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  前説の物語2 銀狼の女王オルフェ

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時の記録は無く
季節の変化も無い
極寒の大地【フェンリル】
凍てつく吹雪は止むことはなく、生命への強い拒絶とすら感じられる。

この地には人は存在しない。
厳しい自然の前に既に死滅していた。
この極寒の世界に住むのは『獣人』と呼ばれる種族--
普段は獣のかっこうをしているが、いつでも人の姿に変わる事が出来る。
戦いや状況により姿を使い分けている。
この世界には、〈狼人ワーウルフ〉、〈熊人ワーベア〉、〈虎人ワ―タイガー〉、等々……
様々な獣人たちが存在し、己の存亡を賭けて日々命のやり取りを繰り返した。

「生きるという事は殺すという事」
当たり前の自然界のルールをこの大地は切に全生命へ求めた。

狼人族のオルフェは若干13歳にして一族の長となる。
生まれ持った格闘センスで幼少から戦いにおいて負けることはなかった。

一族の長は単純な戦闘能力の高さで決められる。
強くなければ生きていけない世界ならではのしきたりだ。
王が死んだ時、もしくは1年に1度、一族の王を決める戦いが行なわれる。
オルフェは既に4年続けてその座を守り続ける。
No.2のサガは毎年この女王に挑戦するも、常に圧倒的な力の差で完敗。
もはや一生敵う事が無いと悟っており、一生をかけ一族のためにもこの女王オルフェをサポートしようと心に決めていた。
オルフェの動きは一族でとらえる事が出来る者はもはやおらず、その牙や爪は岩盤を砕き、鋼鉄すらをも切り裂いた。
狼人ワーウルフは戦闘時は視野が広がり対応力の高い人型となり、移動時や特攻時には狼の姿となる。
オルフェの人型の姿は一族でも珍しい薄い褐色の肌であり、銀色の長髪で両横の髪を翡翠の珠でまとめている、その頭部には白くきれいな狼耳が残る。
その立ち姿は王女然とし凛々しくも美しかった。

一族の総数は27人。掟の一つでこの人数を超える事は許されない。一人死ねば一人生む。生まれた瞬間、戦士として扱われる。
最長老ミエルが42歳で最年少のカリオは5歳。このカリオでさえ既に戦士として戦いに参加する。
一族には兎が一頭同行していた。名前はコネホとよばれていた。
言葉による意思疎通はできないが、幸運のお守りの様な存在だ。
いざという時の保存食の意味合いもあるが、オルフェはどんなに厳しい時でもコネホを食べる事は許さず、家族の様に扱った。
移動は3人で9組となり、8方向と中心の全9ブロックの陣形が常となる。どの方向から攻められても問題無く対応できるためだ。27人を超えない理由はこのためである。さらに厳しい世界の中での限られた食料もこの理由の一つとなる。
その最先端を族長である女王オルフェが務める。最も戦闘力が求められ、また最も危険な位置でもある。これまでの王は中央に陣を構え隊を指揮したが、オルフェは先陣を切って戦いに参加した。

過酷な自然から逃れるため平穏の地を求める旅は続く。
一族が安住の地と出来る、その地を探して。
それは同時に戦いの日々でもあった。
狼人は集団戦闘に長けていたためいざ攻勢にまわればほぼ敵はいなかった。

旅の途中、〈熊猫人ワーパンダ〉の一族との戦いでオルフェは傷を負う。
戦いの後、心配して5歳年下のシルヴィが声をかけてきた。
「女王様、傷は大丈夫ですか?」
「なーに、ただのかすり傷だ。パンダ族のカワイイ見た目に油断したが、やはり熊は熊だったな。キャハハハ」
「笑いごとじゃないです! 女王様に何かがあったら。もう無茶な戦いはやめてください」
「心配いらん。それになシルヴィ。私は仲間が傷つくところを見るより、自分が傷つく方が1万倍楽なのだよ」
「最長老様も言っていました。女王様は歴代最強の戦士だって。皆を必ず安住の地へと導いてくれるって」
「ああ、この命に代えてもお前たちを連れて行ってやる。だから泣くんじゃない、笑うんだ」


