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墓守
一人じゃない
しおりを挟む「……少し外で夜風にあたってくる。貴女もゆっくり休むといい」
カイルが荷物をまとめ、礼儀正しく教会の外へ出ようとすると、背後からシグネの鋭い声が引き止めた。
「待て。どこへ行くつもりだ」 「外だ。この近くで野営の準備をする」 「愚か者が。結界の綻びから霧が流れ込んでいると言っただろう。今の外で寝るなど、魔物に食わせろと言っているようなものだ」
シグネは顔を背け、ぶっきらぼうに自身の寝台の隣、埃っぽい石畳の床を指差した。 「……ここで寝るがいい。私の目が届く範囲なら、狂気に当てられることもなかろう」
カイルは少し驚いたように眉を上げたが、彼女の頑固な性格を察して「恩に着る」とだけ答え、法衣を床に敷いた。
やがて教会のロウソクが吹き消され、窓から差し込む淡い月光だけが二人を照らす。寝台に横たわるシグネと、床に巨躯を横たえるカイル。暗闇の中で、衣擦れの音だけが微かに響いた。
「……カイル」 シグネが静かに口を開いた。 「今、外の世界はどうなっている。……私がここに引きこもってから、もう随分と時が流れた」
カイルは天井を見つめたまま、低く、穏やかな声で語り始めた。 「……文明の多くは未だ霧の向こうだ。残った人々は、かつての版図を取り戻そうと足掻いている。私たちもその一つだ。森を切り拓き、道を繋ごうとしている。だが、魔物の勢いは衰えず、人類は未だ危機の中にいる……」
カイルは、エイラのこと、失われた地図のこと、そして「夢の月」がもたらす絶望について、淡々と、しかし慈しむように語り続けた。
「……それでも、諦めない者たちがいる。夜明けを信じて、泥を啜りながらも前へ進もうとする者たちが……」
「……そう、か。まだ、戦っているのだな……人は……」
シグネの相槌は、最初は冷ややかだったが、次第に深く、小さくなっていった。 長く、あまりに長く孤独に耐え続けてきた彼女にとって、カイルの低い声は、かつてこの教会に満ちていた仲間の語らいを思い出させる安らぎの調べだった。
「……霧の……先……」
カイルの話が、かつての街道を再建する展望に差し掛かった頃、隣から聞こえる呼吸の音が、規則正しく、深いものに変わった。 カイルが言葉を止め、横を向くと、そこには眉間の皺を緩め、幼子のように眠りに落ちたシグネの横顔があった。
彼女もまた、限界だったのだろう。腰の痛み以上に、孤独という狂気に。
カイルは静かに立ち上がり、脱ぎ捨てていた自分の法衣を、冷えないように彼女の肩へとそっと掛けた。そして再び床に横たわると、神殿の守護者のように目を閉じ、静かに夜明けを待った。
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