地味女だけど次期社長と同棲してます。―昔こっぴどく振った男の子が、実は御曹子でした―

千堂みくま

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35 二人きりの旅行2

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 翌日は普段よりずっと遅い時刻に起きた。もう朝食の時間が終わる頃だ。着ていた備え付けの浴衣を脱いで身支度を整えると、綾太さんは少し寂しそうな顔をしている。

「なに? どうしたの」

「いや……。真梨花は本当に和装が似合うからさ。でも夜にまた浴衣姿が見れるんだからいいか」

「着てもすぐ脱がすくせに……」

 低い声でぼそっと苦情を言うと、彼はまったく反省してない顔で笑っている。昨夜はお風呂上りに浴衣を着たものの、久しぶりの着物を堪能する暇はほとんどなかった。平織りの木綿地に百合の花の模様が入った可愛い浴衣だったが、すぐ脱ぐことに――というより脱がされることになったので。

 でも恋人と二人きりの旅行でこんな事態になるのは当然予想していたことだから、綾太さんを怒る気持ちなんか全然ない。ただ恥ずかしいだけだ。
 勇気を振り絞って彼の部屋のドアをノックしたあの夜から、私はかなりハイペースで経験を積んでいる。生き急いでいるような感覚があるが私の寿命は大丈夫だろうか。

 部屋を出た私と綾太さんは朝食の会場で好きなものを好きなだけ食べ、部屋に戻ってお茶を飲んでから出掛けることにした。あまり遠出する予定はない。温泉街をぶらつくだけである。


 温泉地とあって観光客は多かったが、東京から遠く離れた場所なので知り合いに出会う事もなかった。蒸し饅頭の有名な店で会社の人向けにお土産を買い、自分のためにキーホルダーを選んだりする。
ご当地キーホルダーが意外と可愛かったから、ふたつ買って千穂先輩にひとつあげよう。

 昼食も外で取って部屋に戻ってきたのだが、夕方頃になって事件は起きた。いや、最初は事件という感覚はなかった。ただ私のスマホに電話がかかってきただけで、それが大事件に発展するとは全く予想もしていなかった。

「あ、電話だ」

「お母さん?」

「うん。ちょっと話してくるね」

 母は京都に移って叔母一家とのんびり暮らしているが、やはり東京に残してきた一人娘がかなり気になるらしい。月に二度のペースで電話があり、その度に大丈夫だと報告している。今回も同じことを訊かれるだろう。
 リビングになった部屋から離れ、洗面スペースのある場所でロックを解除する。

「もしもし?」

『真梨花、私よ。どう? 元気でやってる?』

「やってるよ。少し寒くなってきたけどお母さんの体調はどう? 京都のほうが寒いでしょ」

『寒いわよぉ。京都は底冷えするからね。でも涼子と雄二さんのお陰で体調はいいわ。ところで真梨花、すごいマンションに住んでるわね』

「えっ……」

 母の言葉にしばし絶句する。住所を知らせてから一ヶ月たっても何も言わないから、あの高級マンションについては気にしていないんだろうと思っていた。なのになぜ、今それを言うのか。

『涼子がタブレットっていう機械を使って写真を見せてくれたのよ。今は地図から写真も見れるのね。私はスマホとか使うのが苦手で、今まで知らなかったわ』

「そ、そうだったんだ。もう知ってるかと思ってた」

『しかも真梨花の住所だと、最上階に近いとこに住んでるんじゃないの?』

「……いや、そんなことは」

 近いどころか最上階なんだけど。

『賃貸だとしても、かなりのお金が掛かってるでしょう。彼氏さんとお金は折半してるの? それとも分譲かしら。どっち?』

「さ、さあ……そう言えば訊いたことなかったかも」

『付き合ってるのに知らないの? 本当にそこに住んでるんでしょうね。私を安心させるために、住所だけ借りました――なんて事ないわよね?』

「ないよ。本当にそこに住んでるって」

『彼氏さんの写真だって送ってこないし……。今そこに真梨花の彼氏さんいるの? いるんだったらせめて声ぐらい聞かせてくれないかしら』

 あああ……。もうどう答えるのがベストなのかよく分からない。いないと答えたら嘘かと疑われるだろうし、ここで綾太さんに出てもらったら母は結婚を約束する流れに持って行く気じゃないだろうか。でも綾太さんなら、母の圧力からうまくのがれられる――かも?

『ちょっと真梨花。聞いてる?』

「き、きいてるけど……私の彼氏はすごく多忙なひとで、今はマンションにいないの。また今度、電話に出てもらうから」

『そうやってまた今度、また今度と延ばしてきたじゃないの。何時だったらお家にいる方なの? 時間をずらして掛けるわ』

 もう無理かも。
 絶望的な気持ちになった瞬間、私の手からスマホが抜き取られた。

「――あれ?」

「もしもし。突然電話を代わってすみません。僕は真梨花さんとお付き合いをさせて頂いている者で、北条綾太と申します」

「なっ……!? 綾太さん!」
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