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墓守
慟哭
しおりを挟む港湾基地にある運営班本部。重苦しい空気が漂う人事官執務室に、革靴と鉄靴の足音が響いた。
正面に座るのは、金縁の丸メガネをかけた禿頭の男、ヤン人事官だ。彼は感情を一切排した石像のような顔で、机の上の書類を見つめていた。
「軍法会議の決定を伝える」
ヤンの声は乾ききっていた。
「……第2番隊隊長カイル。測量機材の著しい損失、および測量士全員の死亡を招いた責任を問い、本日付で隊長職を解任する。後任にはレナードを、副官にはグンナーを任命する。以上だ」
「待ってください、人事官!」 レナードが身を乗り出し、激昂した声を上げた。 「あの状況では誰が指揮を執っても同じでした! 隊長がいなければ、我々戦闘班も全滅していた。現場の判断を無視した不当な処分です!」
「……不当、か」 ヤンは視線を上げ、冷たくレナードを射抜いた。 「軍にとって、測量士一人を育てるのにどれほどの歳月と国費が費やされると思っている。機材一つがどれほど貴重か理解しているのか。現場の苦労など、結果の前では何の言い訳にもならん。下がりたまえ、新隊長」
「人事官ッ!」
「……よせ、レナード」 カイルが重厚な声で制した。 「私は処罰を受け入れる。……行け。隊を頼むぞ」
納得できない表情を浮かべながらも、カイルの有無を言わさぬ眼光に押され、レナードは拳を握りしめたまま、グンナーと共に部屋を後にした。
扉が閉まり、執務室には沈黙が降りた。
カイルは静かに歩み寄り、懐から血と泥に汚れた「それ」を取り出した。片方のレンズが砕け、歪んだ小さな丸メガネ。それをヤンの机の上に、音を立てないよう静かに置いた。
「……エイラ殿の形見です」
ヤンの指先が微かに震えた。だが、表情は崩さない。
「エイラ殿を守れなかったこと、誠に申し訳ございませんでした。人事官……私を、あなたの手でどうしてくれても構いません。軍法会議の処分以上に、あなたが私を罰したいのであれば、この命さえ投げ出す覚悟です」
カイルは巨躯を折り、深く頭を下げた。 しかし、ヤンは鼻で笑うように吐き捨てた。
「……君一人の命で、失われた専門技術者が戻るとでも? 私の仕事は、君をなぶり殺すことではない。軍の帳尻を合わせることだ。失せろ、カイル。たかが一兵卒が私の貴重な時間をこれ以上奪うな。」
冷酷な突き放し。カイルは痛惜の念を抱きながらも、それ以上言葉を重ねることは許されぬと悟り、部屋を退出した。
一人になった執務室。 ヤンは、震える手で懐から一通の手紙を取り出した。
『御父上、お健やかにお過ごしでしょうか。 本日付をもちまして、私は王国軍第3軍測量第3班への配属を下命されました。 幼い頃からの憧れであった御父上と同じ職場で働けること、今はまだ夢心地におります。これまでの勉強が報われた喜びでいっぱいです。 次にお会いする時には、一人前の測量士としての姿をお見せできるよう、日々精進いたします。 御父上も、どうかお体にお気をつけてお過ごしください。―エイラより』
それは、娘が配属された日に、固い文面とは裏腹に弾むような筆致で書かれた手紙だった。 彼は人事官として、娘を最前線の死地へ送り出す書類に、自らの手で印を押した。その判断が「軍人として正しかった」と、自分に言い聞かせ続けてきた。
ヤンは、机の上に置かれた壊れたメガネを手に取った。 彼が娘の成人祝いに、明るい未来を、夜明けへと続く道をを見通せるようにと送った丸メガネ。
喉の奥から、獣のような嗚咽が漏れた。 冷血漢と蔑まれようと、部下たちに禿頭と陰で笑われても構わなかった。ただ、この眼鏡越しに輝いていた娘の瞳を、もう一度だけ見たかった。あの小さな手を、握ってやりたかった。
ヤンは手紙とメガネを抱きしめるように机に突っ伏した。 娘を守れなかったカイルへの憎悪など霞んでしまうほどの娘を死地へ追いやる決断をした自分自身への、逃げ場のない怒りと悲しみ。
暗黒時代の夜明けを願う人類の歴史に刻まれることもない、小さな執務室の片隅で、一人の父親の静かな慟哭だけが雨音に混じって響いていた。
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