最強賢者、動いてしまう ~ラストダンジョン直前にある『ほこら』の賢者が勇者を待ちきれず勝手に旅に出た話~

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落

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第45話 賢者の抵抗

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 神器の一つであるサークレットが、無事に勇者トランの手に渡った。
 これで、フィンたちが西のほこらに来た目的は達成されたことになる。

 出発前。フィンはベルナルドに対し、ミリアへの移住を提案した。
 だが「余生もここで」と、あっさり拒否されてしまった。
 このほこらに住み続ける理由はもう無いはず。そう思ったフィンはなおも説得を試みたが、彼が首を縦に振ることはなかった。

 最終的にはアーロンの「西の賢者殿のお気持ちを尊重されるべき」という意見もあり、断念。
 一同はベルナルドに別れの挨拶をし、ほこらを後にした。



「お、みんな意外に早かったな」

 結界の外側でラクダとともに待っていたサラが、三人を迎える。
 トランとアーロンはサラに礼を言い、ラクダに乗った。
 フィンは……すぐに乗らず、ほこらを見つめていた。

「フィン、どうした? 行こうぜ」
「……ああ」

 サラに促されてラクダに乗ると、フィンはもう一度ほこらを振り返った。
 先ほどと見かけは同じはずの、灰色のほこら。
 だが。

 ――何だこれは?

 フィンの中で、得体の知れない不安が渦巻いていた。

 神託によりほこらに赴任した、西の賢者ベルナルド。
 神の指示は、勇者に神器のサークレットを渡すこと。
 そして、彼は無事にその仕事を終えた。

『これで私は役割を果たせました』

 先ほど彼が言っていた言葉が、フィンの頭の中で反芻される。

「……」

 これは、確認したほうがいい――。
 フィンは再度ラクダを降り、サラに声をかける。

「サラ。ちょっといいか? 降りてくれ」
「え? いいけど。どうしたんだよ」

 サラがラクダを降りてフィンの元へ来る。

「結界を確認してくれ」
「確認って、さっきしただろ? ほらこのあたりに」

 サラが、顔をぶつけないよう両手でガードしながら、結界があったであろう場所を通ろうとする。

「あれ? え?」

 サラはどこにもぶつからず、そのままスルスルと進んだ。
 見ていたトランとアーロンが、揃って驚愕の表情を示す。

「どうなってんだ? 通れるぞ?」

 サラは信じられないといった様子で、行ったり来たりを繰り返す。

「賢者殿。これは……?」
「え? なんで? 兄ちゃんコレどういうこと?」

 アーロンとトランが混乱している。

「見ての通りだろ。結界が消されたんだよ」

 フィンは吐き捨てるように言った。

 ――やはりそういうことか。

 フィンは憎悪と侮蔑を込めた目で、雲一つない砂漠の空を睨む。
 もちろん、込められた感情の矛先は空そのものではない。もっと先にいるであろう存在だ。

「用が済んだらさっさと削除。中に人が残っているのはどうでもいいということか。
 やはり創造神とやらは自分の都合しか考えていないんだな。疑ってかかって本当によかった」

 フィンはそう言うと、背中越しに三人に対し、
「そこで待っていてくれ」
 と伝え、ほこらへ走って戻っていった。



 西の賢者ベルナルドは、同じ部屋で椅子に座っていた。

「何だ? もうここに用はないはずだ。行くがよい」

 再び現れたフィンの姿を見ると立ち上がり、やや厳しい表情でそう言った。

「爺さん。やっぱり余生はミリアで暮らしてくれ。一緒に行こう」
「先ほども言ったはずだ。私は行かない」

 静かだが、意志のこもった声。

「いや、もうここには住めなくなったんだ。今確認したが、外の結界が消えていた」
「なるほど」

「……驚かないんだな」
「もうこのほこら自体が役割を終えたのだ。そうなれば、御神の御加護も当然ここまでとなるだろう。結界が消えていたとしても不自然には思わない」

「状況を理解しているのか? このままここにいると、いずれ魔物が入ってきて殺されるんだぞ?」
「構わないさ。私はほこらと運命を共にする――そう決められていたのだろう」