その後もオルフェの一族は様々な敵と戦いながら旅を続けた。

数少ない実りのある森をめぐる〈猿人ワーモンキー〉との戦いでは、死滅した旧時代の人間の武器を起用に操る猿人族長アルディの前に苦戦するも持ち前の対応力で勝利する。
勝利で沸く狼人一族であったが、オルフェは理解し始めていた。
勝ち残り式のこの自然淘汰の戦いの旅も始まりからかなりの時間が経っている。残っている敵は、その全てが強敵であると。

そして一向は最後の土地へとやって来た。
それは〈熊人ワーベア〉の一族との雌雄を決する戦いの始まりでもあった。
全体に有利に進み、敵の大将がオルフェの前に現れ、熊人族長のベルセドとの一騎打ちが始まった。

双方の攻撃は岩をも容易に砕き、大木をたやすく切り裂くほどの威力だったが、互いに決定打が無く膠着状態となった。
オルフェの攻撃は幾度と決まるが、ベルセドの規格外のタフネスぶりに勝負は長期化する。
短期決戦を身上とする狼人にとって、致命傷を与えられない攻撃を繰り返す事で体力がなくなっていく。
ベルセドはころあいを見て反撃を開始。
この熊人の一振りは大木をまるで紙を裂く如くいとも簡単に叩き割った。
オルフェは敵の攻撃を避け続ける防戦一方となる。
ベルセドが止めとばかりに大きく振りかぶった瞬間、オルフェの一撃がベルセドの片目を奪った。
混乱状態に陥ったベルセドに死角からの攻撃で眉間に爪を刺し、この戦いは終わった。
半日に近い死闘だった。

最後の外敵を倒したオルフェの一族だったが、そこに安住の地などどこにもなかった。
厳しい自然は依然として命を削ってくる。

オルフェは絶望した。
どこかにその地はあると信じての旅だったにも関わらず、そんな場所などなかったのだから。一族への約束を果たす事が出来ない事を悟ったのだ。


そんな時、【招待状】が届く。
獣人も人の文明と同じく、その爪で簡易な文字を操り、軽い意思の疎通を図る事は出来てはいた。
大きな石板に記載された【世界の根幹】と名乗る者からのメッセージは次の通りだった。

「闘いに勝利すれば望むモノを与えよう」

オルフェは一族のために豊かな安住の地を求め、戦いに参加する。
半信半疑ではあったものの、そもそもその闘いとはどんなものなのか、もう他にすがるものが無かったためである。

突如現れた【扉(ゲート)】に向かう。
招待状には身近な動物を1匹同伴させる事が許されると記載があったので、オルフェは兎のコネホを同行させた。

「皆、それでは行ってくる。安住の地を獲得してくるからな」
サガが見送る。
「オルフェ様、くれぐれも命だけは落とさぬように。命さえあれば何度でもやり直せます故」
「何を言ってる、サガよ。チャンスなどそう何度もある物ではない、命に代えても勝利してくるぞ」
最年少のカリオも言う。
「女王様。死んじゃやだからねっ!」
「まったく、カリオにまでサガの心配性が移ったぞ。キャハハハ」
皆も笑う。
オルフェはカリオの頭を撫でながら言う。
「心配するなカリオ。私が負けた事がこれまであったか?」
「ううん、一度もないです」
「だろ。安心しておれ」
最後に最長老ミエルが「ではオルフェよ頼んだぞ」と声をかける。
「ああ。最長老こそ。私が留守の間一族を頼む」
サガにも言葉をかける。
「サガ、私がいない間はお前が私の代わりだぞ。もう敵はいないはずだが何かあった時は武力を示せよ」
「分かりました。命に代えても」
「お前、私に死ぬなと言っておいてそれを言うか」
「俺の代わりなどいくらでもおります。しかし貴方の代わりはおりません」
「まったく、お前というやつは」
オルフェは少し微笑んだ。

こうしてオルフェはコネホと一緒に闘いの舞台へと旅立った。

そこでオルフェは自分の運命を変える一人のサムライと出会う。


ただ、それはまた別の話である。
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