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墓守
また今度
しおりを挟む窓から差し込む朝陽が、教会の煤けた石壁を白く染めていた。
シグネがゆっくりと意識を浮上させると、まず感じたのは心地よい重みと、自分以外の誰かの温もり、そして清潔な布の匂いだった。 「……あ」 肩に掛けられていたのは、金糸の刺繍が施されたカイルの黒い法衣だった。昨夜の気まずさを思い出し、彼女は一気に顔を赤くしたが、すぐに辺りを見回した。床にいたはずの巨躯は、そこにはない。
「どこへ行った、あの不浄な男は……」
法衣を丁寧に畳んで腕に抱え、腰の痛みを気にしながら立ち上がると、礼拝堂の奥から香ばしい匂いが漂ってきた。誘われるように台所へ向かうと、そこには法衣を脱ぎ、シャツ一枚で甲斐甲斐しく鍋をかき混ぜるカイルの背中があった。
「起きたか。腰の具合はどうだ」 「……不法侵入の上に、台所まで占拠するとはいい度胸だ」 「泊めてもらった礼だ。あり合わせの干し肉と、私が持っていた乾燥野菜でスープを作った。食べられるうちに食べておけ」
ぶっきらぼうな言い合いをしながらも、二人は並んで質素な食卓についた。湯気を立てるスープを啜ると、シグネの強張っていた心が温かな液体と共に解けていく。
「……美味いな」 「それは良かった」
食事を終え、カイルは身支度を整えると、昨夜シグネが抱えていた法衣を受け取った。 「シグネ殿。私はこれから軍の基地へ戻る。任務の報告があるからな。……一夜の宿と、何よりこの場所で得た静寂に感謝する」
カイルが教会の重い扉に手をかけた時、背後からシグネが呼び止めた。
「待て、カイル」
彼女は腰のポーチから、古びた、しかし気品のある輝きを放つ白金の指輪を取り出した。表面には細かな古代文字の聖句が刻まれている。彼女はそれをカイルの手のひらに押し付けるように手渡した。
「それは、この教会の守護者に伝わるものだ。……それを持っていれば、次からは迷わずに結界を潜れるだろう。お前のような無警戒な男が、霧の中で野垂れ死ぬのを見るのは寝覚めが悪い」
カイルは指輪の重みを確かめ、驚いたように彼女を見た。
「……いいのか、このような貴重なものを」 「いらぬというなら、その辺の墓の下にでも埋めておけ。……だが」
シグネはふいと顔を背け、銀髪の隙間から赤くなった耳を覗かせながら、消え入りそうな声で付け加えた。
「……気が向いたら、また来るがいい。……ヤギの乳も余っているし、スープの礼も、まだ完全には済んでいないからな」
その言葉に含まれた不器用な情愛に、カイルはわずかに目元を和ませた。 「ああ。必ずまた寄らせてもらう。次はもう少し、良い茶葉を持ってこよう」
重い扉が開き、カイルの背中が森の霧の中へと消えていく。 一人残された教会で、シグネは自分の肩に残った法衣の残り香を振り払うように首を振ったが、その瞳からは、長年彼女を苛んでいた孤独の翳りが、少しだけ晴れているようだった。
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