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墓守
融解
しおりを挟む気まずい沈黙を破ったのは、カイルが立ち上がる足音だった。 彼は勝手知ったる様子で教会の隅にある簡素な台所へ向かうと、棚にあった蜂蜜の瓶と、ヤギの乳を見つけ出した。
「勝手に使うぞ。……今の貴女には滋養が必要だ」
「勝手な男……。毒でも盛るつもりか」 シグネは寝台に顔を伏せたまま毒突いたが、やがて漂ってきた甘く温かな香りに、喉が鳴るのを抑えられなかった。
カイルが差し出したのは、湯気を立てる木製のマグカップだった。 「飲め。温かいうちにだ」
「……命令するな」 シグネは不機嫌そうに身を起こそうとして、再び腰に走った鈍痛に眉をひそめた。カイルはその大きな手で、彼女の細い背中をさりげなく支える。その無骨なまでの「圧」に抗う気力が失せたのか、シグネは忌々しげにカップを受け取り、一口含んだ。
蜂蜜の濃厚な甘みと、ヤギの乳の優しい熱が、凝り固まっていた彼女の身体の芯を解いていく。
「……甘すぎる」 吐き捨てるように言ったが、二口目、三口目と運ぶ手は止まらなかった。
温かな液体が胃に落ちるたび、シグネは自覚せざるを得なかった。この数十年、自分は誰かに「温かなもの」を差し出されたことがあっただろうか。 不老の孤独の中で、墓石と対話し、夢の霧を拒絶し続ける日々。結界の綻びから入り込んだ狂気は、彼女の心を尖らせ、他者の体温を「不浄」と断じることで自分を保とうとしていた。だが、この男の愚直なまでの介抱は、そんな彼女の防壁をあまりに容易く踏み越えてきた。
「……すまない」
不意に、消え入るような声がシグネの唇から漏れた。
「え?」 カイルが聞き返すと、彼女は赤らんだ顔を隠すようにマグカップを見つめた。
「貴公を……墓暴きだの背教者だのと罵ったことだ。少し、この森の静寂に毒されていたようだ。……貴公の優しさは、神学的に見ればあまりに無警戒で、愚かしい。だが、今の私には……その愚かさが、毒よりも効いたようだ」
シグネは一口、最後の一滴を飲み干すと、ふぅと長い息を吐いた。
「……シグネだ」「……私の名だ。一度しか言わないから忘れるな」
彼女は初めて、灰色の瞳に刺々しい拒絶の色を消して、カイルを正面から見た。そこにあるのはただ長く暗い夜を独りで歩んできた旅人が、偶然出会った別の旅人に向ける、一抹の敬意と信頼と同じものだった。
「カイル、と言ったか。……貴公の即席の湿布とやらは、どうやら悪くないらしい。少しだけ、痛みが引いた」
シグネは不機嫌そうな眉根を寄せてはいたが、その声には先ほどまでの殺伐とした冷たさは消えていた。二人の間に流れる空気は依然としてぎこちなかったが、それはもはや、互いを拒むための気まずさではなかった。
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