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第1話 戸惑っている
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私のいる会社は金属製品のメーカーであり、自社工場を持っている。
そして毎年一名または二名、その工場のラインで働くための製造職として、地元の高校から就職希望者を推薦してもらい、正社員として採用していた。
私は入社三年目から総務部の中での人事担当をやっている。
なので、紹介された高校生を入社まで持っていく採用事務を毎年やってきたのも、この私――
だけれども。
「さすがに『うす』なんて初めてじゃー!」
ダイチくんには小さな会議室に入ってもらい……。
会社説明に必要なモノを用意するため自分の席に一時帰還したとたん、自然とそんな声が出た。
「え、どうしたのアオイさん? いきなり」
「え? あ、ごめん何でもない。あははは」
「?」
真向いの席にいるイシザキくんに拾われてしまったので、笑ってごまかした。
彼は総務部の中で総務・法務を担当している。
中途採用で入ってきたので、まだこの会社では三年目。
年齢は私と一緒で二十七歳。少しオシャレな黒ぶちメガネを付けている。
この会社は大企業ではないので、総務部は他に部長と庶務担当の派遣さんがいるだけ。
計四人の布陣になっている。
私は総務部専用の棚にある会社案内と会社説明会用のDVD、そして小型プロジェクターを手に取り、ダイチくんのいる会議室に向かった。
今日の予定は、午前中が会社説明と採用スケジュールの説明。午後が工場見学だ。
ダイチくんは、楕円形の八人掛け会議用テーブルの手前側。
左から二番目の席に座っていた。
「ええと……あっ、そういえば名刺を渡し忘れてた。ごめんなさいね」
さっきエントランスで会ったときは衝撃的過ぎて、名刺を渡すという大事なことがすっかり頭から飛び去ってしまっていた。
私はダイチくんから見てテーブルの奥側一番左に一度座ってしまったが、席を立って彼に名刺を渡しにいく。
「……」
「――!?」
ぎゃー!
座ったまま、片手で、しかも無言で名刺を受け取られたあ!
頭は下げてくれたけど、これはアウト。
名刺の受け取り方、学校で教わって来なかったの!?
「?」
私のテンパりようを、不思議な顔で見つめているダイチくん。
こ、これはどうすればいいの?
私は迷った。
指摘をするか、しないか。
まだ今の段階ではダイチくんは『お客様』のようなものだ。
今日は学校を通じて会社訪問に来ているに過ぎない。
……うーん。
こういうことは学校のほうで指導してくれるとスムーズなのに。
ちなみに、ダイチくんを紹介してくれた地元の高校は工場の近くにあり、基本的には進学校だ。
九十九パーセントは大学へ進学し、有名大学へ行く生徒も多いと聞いていた。
しかし、それでも年に一人か二人は、さまざまな事情で就職を希望する学生はいる。
うちの会社では毎年その高校に求人票を出しており、そのような就職希望の生徒がいたら紹介してくださいとお願いをしていた。
工場では、若年層をきちんと確保し、年齢層のバランスを維持したい――
という観点から、毎年高校生を製造職として採用する方針にしているためだ。
こちらとしては、優秀で評判の良い高校から学生を採用できるのはありがたい。
高校としても、地元で唯一の上場企業であるうちの会社なら安心ということで、就職希望の生徒に対し積極的にうちを勧めてくれているらしい。
お互いにメリットがあるので、今まで良い関係を築いてきていた。
なお、その高校から学生を推薦された場合、うちの会社では不採用にしたことがない。
形式的にSPI試験を受けさせるが、結果が多少悪かろうが工場長との面接に進めている。
そして全ての例でそのまま面接も合格、採用だ。
ただし、それは「そうしなければならない」という決まりがあるわけではない。
その学校が良い学校であり。
推薦された学生本人も毎年毎年ある程度しっかりしていて。
進路指導の先生もきちんと指導していて、会社訪問や面接でも模範的な作法――
なので、結果的にそうなっていただけだ。
今回のダイチくんのような生徒が来るのは、少なくとも私が担当になってからは初めてだ。
今年は去年までの進路指導の先生が異動し、新しく若い先生に担当が変更されていた。
前の先生のようにきちんと教えていないのかもしれない。
……ということで、悩む。
前例に倣うのであれば、このダイチくんも、本人が望めばこのまま例年通りの採用プロセスで行くことになる。
しかし、しょっぱなからこんな調子で大丈夫なのだろうか? と思う。
こういう作法のエラーを直すことは、本来は本人が気づくか、進路指導の先生が指導することだ。
選考する側の企業の社員がするものではないと思う。
ただ、この感じでは今日午後に予定している工場見学がいきなり不安だ。
相手は学生、しかもまだ見学段階なので、粗相があっても大目には見てくれるとは思うが……。
入社前から社員の心証が悪くなるというのは、本人にとって不利益しかないことは間違いない。
葛藤の末、いちおう言うことにした。
「えっと、進路指導の先生から聞いてないかな? 名刺を受け取るときは席を立って、両手で受け取るようにね。
私に対してはいいとしても、他の社員の名刺を受け取ることがあると思うから、気を付けて」
「うす」
また、うす! 臼! 杵! 餅!