「これも創造神の意志だと?」
「結界がこのタイミングで消えたということは、そういうことだ。
 だいたい、ご神託を受けた時点で、私は普通の人間としては死んでいる。今さら惜しい命ではない」

 結界が消滅した事実を告げられたうえでの、この落ち着きぶり。そしてやはり翻意しないその考え方。
 フィンには理解のできないことだった。

 いや、理解するつもりもなかった。

「ならば……僕が爺さんを無理やり連れだせば、創造神の意志は一つ潰えることになるな」

 フィンはベルナルドに近づくと、背中と膝の裏に腕を回した。抵抗を力任せで押し切り、乱暴に抱っこする。

「何を――」
「この行為が創造神の意に反するとしても、行為の主は僕だ。爺さんじゃない。だから罰が当たるとしても僕に当たるはずだ」

「……」
「僕は神託に背いて北のほこらを出てきた。すでに創造神に背を向けているようなもんだ。今さら怖いものはない」

「なぜだ? なぜ御神の意を素直に受け取ら――」
「気に入らないんだよ!」

 フィンは必要以上の声量で、ベルナルドの質問を途中で遮って答えた。

「創造神はこのほこらが役割を終えるが否や、結界を解除した。まだ爺さんが中に残っているにも関わらずだ! 人間をただの駒としか思っていない証拠だろ。
 爺さん本人がそれでよくても、それを目の当たりにしている僕は不快だ」

「……」

「いいか爺さん、舌噛んで自殺したりしたらブチ殺す。おとなしく町まで運ばれろ」



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 帰り道も行きと同じく、砂の大海をひたすら進んだ。
 選択の余地はないため、こればかりはどうしようもない。

 やはり砂嵐や魔物には相変わらず悩まされた。
 だが、パーティの連携が若干ながら向上したことや、サラとトランのレベルが上がったこと。そしてベルナルドの魔法が強力だったこともあり、往路のように負傷者が発生することはなかった。

 そして――。

 一行は、再びミリアの町近くまで戻ってきた。



「あ、やっと入口が見えた。つかれたー」

 トランがラクダの首に抱き付くようにグテーっと寝そべる。
 すでに日は傾いてきており、地面には全員のラクダ姿が長く伸びていた。

「お前はさっきから『つかれた』しか言っていないな」
「だってつかれたもん」

「いやーフィン、俺も疲れたぞ。すぐ寝たい」
「自分も少し疲れました」

 サラも、そしてアーロンもかなりバテているようだ。

「何だよみんなして。この爺さんのほうがよっぽど元気じゃないか」

 フィンはちらりと後ろを見て、そう言った。
 ラクダに同乗していたベルナルドは背筋も伸びており、まだまだ疲労困憊というようには見えない。

「私は元々体力があったのに加え、今も鍛えているからな。年齢よりも体は若いはずだ」

「なるほど。ミリアの町はいま高齢化が進んでいるらしいから、ぴったりかもしれないな。
 きっとみんな爺さんの知識を必要としていると思う。くれぐれもほこらに戻ろうとはするなよ?」

「ああ。ここまで来たら腹をくくる。もうほこらには戻らんよ。
 お前さんも御神に選ばれた賢者だ。そのお前さんにこんなに強引に連れてこられたということは、これもまた御神の意志なのかもしれない」

 ――そう来たか。
 フィンは内心で苦笑しながらも、この様子なら大丈夫だろうと安堵した。

「僕は神の操り人形じゃないと言っておこう。爺さんを連れてきたのは創造神の意志ではなく、僕の意志だ」
「お前さんは頑固だな。まあその考え方も若くて良いか。受け入れはしないが認めてやる」

「フン。爺さんが若い頃はどうだったかしらないが、今の人間たちは、賢者が街に居ると聞くと無理難題をいろいろ押し付けてくれるぞ?
 せいぜい困って苦しみながら余生を送ってくれ」

「構わんよ。万一今回の件で神罰があった場合はお前さんに差し上げるがな」
「僕もそれは構わない。いくらでも受けてやる」

 橙に染まりつつあるラクダの上で、歳の離れた二人の賢者が笑い合った。
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