか彼女の瞳に、サイモンに似た雰囲気を感じる。道を極めすぎて、突き抜けちゃった的な。
「私たちの情熱は、劇を演じることではなく、劇を作り上げることに向けられているの。その劇に合わせて最適な役者を選ぶのが私たちの仕事――いえ、使命なのよ!」
「そ、そうですか……」
私とティナは視線をあわせ、こくりと頷いた。もうあきらめて演劇部の要請を受けよう。キンバリーの情熱を見てたら、今さら「いやだ」なんて言えそうにない。アリシア達も嬉しそうな顔してるし……。
「ところで、なんの劇をやるんですか?」
「灰かぶり姫よ。義母と義姉にいじめられる良家のお嬢さまが、舞踏会で出会った王子さまに一目ぼれされて幸せになるお話。今回は誰でも知っている話にしたわ」
ああ、シンデレラのパクリみたいな話か。と、いうことは――。
「私、魔法使いのおばあさんをやりたいです!」
「えっ」
右手をビシィッ!と挙げて高らかに宣言すると、急に場がシンと静まり返った。誰もが愕然とした顔で私を見ている。
「どうしたんですか。何に驚いているの?」
「え、だって……王子さまの役は、殿下にやっていただこうと思ってたのに……。ええ~、どうしよ」
何らかの根回しがあったのか、王家から侯爵家に婚約の打診があったという事実はほとんどの生徒が知っている。いや、本当は分かってるけどね。殿下が何かしたんだろう。でも劇のなかでぐらい、自由に役を選ばせてほしいものだ。
キンバリーが額に手を当てて唸りだしたので、私はティナにちらりと視線を送った。ティナが主役をやったらいいよ。カイラーは多分、ティナのこと気に入ってるし。
「る、ルシー様が主役をやるべきじゃないの? だって殿下は……」
「殿下は多忙でしょうし、王子さま役はカイラー様でもいいでしょう。私は魔法使いになりたい。劇のなかでぐらい、魔法を使える人になりたいのです」
ああ、なるほどね……――という雰囲気があたりに満ちた。みんなの憐れむような眼差しが痛い。もうそっとしといてください。
「キンバリー嬢さえ良ければ、私から殿下とカイラー様に劇の話をしましょうか?」
「そ、そうですね。じゃあお願いしようかしら」
よし、OKが出た。殿下に王子役の話が行くまえに、カイラーを説得してしまおう。
私はこくりと頷き、食堂を出て上の階に向かった。二年生の教室は二階にあり、休み時間とあって生徒達が賑やかにお喋りしている。
廊下から教室のなかを覗くと、窓際の席にすわる金と赤の少年が見えた。二人のまわりだけやけにキラキラと眩しい。電磁波でも出しているんだろうか。
廊下のほうを向いて座っていたカイラーが私に気付き、ニッと笑って殿下に知らせる。振り返った殿下は私を見て微笑み、こちらへ歩いてきた。
「ルシー嬢が二年生の部屋に来てくれるなんて珍しいな。どうかしたのかい?」
「あのう……実はキンバリー嬢から、劇の話を聞きまして」
「あー、出演者に選ばれたんだな。良かったじゃん!」
他人事のように私の報告をきくカイラー。あなたにも関係ある話ですよ。
「今年は灰かぶり姫の劇をやるそうです。で、私は魔法使いのおばあさんをやりたいので、姫役はティナにやってもらおうかという話になりまして……」
「なるほど。それで王子の役を、僕かカイラーのどちらかにやって欲しいんだな?」
「はい、そうです」
「ひ、姫役がティナか……。その、俺は別に、やれと言われたら何でもやるけど。でも本当なら、殿下が王子役なんじゃねーの?」
「僕はいいよ。灰かぶり姫は劇中で風を起こすシーンがあったから、僕が魔法を使ってルシー嬢を手伝ってあげる」
「で、殿下……」
「ひゃー、そういう事さらっと言えるのマジですげぇな。甘い! 砂糖みてーに甘いぜ!」
カイラーめ、甘いあまいとウルサイよ。せっかく少しだけ殿下にきゅんとしかけてたのに……。はぁ、私ってやっぱり殿下が好きなのかな。優しくされると気持ちが揺らいでしまう。
二人の了解を得たので、急いで食堂へ戻った。キンバリーはまだ食堂にいて、ティナと何かを話し込んでいる。
私はさっそくキンバリーにカイラーの件を報告したが、彼女は「良かった」ととても喜んでくれた。でも殿下が裏方にまわった話をしたら地獄に落ちたかのような暗い顔になったので、すごく申し訳ない気分になった。すみません。劇がんばるので許してください。
二月の終わりごろには各クラブもお祭りの用意を始め、放課後になっても校舎に残る生徒たちが増えた。空き教室や廊下で、看板などの大道具を作る音がカンカンと響いたりする。
私たちの調理部の活動はとても順調だった。暖かくなるにつれ果物も増えてきたから、シロップの種類を考えたり、果肉の量を調節したりと楽しく過ごしている。
休み時間も放課後も、六人で過ごすのが当たり前になってきたある日。昼休みに食堂で過ごしていると、突然ひとりの女子生徒が現れた。眼鏡をかけたおかっぱ頭の怜悧そうな女子で、手に丸めた紙を持っている。
「あのう、何か御用ですか?」
「おめでとう! ルシーフェル嬢とティナ嬢は、めでたく出演者に選ばれたわ!」
そう叫び、手に持った紙を差し出してくる。紙には「アンケート集計結果」の文字があったが、私もティナも訳が分からず首をひねるしかない。
「この方は演劇部の部長を務めておられる、キンバリー様ですわ」
「わたしは兄から聞いたんですけど、学園祭の劇って、毎年アンケートで出演者を決めるみたいですよ。人気を集めた人たちで役を割り振るんですって」