そして毎年一名または二名、その工場のラインで働くための製造職として、地元の高校から就職希望者を推薦してもらい、正社員として採用していた。
私は入社三年目から総務部の中での人事担当をやっている。
なので、紹介された高校生を入社まで持っていく採用事務を毎年やってきたのも、この私――
だけれども。
「さすがに『うす』なんて初めてじゃー!」
ダイチくんには小さな会議室に入ってもらい……。
会社説明に必要なモノを用意するため自分の席に一時帰還したとたん、自然とそんな声が出た。
「え、どうしたのアオイさん? いきなり」
「え? あ、ごめん何でもない。あははは」
「?」
真向いの席にいるイシザキくんに拾われてしまったので、笑ってごまかした。
彼は総務部の中で総務・法務を担当している。
中途採用で入ってきたので、まだこの会社では三年目。
年齢は私と一緒で二十七歳。少しオシャレな黒ぶちメガネを付けている。
この会社は大企業ではないので、総務部は他に部長と庶務担当の派遣さんがいるだけ。
計四人の布陣になっている。
私は総務部専用の棚にある会社案内と会社説明会用のDVD、そして小型プロジェクターを手に取り、ダイチくんのいる会議室に向かった。
今日の予定は、午前中が会社説明と採用スケジュールの説明。午後が工場見学だ。
ダイチくんは、楕円形の八人掛け会議用テーブルの手前側。
左から二番目の席に座っていた。
「ええと……あっ、そういえば名刺を渡し忘れてた。ごめんなさいね」
さっきエントランスで会ったときは衝撃的過ぎて、名刺を渡すという大事なことがすっかり頭から飛び去ってしまっていた。
私はダイチくんから見てテーブルの奥側一番左に一度座ってしまったが、席を立って彼に名刺を渡しにいく。
「……」
「――!?」
ぎゃー!
座ったまま、片手で、しかも無言で名刺を受け取られたあ!
頭は下げてくれたけど、これはアウト。
名刺の受け取り方、学校で教わって来なかったの!?
「?」
私のテンパりようを、不思議な顔で見つめているダイチくん。
こ、これはどうすればいいの?
私は迷った。
指摘をするか、しないか。
まだ今の段階ではダイチくんは『お客様』のようなものだ。
今日は学校を通じて会社訪問に来ているに過ぎない。
……うーん。
こういうことは学校のほうで指導してくれるとスムーズなのに。
ちなみに、ダイチくんを紹介してくれた地元の高校は工場の近くにあり、基本的には進学校だ。
九十九パーセントは大学へ進学し、有名大学へ行く生徒も多いと聞いていた。
しかし、それでも年に一人か二人は、さまざまな事情で就職を希望する学生はいる。
うちの会社では毎年その高校に求人票を出しており、そのような就職希望の生徒がいたら紹介してくださいとお願いをしていた。
工場では、若年層をきちんと確保し、年齢層のバランスを維持したい――
という観点から、毎年高校生を製造職として採用する方針にしているためだ。
こちらとしては、優秀で評判の良い高校から学生を採用できるのはありがたい。
高校としても、地元で唯一の上場企業であるうちの会社なら安心ということで、就職希望の生徒に対し積極的にうちを勧めてくれているらしい。
お互いにメリットがあるので、今まで良い関係を築いてきていた。
なお、その高校から学生を推薦された場合、うちの会社では不採用にしたことがない。
形式的にSPI試験を受けさせるが、結果が多少悪かろうが工場長との面接に進めている。
そして全ての例でそのまま面接も合格、採用だ。
ただし、それは「そうしなければならない」という決まりがあるわけではない。
その学校が良い学校であり。
推薦された学生本人も毎年毎年ある程度しっかりしていて。
進路指導の先生もきちんと指導していて、会社訪問や面接でも模範的な作法――
なので、結果的にそうなっていただけだ。
今回のダイチくんのような生徒が来るのは、少なくとも私が担当になってからは初めてだ。
今年は去年までの進路指導の先生が異動し、新しく若い先生に担当が変更されていた。
前の先生のようにきちんと教えていないのかもしれない。
……ということで、悩む。
前例に倣うのであれば、このダイチくんも、本人が望めばこのまま例年通りの採用プロセスで行くことになる。
しかし、しょっぱなからこんな調子で大丈夫なのだろうか? と思う。
こういう作法のエラーを直すことは、本来は本人が気づくか、進路指導の先生が指導することだ。
選考する側の企業の社員がするものではないと思う。
ただ、この感じでは今日午後に予定している工場見学がいきなり不安だ。
相手は学生、しかもまだ見学段階なので、粗相があっても大目には見てくれるとは思うが……。
入社前から社員の心証が悪くなるというのは、本人にとって不利益しかないことは間違いない。
葛藤の末、いちおう言うことにした。
「えっと、進路指導の先生から聞いてないかな? 名刺を受け取るときは席を立って、両手で受け取るようにね。
私に対してはいいとしても、他の社員の名刺を受け取ることがあると思うから、気を付けて」
「うす」
また、うす! 臼! 杵! 餅!
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