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墓守
聖域
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カイルが解任されてから、数ヶ月が経過した。 彼は宣言通り、第3軍の最下層から這い上がるべく、他の誰もが嫌がる過酷な任務を淡々とこなしていた。
今回の任務は、原生林深部の未踏破地域における「植生調査」。重要度は高いが、生還率の低さとあまりの地味さに志願者のいない「捨て駒」のような仕事だ。
「……これだけの深部。神の夢もよほど深いと見える」
カイルは、身の丈を超えるシダ植物をモーニングスターで払い除け、目的の木の葉を採取していた。霧は濃く、方向感覚さえ狂わせる。しかし、大木を回った瞬間、不自然に霧が晴れ、視界が劇的に開けた。
そこにあったのは、見渡す限りの墓標だった。 苔むし、長い歳月に洗われた無数の十字架。その中心には、崩れかけながらも奇跡的な神々しさを保つ古い石造りの教会が聳えている。
「……何という場所だ。森の奥深くに、これほど静謐な祈りの場が遺されていたとは」
カイルは思わず膝をつき、胸の前で印を結んだ。 だが、その敬虔な静寂を、冷徹な女の声が切り裂いた。
「迷い人、或いは墓暴きか。どちらでもよいがすぐに去ね。ここは薄汚いネズミがいてよいところではない」
教会の影から現れたのは、喪服のような黒衣に身を包んだ、銀髪の魔女だった。カイルに劣らぬ長身でありながら、その姿にはどこか幽世の儚さが漂っている。彼女が手にした銀の杖の宝石が、不気味な緑色の光を放った。
カイルは立ち上がり、静かに答えた。 「私は王国軍の者。不法に立ち入ったつもりはないが、もしここが貴女の聖域であるなら謝罪しよう」
魔女の灰色の瞳が、カイルの法衣と、その手に握られた物騒なモーニングスターを交互に捉えた。 「法衣を纏いながら武器を握るとは。神の教えを、暴力で汚す背教者か。それとも、鉄屑を振るうことしかできぬ無能な羊飼いか?」
「私は戦僧侶。戦うことが私の神意であり、守るべき者のための盾だ」
その答えに、魔女は鼻で笑った。 「傲慢なことだ。暴力で守れるものなど、この墓地にある土くれと同じよ。お前の顔など二度と見たくない。立ち去れと言っている。」
彼女が踵を返そうとした、その時だった。 「……あぐっ」 不意に魔女が腰を押さえ、苦悶の表情でその場に崩れ落ちた。
「貴女、大丈夫か!」 「寄るな、汚らわしい……っ、離せと言っている!」
カイルは拒絶の声を無視し、彼女を軽々と抱き上げた。 「腰を痛めているのだろう。聖職者の端くれとして、病人を見捨てろという教義は持ち合わせていない。住処はあの教会か?」
「悪趣味な男め……。あそこ以外に、どこがあるというのだ」
悪態をつきながらも、魔女はそれ以上抵抗する力がなかった。教会の中は外見以上に荒れ果て、孤独な生活の匂いが染み付いていた。カイルは彼女を古びた寝台に下ろすと、躊躇なくその背中の服を捲り上げた。
「なっ……な、何を……っ! 恥を知れ、この不浄な男!」 「動くな。応急処置だ」
真っ赤になって怒鳴る魔女を片手で抑え、カイルは採取したばかりの薬効のある木の葉をすり潰し、即興の湿布を作って彼女の白い腰へと貼り付けた。 冷たい感触に、彼女は「ひゃっ」と短い声を上げ、顔を枕に埋めて黙り込んだ。
しばらくして、激しい痛みが引いたのか、魔女は不機嫌そうに横たわったまま、背後で後片付けをするカイルを睨みつけた。
「……貴公、名は」 カイルが問いかけた。
「……去ねと言ったはずだ。名乗るほどの仲ではない」
