夢の霧

物部五十琴

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墓守

狂気

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カイルが去った後の墓地は、再び元の静寂を取り戻したかに見えた。 しかし、その静寂は不吉な予兆を孕んでいた。結界の綻びを潜り抜け、枯れ葉を踏みしだく軽薄な足音が、教会の聖域へと近づいてくる。

シグネは銀の杖を握りしめ、教会の入り口に立った。 「……カイルか? 忘れ物でも――」

だが、そこに立っていたのはカイルではなかった。羽のついた帽子を被り、汚れた革鎧を纏った男。その瞳には「夢の狂気」が爛々と輝き、常人ならざる歪んだ悦楽の色が浮かんでいる。

「おや……これは驚いた。こんな森の奥底に、こんなにも美しい『お人形』が隠れていたなんて」 狂った狩人は、シグネの銀髪と灰色の瞳、そして人を超越した魔術的な美貌を舐めるように眺め、下卑た笑みを浮かべた。 「いい。すごくいい。女型の魔物もいいけれど、君のような『混じりもの』はもっと最高だ。……よし、決めた。君を僕のペットにしよう。飽きるまで可愛がって、その後は……あはは、お気に入りの子に食べさせてあげるよ」

狩人が手斧を抜き、獣のような俊敏さで距離を詰めようとした。

「……身の程を知れ、汚らわしい野良犬が」 シグネの瞳に、極北の氷のような冷徹な怒りが宿る。彼女が杖を地面に突き立て、低く唱えた。 「――『森の手』よ」

刹那、周囲の墓標に絡みついていた古びた蔦が、まるで意思を持つ巨大な触手のようにのたうった。それらは一瞬にして狩人の両足、そして腕に巻き付き、地面へと強く縫い止めた。

「ぐっ、あはは! 面白い、植物が僕を抱きしめてくれるのかい?」 拘束されてなお、狩人は悦悦として笑っている。その異常性に、シグネの背筋に冷たいものが走った。

「黙れ。その口を二度と開けぬようにしてやろうか」 シグネは銀の杖を狩人の眉間に向け、魔力を一点に収束させた。 「『烈弾』!」

轟音と共に、シグネの放った魔法の弾丸が、狩人の耳元をかすめて背後の大石を粉々に粉砕した。弾けた石礫が狩人の頬を切り、鮮血が流れる。

「……次はない。その狂った頭を消し飛ばされたくなければ、今すぐ去ね。二度とこの場所へ足を踏み入れるな」

蔦の拘束を解くと、狩人は地面に手をつき、流れる血を指で拭ってそれを舐めた。そして、まるで最上の贈り物をもらった子供のような顔で、気味悪く笑ったのだ。

「あはは、あははは! 怖いなぁ、最高だ。君の名前は? ……いや、いい。また来るよ。君がその杖で僕を壊してくれるまで、何度でもね!」

狩人は嬉々とした声を上げ、脱兎のごとく霧の中へと消えていった。

一人残された墓地で、シグネは杖を握る手の震えを止めることができなかった。 今まで数多の魔物や墓暴きを追い払ってきたが、あのような「純粋な狂気」を向けられたのは初めてだった。神の夢に蝕まれた世界には、カイルのような愚直な善性だけでなく、救いようのない深淵も広がっている。

「……カイル……」

無意識に、去っていった男の名を呟いていた。 自分を蝕む孤独の病に、今度は「恐怖」という名の影が混じり始めた。シグネは法衣の残り香がまだ漂う教会の扉を固く閉ざし、暗い聖堂の中で一人、身を震わせた。
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