イレーヌとウェインディが説明してくれたので、ようやく話がつかめてきた。なるほど、朝に校門のあたりでアンケートを取っていたのは演劇部の人たちだったのか。
紙には生徒の名前がずらりと並んでいたが、確かに私とティナの部分は数字が多かった。紙を覗き込んだクラリッサがふふんと笑う。
「まぁ当然の結果ですわね。お二人は何かと目立っておられますし、学園でもトップクラスの美しさですもの」
う、美しさ!? ティナはともかく、私はどうだろう。お母さまに似ているという自覚はあるけど、まだそこまで自信を持てない……。
私の横でティナもモジモジしている。
「で、でも……劇ってわたしみたいなド素人がやって大丈夫なんでしょうか。演劇部のひとたちでやったほうがいいのでは?」
ティナの疑問に、キンバリーはふっと笑って首を横にふった。気のせいか彼女の瞳に、サイモンに似た雰囲気を感じる。道を極めすぎて、突き抜けちゃった的な。
「私たちの情熱は、劇を演じることではなく、劇を作り上げることに向けられているの。その劇に合わせて最適な役者を選ぶのが私たちの仕事――いえ、使命なのよ!」
「そ、そうですか……」
私とティナは視線をあわせ、こくりと頷いた。もうあきらめて演劇部の要請を受けよう。キンバリーの情熱を見てたら、今さら「いやだ」なんて言えそうにない。アリシア達も嬉しそうな顔してるし……。
「ところで、なんの劇をやるんですか?」
「灰かぶり姫よ。義母と義姉にいじめられる良家のお嬢さまが、舞踏会で出会った王子さまに一目ぼれされて幸せになるお話。今回は誰でも知っている話にしたわ」
ああ、シンデレラのパクリみたいな話か。と、いうことは――。
「私、魔法使いのおばあさんをやりたいです!」
「えっ」
右手をビシィッ!と挙げて高らかに宣言すると、急に場がシンと静まり返った。誰もが愕然とした顔で私を見ている。
「どうしたんですか。何に驚いているの?」
「え、だって……王子さまの役は、殿下にやっていただこうと思ってたのに……。ええ~、どうしよ」
何らかの根回しがあったのか、王家から侯爵家に婚約の打診があったという事実はほとんどの生徒が知っている。いや、本当は分かってるけどね。殿下が何かしたんだろう。でも劇のなかでぐらい、自由に役を選ばせてほしいものだ。
キンバリーが額に手を当てて唸りだしたので、私はティナにちらりと視線を送った。ティナが主役をやったらいいよ。カイラーは多分、ティナのこと気に入ってるし。
「る、ルシー様が主役をやるべきじゃないの? だって殿下は……」
「殿下は多忙でしょうし、王子さま役はカイラー様でもいいでしょう。私は魔法使いになりたい。劇のなかでぐらい、魔法を使える人になりたいのです」
ああ、なるほどね……――という雰囲気があたりに満ちた。みんなの憐れむような眼差しが痛い。もうそっとしといてください。
「キンバリー嬢さえ良ければ、私から殿下とカイラー様に劇の話をしましょうか?」
「そ、そうですね。じゃあお願いしようかしら」
よし、OKが出た。殿下に王子役の話が行くまえに、カイラーを説得してしまおう。
私はこくりと頷き、食堂を出て上の階に向かった。二年生の教室は二階にあり、休み時間とあって生徒達が賑やかにお喋りしている。
廊下から教室のなかを覗くと、窓際の席にすわる金と赤の少年が見えた。二人のまわりだけやけにキラキラと眩しい。電磁波でも出しているんだろうか。
廊下のほうを向いて座っていたカイラーが私に気付き、ニッと笑って殿下に知らせる。振り返った殿下は私を見て微笑み、こちらへ歩いてきた。
「ルシー嬢が二年生の部屋に来てくれるなんて珍しいな。どうかしたのかい?」
「あのう……実はキンバリー嬢から、劇の話を聞きまして」
「あー、出演者に選ばれたんだな。良かったじゃん!」
他人事のように私の報告をきくカイラー。あなたにも関係ある話ですよ。
「今年は灰かぶり姫の劇をやるそうです。で、私は魔法使いのおばあさんをやりたいので、姫役はティナにやってもらおうかという話になりまして……」
「なるほど。それで王子の役を、僕かカイラーのどちらかにやって欲しいんだな?」
「はい、そうです」
「ひ、姫役がティナか……。その、俺は別に、やれと言われたら何でもやるけど。でも本当なら、殿下が王子役なんじゃねーの?」
「僕はいいよ。灰かぶり姫は劇中で風を起こすシーンがあったから、僕が魔法を使ってルシー嬢を手伝ってあげる」
「で、殿下……」
「ひゃー、そういう事さらっと言えるのマジですげぇな。甘い! 砂糖みてーに甘いぜ!」
カイラーめ、甘いあまいとウルサイよ。せっかく少しだけ殿下にきゅんとしかけてたのに……。はぁ、私ってやっぱり殿下が好きなのかな。優しくされると気持ちが揺らいでしまう。
二人の了解を得たので、急いで食堂へ戻った。キンバリーはまだ食堂にいて、ティナと何かを話し込んでいる。
私はさっそくキンバリーにカイラーの件を報告したが、彼女は「良かった」ととても喜んでくれた。でも殿下が裏方にまわった話をしたら地獄に落ちたかのような暗い顔になったので、すごく申し訳ない気分になった。すみません。劇がんばるので許してください。
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