彼女は頑なに答えず、灰色の瞳を背けた。 教会の窓から差し込む薄暗い光の中で、頑固な墓守と、戦うことを選んだ僧侶の間に、ひどく気まずく、重たい沈黙が流れていた。
今回の任務は、原生林深部の未踏破地域における「植生調査」。重要度は高いが、生還率の低さとあまりの地味さに志願者のいない「捨て駒」のような仕事だ。
「……これだけの深部。神の夢もよほど深いと見える」
カイルは、身の丈を超えるシダ植物をモーニングスターで払い除け、目的の木の葉を採取していた。霧は濃く、方向感覚さえ狂わせる。しかし、大木を回った瞬間、不自然に霧が晴れ、視界が劇的に開けた。
そこにあったのは、見渡す限りの墓標だった。 苔むし、長い歳月に洗われた無数の十字架。その中心には、崩れかけながらも奇跡的な神々しさを保つ古い石造りの教会が聳えている。
「……何という場所だ。森の奥深くに、これほど静謐な祈りの場が遺されていたとは」
カイルは思わず膝をつき、胸の前で印を結んだ。 だが、その敬虔な静寂を、冷徹な女の声が切り裂いた。
「迷い人、或いは墓暴きか。どちらでもよいがすぐに去ね。ここは薄汚いネズミがいてよいところではない」
教会の影から現れたのは、喪服のような黒衣に身を包んだ、銀髪の魔女だった。カイルに劣らぬ長身でありながら、その姿にはどこか幽世の儚さが漂っている。彼女が手にした銀の杖の宝石が、不気味な緑色の光を放った。
カイルは立ち上がり、静かに答えた。 「私は王国軍の者。不法に立ち入ったつもりはないが、もしここが貴女の聖域であるなら謝罪しよう」
魔女の灰色の瞳が、カイルの法衣と、その手に握られた物騒なモーニングスターを交互に捉えた。 「法衣を纏いながら武器を握るとは。神の教えを、暴力で汚す背教者か。それとも、鉄屑を振るうことしかできぬ無能な羊飼いか?」
「私は戦僧侶。戦うことが私の神意であり、守るべき者のための盾だ」
その答えに、魔女は鼻で笑った。 「傲慢なことだ。暴力で守れるものなど、この墓地にある土くれと同じよ。お前の顔など二度と見たくない。立ち去れと言っている。」
彼女が踵を返そうとした、その時だった。 「……あぐっ」 不意に魔女が腰を押さえ、苦悶の表情でその場に崩れ落ちた。
「貴女、大丈夫か!」 「寄るな、汚らわしい……っ、離せと言っている!」
カイルは拒絶の声を無視し、彼女を軽々と抱き上げた。 「腰を痛めているのだろう。聖職者の端くれとして、病人を見捨てろという教義は持ち合わせていない。住処はあの教会か?」
「悪趣味な男め……。あそこ以外に、どこがあるというのだ」
悪態をつきながらも、魔女はそれ以上抵抗する力がなかった。教会の中は外見以上に荒れ果て、孤独な生活の匂いが染み付いていた。カイルは彼女を古びた寝台に下ろすと、躊躇なくその背中の服を捲り上げた。
「なっ……な、何を……っ! 恥を知れ、この不浄な男!」 「動くな。応急処置だ」
真っ赤になって怒鳴る魔女を片手で抑え、カイルは採取したばかりの薬効のある木の葉をすり潰し、即興の湿布を作って彼女の白い腰へと貼り付けた。 冷たい感触に、彼女は「ひゃっ」と短い声を上げ、顔を枕に埋めて黙り込んだ。
しばらくして、激しい痛みが引いたのか、魔女は不機嫌そうに横たわったまま、背後で後片付けをするカイルを睨みつけた。
「……貴公、名は」 カイルが問いかけた。
「……去ねと言ったはずだ。名乗るほどの仲ではない」
彼女は頑なに答えず、灰色の瞳を背けた。 教会の窓から差し込む薄暗い光の中で、頑固な墓守と、戦うことを選んだ僧侶の間に、ひどく気まずく、重たい沈黙が流れていた。
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