8 / 8
墓守
狂気
しおりを挟むカイルが去った後の墓地は、再び元の静寂を取り戻したかに見えた。 しかし、その静寂は不吉な予兆を孕んでいた。結界の綻びを潜り抜け、枯れ葉を踏みしだく軽薄な足音が、教会の聖域へと近づいてくる。
シグネは銀の杖を握りしめ、教会の入り口に立った。 「……カイルか? 忘れ物でも――」
だが、そこに立っていたのはカイルではなかった。羽のついた帽子を被り、汚れた革鎧を纏った男。その瞳には「夢の狂気」が爛々と輝き、常人ならざる歪んだ悦楽の色が浮かんでいる。
「おや……これは驚いた。こんな森の奥底に、こんなにも美しい『お人形』が隠れていたなんて」 狂った狩人は、シグネの銀髪と灰色の瞳、そして人を超越した魔術的な美貌を舐めるように眺め、下卑た笑みを浮かべた。 「いい。すごくいい。女型の魔物もいいけれど、君のような『混じりもの』はもっと最高だ。……よし、決めた。君を僕のペットにしよう。飽きるまで可愛がって、その後は……あはは、お気に入りの子に食べさせてあげるよ」
狩人が手斧を抜き、獣のような俊敏さで距離を詰めようとした。
「……身の程を知れ、汚らわしい野良犬が」 シグネの瞳に、極北の氷のような冷徹な怒りが宿る。彼女が杖を地面に突き立て、低く唱えた。 「――『森の手』よ」
刹那、周囲の墓標に絡みついていた古びた蔦が、まるで意思を持つ巨大な触手のようにのたうった。それらは一瞬にして狩人の両足、そして腕に巻き付き、地面へと強く縫い止めた。
「ぐっ、あはは! 面白い、植物が僕を抱きしめてくれるのかい?」 拘束されてなお、狩人は悦悦として笑っている。その異常性に、シグネの背筋に冷たいものが走った。
「黙れ。その口を二度と開けぬようにしてやろうか」 シグネは銀の杖を狩人の眉間に向け、魔力を一点に収束させた。 「『烈弾』!」
轟音と共に、シグネの放った魔法の弾丸が、狩人の耳元をかすめて背後の大石を粉々に粉砕した。弾けた石礫が狩人の頬を切り、鮮血が流れる。
「……次はない。その狂った頭を消し飛ばされたくなければ、今すぐ去ね。二度とこの場所へ足を踏み入れるな」
蔦の拘束を解くと、狩人は地面に手をつき、流れる血を指で拭ってそれを舐めた。そして、まるで最上の贈り物をもらった子供のような顔で、気味悪く笑ったのだ。
「あはは、あははは! 怖いなぁ、最高だ。君の名前は? ……いや、いい。また来るよ。君がその杖で僕を壊してくれるまで、何度でもね!」
狩人は嬉々とした声を上げ、脱兎のごとく霧の中へと消えていった。
一人残された墓地で、シグネは杖を握る手の震えを止めることができなかった。 今まで数多の魔物や墓暴きを追い払ってきたが、あのような「純粋な狂気」を向けられたのは初めてだった。神の夢に蝕まれた世界には、カイルのような愚直な善性だけでなく、救いようのない深淵も広がっている。
「……カイル……」
無意識に、去っていった男の名を呟いていた。 自分を蝕む孤独の病に、今度は「恐怖」という名の影が混じり始めた。シグネは法衣の残り香がまだ漂う教会の扉を固く閉ざし、暗い聖堂の中で一人、身を震わせた。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
裏切者には神罰を
夜桜
恋愛
幸せな生活は途端に終わりを告げた。
辺境伯令嬢フィリス・クラインは毒殺、暗殺、撲殺、絞殺、刺殺――あらゆる方法で婚約者の伯爵ハンスから命を狙われた。
けれど、フィリスは全てをある能力で神回避していた。
あまりの殺意に復讐を決め、ハンスを逆に地獄へ送る。
国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。
樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。
ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。
国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。
「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」
義務ですもの。
あんど もあ
ファンタジー
貴族令嬢の義務として親の決めた相手に嫁いだが、夫には愛する人がいた。夫にないがしろにされても、妻として母として嫁としての義務を果たして誠実に生きたヒロインの掴んだ、ちょっと歪んだ幸せとは。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる