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第4幕 侍たちが夢のあと

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★  死神 vs. 忍者 ★
 
◆〈死神〉サイレント
二つ名を“魂の誘導者”
死の国・黄泉国より参加。
年齢、性別不明。
ダークローブを身にまといドクロの仮面をしている。
手には大きな鎌を持ち、宙に浮くその身の丈はゆうに3メートルは見てとれる。
 
◆〈忍者〉空牙陽炎
二つ名を“国獲りの忍び”
和国・空牙国より参戦。
50歳。男性。
全身黒尽くめで額当て。背には雷切りという太刀をさしている。
筋肉隆々で齢50を感じさせないほどの充実ぶり。
一族で仕えていた東城忠治を暗殺。
武力により国を制覇した、いわば軍事クーデターを起こした革命家。
 
「コウ、いろいろと聞きたい事があるんだが、どこから聞けばいいのか」
「何を聞きたいのかは大体分かっているよ。まず、あの空牙陽炎は君の知ってる空牙陽炎ではない」
「だよな! 俺の知ってる陽炎はあんなにゴリゴリマッチョではない。可憐なくノ一だ」
「今日は氏康にパラレルワールドという概念を教えるよ」
「パラレルワールド……」
「我々の世界以外にも様々な世界があることはもう分かってるよね」
「ああ、オルフェのフェンリルとかセンのいたアストリアとか」
「そう、その中である一点を境に世界が割れて二つになることがある」
「世界が割れる?」
「そう、一つが我々がいた和国だとする。東城家の治める世に忍びである空牙の一族がそれを補佐する」
「ああ」
「そしてもう一つが空牙の一族が謀反を起こし、東城にとって変わった世界だ」
「そんなことがあってたまるか」
「それがあるのがパラレルワールドなんだ」
「ここにいる空牙陽炎が討った『東城忠治』という名に覚えは?」
「無い。我が一族には先代さかのぼっても、そのような名は無いはずだ」
「そう。ここで違っているのが、成康様という名君ではなく、忠治という暗君が東城を治めている。そして空牙陽炎がくノ一ではなく、あの筋肉マッチョとして生まれたら。おそらく最低でもその二つの大きな違いが違う世界を作りあげたんだ」
「『もしも』で広がった世界か?」
「その通り。その二つにもうはやどちらが正解という事は無い。氏康の世界も本物、あの陽炎の世界も本物なのだから」
「そうか、しかしあの君主を裏切討ったという陽炎は許せぬ。あの死神とやらが討ちもらしたら。俺が直接引導を渡してやろう。そもそもゴツイ陽炎というのが何よりも許せん」
「そこなのか……」

ジャッジマスターがデュエル開始を宣言した。

忍者は手裏剣を放つ。
その全てを鎌で弾き落とす。
すでに忍者は死神の背後に迫る。
忍者の刀が死神の腹を横に裂いた。
しかし、死神は何事もなかったかの様に鎌を振り下す。
死神の鎌は丸太を裂いた。
 
「変わり身の術だ。あれ陽炎に教えてもらったんだけど、中々難しいんだよな」
「お前なに教わってんだよ……」
「しかし、やはり元は同じ世界なだけに、動きや技はほとんど同じだな」
 
忍者は再び手裏剣を放ち、その手でそのまま印を切る。
「火遁の術」
忍者から炎の息が死神にのびる。
死神は持っている鎌を体の前で回転させて、炎を散らしこの攻撃を交わした。
すでに忍者は死神の頭上に跳ねており、刀を立てて落下している。
紙一重でその太刀を交わした死神が避けるそのままの動きで忍者を鎌の内刃に巻き込んだ。
すると鎌は忍者の体をすり抜けた。
鎌には陽炎の人影が引っ掛かっている。しかしそれは若干青白く光りを持っている。
死神の鎌が忍者の魂を抜いたのだ。
忍者は抜け殻のように地面に伏した。
ジャッジマスターの10カウンドで死神の勝利が告げられた。
 
死神は忍者に魂を戻し、フッとその場から消えた。
 
城に戻るとセバスチャンが出迎えた。
「新たに『鉄亀』が2匹、街の周辺で発見されたそうですが、オルフェ様がこれを討伐したとの事です。亡骸はイジャーザ殿の所へと運ばれたとの事です。それと、センドリック様とミリア様がお見になっております」
「そうか、ありがとうセバス殿」
セバスチャンの仕事ですっかりと客間となった部屋に二人は座っていた。
「ミリアがまた夢を見た。直接告げたいというから連れて来た」
「ミリア殿だけでも良かったのに。ミリア殿との通信機も破壊するし」
「うるさい、お前たちを二人きりになんてさせられるか」
「困った兄ですいません」
「お前が言うな」
センはミリアに突っ込む。
ミリアはセバスチャンが淹れた紅茶を飲みながらすました顔をしている。
センは真顔に戻る。
「それでだ、いつもの事だがミリアの予知は象徴的でな。大まかにはつかめる場合が多いが、詳細が分からないのが難点でな」
「すいません」
「ミリア殿が謝ることではないですよ」
「とにかく伝えなくてはと来ました」
「で、内容は」
ミリアは次の事を告げた。
 
故郷が闇に覆われる
母君が助けてくださる
父君との再会がはたされます
 
「我が関東国が闇に覆われるか……。だが、母も父も、もう世をさっている。これはいったい?」
「とにかく一度戻って情報収集をしてみることを勧めるぜ」
「だが、俺は一度国を追われた身だ」
セバスチャンが氏康のお茶を持って部屋に入ってくる。
「氏康様、薬草がきれそうだとおっしゃっていただではありません。あれば関東国の不知火山にのみ咲く種だとか。ぜひ、我が庭でも栽培できないかチャレンジしたく思っております。一つ摘んできてはいただけませんか」
「そうだぜ、氏康。何も国に戻るという訳ではない、薬草を摘みに行くだけならいいんじゃないか」
「薬草を摘みにか。方便だがほってはおけんしな」
「私も行きたいです」
「ダメだ」
「今回ばかりはセンの言うとおりですよ、ミリア殿。我が故郷とはいえ、情勢はつかめておりません。身の危険が無いとは限りませんので」
「俺とジンだけで行ってくる」
 
「ジン、小さくなって肩に乗っていてはくれぬか、我が故郷に龍はいなかったから、いきなり目の当たりにしたら混乱が起きかねん」
「分かった」
ジンは光に包まれ30㎝ほどの大きさになった。
氏康の肩に乗った。
「ありがとう、では行こうか」
(国を離別しもう十カ月ほどか)
【扉(ゲート)】を通じて和国へと帰る。
光から出るといきなり何かが飛んできた。
氏康はそれを刀で弾いた。
そこに落ちた物がクナイであることを確認。
(このクナイの形は!)
叫ぶ氏康。
「空牙の者か! 我は東城氏康! 当主東城家の一族の者だ」
「氏康様!」
目の前に忍びの者が膝を折り現れた。
「おお陽炎か! 久しいな。そうだ、やっぱりお前はそうでなくては!」
「氏康様、一体なんのことを?」
「ゴホン、いや、なんでもない。ところで、なぜこんなところにお前がいる。空牙の里はどうした?」
「実は……」
氏康が国を離れたこの数カ月の事を陽炎は語り始めた。
 
東城成忠様が治世は混乱を招いた。
重税に次ぐ重税。
大陸への出兵。
相次ぐ飢饉に一揆。
民と軍の衝突。
「兄者は気でもふれたのか! 父が成したかった太平の世はどうしたんだ!」
「氏康様、今こそあなた様のお力を!」
「俺は国を捨てた身、もうかかわることはできん」
「では、せめて成高様のお話だけでも」
「……高兄様か、分かった」
 
成高は城下より離れた里に居を構えていた。
「なぜ東城家の二男である高兄様がこのような場所に」
「成忠様の指示にございます」
氏康が部屋に入ると成高は床に伏していた。
「高兄様!」
「氏康か、久しいな……」
「お体を?」
「いや、ここしばらくの心労が祟ってな」
「父上の事もございます。できるだけご自愛を」
「ああ、それより来た目的は見舞いではあるまい。国のことだな?」
「はい、何がどうなっていのか」
「全てはお前が旅立ち、兄上成忠が治世が始まってからのこと……」
成高が話した当主成忠の話に氏康は驚きを隠せなかった。
 
兄上は空牙の一族を解散させた。
そして独自に親衛隊というものを組織した。
怪しげな者ばかりでな、心配になり意見した私をこのような里に追放した。
空牙の一族は私が囲い独自に城と町の様子を調査させていた。
するとおかしな事が続いている。
町では若い娘が次々と失踪しているという。
城からはおかしな法令を発っせられ、世の「銀」を全て献上するよう達しがでた。
隠し持つ者は、見つかり次第その場で斬首。街の者たちは「銀狩り」と呼んでいる。
さらに、兄者自身も皆の前に姿を見せなくなった。
近しい者と会うでも夜限られた時間。
しかも布越しという。
諸侯も揺らぎ始め、西に不穏な動きがあるとも聞く。
そんな折、大陸への出兵だ。
せっかくの平安の世も風前の灯。
何度も面会を求めたがならんかった。

いつもは長い話で寝てしまう氏康ですら、あまりの事態に目が覚めていた。
 
「陽炎に城の中を探ってもらったが」
「試みましたが守備が堅く内情を掴むに至りませんでした」
 
「 “闇”がこの国に忍び込んだ、そう思えてならなんのだ、氏康」
「闇……」
「あの【扉(ゲート)】ができてからだ、全てがおかしくなったのは。きっと何者から、この国に入り込んだのだ。それで【扉(ゲート)】を陽炎に見張ってもらっていたんだ。」
 
「一度戻ってこちらでも調べてみます」
氏康は言って国を後にした。
赤獅子国へ戻った氏康は異国からの出身者たち皆を招集。
部屋には氏康、コウ、オルフェ、ジンライ、センドリック、ミリア、セバスチャン、そして同行した陽炎がそろった。
聞いてきた話を皆に伝えた。
ミリアが口を開いた。
「ヴァンパイア……と考えると状況が合致します」
「ヴァンパイア?」
「吸血鬼というやつだ」
オルフェが語りだした。
「太古の昔、我ら狼人と吸血鬼は大きな戦争をしたことがあると聞く」
「どんなやつらなんだ」
「人の血を主食とする連中だ、特に若い娘の血を好むという。血を共に生命エネルギーを奪い、自らは不老不死でいることができるらしい。気まぐれで噛んだ者を同族にすることもあるという」
「弱点はあるのか」
「十字架、銀、そして太陽の光だったという」
「若い娘の失踪。銀の徴収、夜ののみの接見。怖いくらいに状況は合致する」
「だが、まだ状況証拠に過ぎん、確証がなければ」

皆が手を模索している中、センドリックが言う。
「俺が行って見てきてやるよ」
「お前では無理だ」
陽炎がすぐさま返す。
「ほぅ、なぜだい? 忍者ガール」
「力不足だ。誰が忍者ガールだ」
「俺の力量を知ってるのか? こう見えても元軍のS級エージョントだぜ」
センは姿を消した。
「それに最近、新しい力が身につけたしね」
次の瞬間、少し離れた陽炎の後ろにいた。
「瞬間移動ってやつさ。ブーストの更に上の力だ。まだ、距離はとれないけど、いざって時には役に立つ」
「どうだい忍者ガール?」
「分かったセン。お前にお願いしたい。そのかわり、騒ぎは起こしてくれるな」
「ああ、分かったよ。任せとけって」
 
夜になるのを待ってから、センドリックは城へあっさりと侵入した。
間取りも覚えつつ、先を進む。
(なるほど、赤獅子城はこの城がモデルか……)
上へと昇る階段の前にはただならぬ雰囲気を間にまとう番兵が立っていた。
(騒ぎは起こすなか。確かにヤバイ雰囲気がぷんぷんしてる。さてどうしたものか……)
柱の一つに手をつき(ジャンプ)と心で念じた。

〈ジャンプ〉は遠く離れた場所に自分の念を飛ばし、そこに実態事移動するという技だ。念は生命体にしか反応しないため、壁などは通り抜ける事ができる。弱点はその移動する線上に生命体があった場合、移動できないという点だ。それはハエの様な小さな生命でも例外ではない。

センの体は一つ上の2階へと移動していた。
ふーっ、と一息つく。
(一度のジャンプはこれくらいが限度か、消耗も激しいしあまり多用はできないな)
2階を見渡し一層警備が厳重な部屋を見つけた。
少し休んでから、自分のいる方とは反対側に飾られている花瓶に狙いを定め小さなパチンコ玉を指で弾く、花瓶は派手な音を立てて弾け飛んだ。
その音に警備皆の意識が集中しているわずかな隙をつき、部屋へと駆けて距離を稼ぎ、そのまま〈ジャンプ〉した。
 
部屋の中は薄暗かったが、嗅いだことのなる匂いが部屋を満たしていた。
死臭だ。
床にはたくさんの袋が積まれたいた。
近くにあった袋を開けると中には若い娘の死体があった。
首筋を確認すると4つの穴があいていた。
「ビンゴだな……」
「鼠が一匹紛れ込んでおるな」
背後から声がし、そちらを向くと扉は開け放たれて光の中に人影が立っている。
「あんたは?」
「この国で我が姿を知らんとは、どこか異国の隠密か?」
笑う口元にチラリと牙が見てとれた。
「頭が高い! 国父東城成忠様なるぞ!」
妖気を身にまとった武士と思わしき側近が高らかに口上をのべた。
「よし、寛大な我がそちに沙汰を下してやろう。張り付けの刑だ。槍を持て」
吸血鬼成忠は部下より渡された大振りの槍を軽くに振り投げた。
軽く振ったと思われたその槍は、センの予想以上の速さで目の前に迫った。
これ以上ここに長居は無用と〈ジャンプ〉にて逃げと打った。
「誰が逃げていいと言った。余の御前であるぞ」
城外に瞬時に逃げたはずが、目の前に吸血鬼成忠がいた。
(なんだと!)
「言ったであろう、そちは張り付けの刑だと」
成忠の蹴りがセンの体を城の壁へと叩きつけた、続けざまに槍が脇腹を突き刺した。
「楽に殺してやるから、どの国の者かだけは申して死ね」
「へ、くたばれよ。この吸血鬼が」
「ほう、余の正体を分かっているのか。やはり異国の者らしいな」
もう一つ槍が左肩に刺さる。
「ぐぁっ!」
「まだ苦しみたいか? 今なら楽に殺してやれるぞ。どうだ言うか」
「分かったよ……、ぐふぅ! ……教えてやるよ」
「よし、話すがいい」
「ここに……、書いてある」
センドリックは右ポケットから小さな紙切れをとりだして成忠に向けた。
ゆっくりと近づく成忠。
「変な気を起こすなよ」
その紙に成忠が手を伸ばした瞬間、センドリックは紙を投げ捨て指を弾いた。

パチン!

瞬間、空気が弾け大きな炸裂音が響いた。
一瞬、たった一瞬の隙が成忠からセンの姿を奪った。
追う筋すら掴めさせず。

地面にはコンビニのレシートが落ちている。

 
城で待つ氏康たちの元に血だらけでボロボロのセンドリックが戻った。
「最近の俺いつもこんな感じだな」
「セン!」
「お兄ちゃん!」
皆が駆けよる。
「氏康。申し訳ない。悪いニュースしかないが、その前に少し休ませてくれ」
 
セバスチャンの治療を受けながらセンドリックは全貌を語った。
成忠が吸血鬼になっていること。
既に常人ならざる力を得ていること。
「氏康。言いたくはないが、もう人ではないお前の兄貴との決着は命を奪う事しかないぞ」
「……分かっている」
「銀がいりますね」
「銀は【中央世界】でも貴重な物だからな、手に入れるのは難しいぞ」
「我が国はまだ、鉱物発掘まで進めてはいない。故郷の銀は全て兄者の元に渡っている……」

母が助けてくれる――

ミリアの言葉が急に頭の中を走った。
「陽炎! 俺の持っていたものは今どうなっている」
「氏康様が発たれてから高兄様の指示で全て墓に中に一緒に埋葬されました」
「俺の墓があるのか?」
「はい、それが東城家のけじめだと」
「ならば、そこに銀はあるはずだ。母の形見の銀食器が」
 
天木の地
そこには東城家代々の墓がある
氏康と陽炎はこの地へと来ていた。
氏康の墓を暴くために

夜、人気が無くなってから氏康と陽炎は墓を掘り始めた。
「奇妙な物だな、自分の墓を暴くというのは」
「御冗談はおやめ下さい。氏康様が旅立たれた際には私は自分自身を許せずにおりました」
「それはもう言わないでくれ。陽炎」
「いいえ。生涯あなた様に仕えると誓いました。なのに氏康様は自分だけで旅立たれました。あの時の無念は忘れることはありません」
「お前は空牙の一族を預かる身。その動向は国のあり方すら左右しかねなかった」
「それでも」
「陽炎、本当にすまなく思っている。これが終われば償いもしよう。ただ今は、この国を救うことだけを考えよう」
「……わかりました」
氏康の棺が掘りおこされた。
中には母の形見ともいえる銀食器があった。
「いいのでしょうか、母君の形見を」
「全ては故郷の為だ、母も分かってくれる。それに既に土に埋まっていたんだ、これ以上文句は言われまい」
さて、次は刀鍛冶探しか。
 
城に銀食器を持ちかえり、次は刀鍛冶探しに取りかかった。
ミリアの「千里眼」で情報が絞られた。
方位と距離、簡単なスケッチ数枚と『タイガー』のキーワードがミリアから告げられる。
陽炎ら空牙一族が探索に向かう。
ほどなくそれに合致する人物が探し出された。
陽炎たち空牙の一族の情報収集能力はやはりずば抜けている。

人里離れた庵で隠居生活を送っている。
刀鍛冶の名は虎徹という。
氏康はミリアと一緒にその虎徹を訪ねた。
氏康の侍然としたその姿を見てとるなり「帰れ!」と一喝した。
また、ミリアの姿を確認すると一瞬固まった。
「訳があって刀を打っていただきたい」
氏康もなんとか食らいつくが取りつくシマがない。
「帰れと言っている!」
氏康は土下座をした。
「お前さん。侍がむやみと土下座なんてしちゃいけないよ」
「お願いいたします」
「分かったよ。そのしつこさに免じて、なぜ俺が刀を打たないかだけは教えてやるよ」
かつての名工は語った。
 
俺も若いころはそれこそ夢中で刀を打った。腕も随一だっと思うよ。変幻自在、さまざまな刀を打つことができた。どこぞの当主が俺に刀を依頼して来るほどだったしな。
そんな折、変な悪評が立ち始めた。俺のうつ刀は『妖刀』だってね。
始めは僻んだ同業者が立てた悪評だと気にも留めてなかったがね。
ある日、俺の店に刀を買いに来た侍の顔を見てゾッとしたんだ。
その侍は言ったんだ「なんて美しい刀何だ、どれほどの切れ味か試したい」とな
あれは何かに取りつかれたような目だった。
 
ミリアが肘で氏康を突く。
「……氏康様、寝ちゃダメ……」
「お、おおう」
氏康は目を覚ました。

名工は話しを続ける。
だが、気付いた時には遅かった。実際に町で辻斬りが横行してね。
切り傷を見れば俺には分かる、全て俺の刀だった。
しまいには……俺の娘も辻斬りに斬られちまった。
結局、刀は人を斬る道具だ。俺はせっせとそれを作り続けた。挙句それで娘も死んじまった。
だからね。もう刀はうたないと決めたんだ。

「来てもらって悪かったが、そういう訳だ。帰ってくれ」
「ならば、平和のために刀を打ってくれ!」
「……昔、そう言って俺に刀を頼んだ御仁が一人いたな」
すると虎徹は氏康の腰の刀に気付いた。
「ちょっと、お前さんの刀を見せてくれ」
氏康は刀を渡した
「……緋閃村正」
さやから抜いて刀身を見るなりそうつぶやいた。
「なぜ名を?」
「何でも何も、これは俺のうった刀だ。しかしこれは東城成康候に献上したもののはず」
「俺は東城氏康。成康の第三子です。この刀は初陣を飾った祝いに父より託されました」
「なんてこった……」
「お願します。今、国は乱れています。それを正す光をください」
ミリアの願いに少し黙ってから虎徹が話し始めた。
「娘に言われてるみてえだな。あんた、俺の死んじまった娘に瓜二つでよ」
「あなたの緋閃村正は幾つもの闘いで仲間を救ってくれた。あなたのうつ刀は妖刀では決してない!」
「……分かったよ。事情を話してみな」
氏康は国を乱している闇の存在を話した。
そしてそれを打ち破るたまにも銀製の刀が必要なことも。
「うってやるよ。村正虎徹、お前さんにだからこそ、一振り、うってやるよ」
 
材料となる銀食器を虎徹の前に置いた。
「純正の銀刀を望むとして、この銀の量だと。小太刀しかうてんぞ。しかも銀製刀は強度を出せないぞ」
「問題ありません。お願いします」
「分かった。明日の朝作業にかかるよ。明後日の朝、取りに来るといい」
「ありがとうございます。お代は?」
「いらんよ、緋閃村正が人を助けてくれていたのなら、それが何よりのお代だ」
 
二日後、再び庵を訪ねた。
「これだ」
虎徹は小太刀を氏康に差し出した。
氏康は手に取り高くに掲げその青白く輝く様を確認した。
「で、名をなんとする?」
「輝夜(かぐや)とします」
「かぐやか、意味を教えてくれるかい?」
「母の名前を戴いたんです」
「母君の」
「母は、側室だったんです。父成康に特に愛されて周りから嫉妬から夜に輝くと揶揄されたそうです。だが、母はその『輝夜』を自らの名前として気丈にふるまったといいます。父にもその名で呼ぶように言ったそうです。その強さに周りもうかつに手は出さなかったと聞きます。母の事はあまり思い出は無いんです。幼いころに亡くなってしまいましてね。この小太刀は小柄だったという母の姿も思い出させてくれます」
この国を頼むと言われ
氏康たちはこの庵を後にした。
 
帰りの道すがら氏康は母の話を続けた。
「母は黒髪が綺麗な目の澄んだ女性だったという。君に惹かれたのは母の面影を追ってのことだったのかもしれないな」
「救いましょうあなたのお母様の故郷を」
「ああ、この輝夜と共に」
 
刀を持ち帰り、すぐさま成忠討ちの作戦を立てる。
氏康、オルフェ、ジン、セン、陽炎での出陣を決めた。
センの参加をミリアが最後まで反対したが頑なにそれを拒否した。
「お前を救ってくれた恩人の一大事なんだ。ここで手を貸せなかったら俺は一生後悔する」
結局、その一事でミリアは何も言えなくなった。
作戦はこう決まった。
ジンの背に乗り一気に本丸最上階へと向かう。
そして邪魔者は皆が排除し、氏康が成忠を討つ。
「いつもながらシンプルだな」
「短期決戦の電撃戦は兵法の基本だぞ、セン」
「私も単純な方が好きだ」
陽の光を味方に闘った方が絶対的に有利だということで、翌朝に出発と決まった。
 
翌朝出発前、ミリアは氏康に「どうかご無事で」とだけ声をかけた。
氏康もミリアに微笑み返すだけだった。
その通じ合っている様を見てセンが面白くなさそうな顔をしていた。
その様子を見てオルフェがセンに何かを言おうとしたが「何も言うな、オルフェ」と先に釘を刺した。
「さぁ、行こう。皆に言っておく。絶対に死ぬな」
「当然だ。私がやられるものか」
「分かってるよ」
「サウザンドアームズの異名を伊達だと思うなって」
「御意に」
各自は答え、ジンは飛び立った。

 
陽がまだ昇ったばかり

ジンは陽の光を悠然と受ける東城が本丸、笹ヶ原城へと向かった。
城の真上に達すると急降下するジン。
城の天守閣を貫き最上階へとたどりついた。
天守閣には煌々と陽の光が差し込んでいる。
「下からの援軍は俺がくいとめる」
センは言うと姿を消した。
 
天守閣の奥には三つの人影があった。
朝日を受けてその姿が露わになる。
その中央の者の姿をとらえ氏康は絶句する。
それは無限武来(むげん ぶらい)の姿であった。
無限流を名乗る剣・兵法の達人。東城家の指南役で氏康の教育係でもあった。
だが、天下分け目の合戦であった「笹ヶ原の大戦」の際に戦死していた。
その左にいる人影には陽炎が絶句している。
それは先代空牙陽炎で間違いは無かった。
だが、先代空牙陽炎も既に死んでいるはずだった。
右には舞姫と呼ばれる女武将。東城の配下で武勇で名をはした。舞うように戦場を駆ける様に着いた字が舞姫であった。しかし彼女も死んでいたはずだった。
死した者たちがここにいる。
太陽の陽を受けて何ら変わりも無く。
動揺している氏康にオルフェが聞く。
「どうした氏康。何を戸惑っている!」
「師匠がいるんだ、それも死んだはずの……。陽炎! あの忍びは!」
「はい、先代で間違いありません」
「だが、先代は」
「はい、この世にはいないはずです」
「舞姫も含め、全て死者か」
「だが太陽の光を受けている。ということは吸血鬼以外の何者かも関わってるといことか」
「そうなるな」
「ネクロマンサーという者の存在を聞いた事がある、その者たちは屍を操り自らの軍を作ると」
黒幕には兄者成忠に吸血鬼の力を与えた者のみならず、死者も操る事ができる者がいるというのか。
 
「久しいな、氏康よ」
その声は疑いようもなく師武来のものだった。
「師匠は、死んだはずです」
「ああ、良いぞ黄泉の国は、極楽浄土とはよく言ったものだ。だからな、氏康、お前もそこへ誘ってくれようぞ!」
武来の刀が氏康を襲う。
その太刀筋、悲しいが武来のモノで間違いは無かった。
「私にはこの世で成すべきことがまだまだあります! 師匠のお誘いとは言えお断りいたします!」
刀と刀が火花を散らす。
 
陽炎も先代と激しく刃を交えている。
「楓か……」
「今は陽炎を名乗っております。先代」
「なんと、小娘だったお前が我が名を継いだと言うか」
「はい、精進しました故」
「片腹痛いは!」
 
「舞姫推参!」
「私の相手はお前か」
「犬畜生など、瞬殺してくれましょう」
「犬ではない! 狼だ!」
舞姫の薙刀がオルフェの姿を横に払う。
しかし手ごたえが無い。
華麗にかわしている。
「そんな長い棒で私の動きをつかまえられるか?」
「犬コロ風情が偉そうに!」
 
一階下の階段前には多数の人影が地面に伏せている。
しかし後を絶たずセンに刺客が襲いかかる。
「カッコを付けたはいいが、この数は聞いて無かったな……」
 
「師匠にお聞きしたい。我が兄成忠は今どこに?」
「ここで死ぬお前にその答えは意味があるのか」
「ならば、私が勝ったらお答え願えますか?」
「面白い冗談だ。夜な夜な修行の厳しさに泣いていた氏康も成長したものよ」
「多くの出会いが私を強くしてくれました故」
(剣筋のみならず、記憶もあるというのか、死者を愚弄する者め)
「師匠、先を急ぎます故、次で決めます」
「ほう、剣では一度も私に勝った事のないお前が言うではないか」
「今の自分をあなたは知らない……」
氏康は刀を下段横に構え腰を落とした。
「私の知らない構えか」
氏康は刀を走らせ武来の元へと駆けた。
「紅蓮!」
炎は空で輪を描いた。
武来の低く短いうめき声と共に
武来の両腕両足首を炎が走った。
「御免」
氏康の刀が武来の胴を割った。
 
陽炎とオルフェも相手を斬り伏せていた。
 
「師匠、いや、師匠の形をした操り人形よ、成忠の場所を言うんだ」
「ふ、ここからは無限地獄だ、何度も黄泉がえり、いついかなる時もお前の命を襲ってくれるわああああああああああ!」
火だるまの武来は氏康に襲いかかる。

「はい、お家に帰りましょうね」

突然聞いた事のない声が聞こえたかと思うと、大きな鎌が武来の体を貫いた。
鎌は巨大な黒いローブが操っていた。
先刻のデュエルで忍者と闘っていたあの死神だった。
すると武来の体から鎌にひっかけられる形でもう一つの人型が抜き出された。
青白く光るその人影は武来の顔をしていた。だが、表情はとても穏やかだった。

「氏康、成長したな」
「お、お師匠……様……」
「まさか、こうしてまたお前の姿を見られるとは、神様というものもいるのかもな」
「私は死神です。神ではありません」
その巨大な死神の姿に似つかわしくない可愛い女の子の声がする。
「あの、時間がありません。もし話をされたいのなら手短にお願いしますね」
氏康は時間が無い事だけを理解し、武来との会話を急いだ。
「師匠、兄成忠の場所を御存じか?」
「成忠殿は月影の湖畔、不夜城にいる」
「分かりました」
「氏康よ。兄上は悲しみに満ちた方、決して憎しみで闘ってはならぬぞ」
「それはどういう意味で」
「お前が太陽ならば、兄上は月。光があれば影が生まれるのは世の常。兄上は悲しみの中で力を欲した。そこを闇に付け込まれたのだ」
「しかし、兄上を止めるには……」
「ああ、その命を止めるしかない。だが、慈愛の心にて闘うのだ、母は違うとはいえ、血を分けた兄弟であることはかわりないのだからな」
「分かった気がします」
「それさえ伝えられれば、思い残す事は無い。娘さんやってくれ」
「はい、ではこちらの籠にお入りください」
そう言うと死神は鳥籠の様な物をとりだした。
「達者でな。氏康。先代成康様が目指した、太平の世を、お前達の手で……」
武来の魂は籠の中に入った。
すると傍らにあった武来の形をした物は砂状となり音もなく崩れさった。
死神はいそいそと陽炎、舞姫からも魂を抜いた。
そのまま行こうとする死神を氏康は呼びとめた。
「待ってくれ。死神のサイレントと言ったか」
「はい、私は死神のサイレントです。なんでしょうか?」
サイレントは振り向き答えた。
「もし知っていることがあったら教えてほしい。これらはどうゆう事なんだ」
「めんどくさいのは嫌なのですが、しょうがないですね。簡単に教えますよ」
ドクロの仮面をとった。
そこには十代前半と思える少女の幼顔が現れた。
さらに黒いローブをとると身の丈は120㎝ほどの小柄さだった。
(なるほど銅を裂かれたとてあの丈なら問題無いか)
氏康は納得した。


死をもてあそぶ者がいます。
この国にそいつが入りこんだようでしたので捕まえに来ました。それが仕事なので。
その途中で呼び戻され従わされた魂を回収していたんです。
 
「以上です」

あまりに大雑把な説明が逆に氏康とオルフェに幸いした。
「その死をもてあそぶ者とは何者だ」
「ネクロマンサーというやつらです」
「やはりそうか」
オルフェが言う。
「はっきり言って迷惑なんですよ。あいつら。仕事は増えるのに、残業手当も出ないし」
「残業手当?」
「私ら死神なんてしがない公務員ですよ。職場改善などこの数百年一向にすすまないですし」
「公務員とは……?」
氏康の問いに誰も答えられない。
オルフェも陽炎もジンも分からないのだ。
「愉快犯の分際でその影響は天災級で洒落にならないし」
愚痴が続く。
「世界またいでの魂狩りとかやられるものだから、戻しに行くのも大変だし。最近じゃ『情報収集も業務の一環だ』といか言って変なバトルにも参加させられるし。仕事仕事で出会いなんて無いし。まぁバトルの報酬で時間を歪みを作ってもらって少しばかりの休暇を得られるようになったのは、若干の改善ではありますがね」
というと氏康の顔を覗き込む
「ところで君、歳幾つ?」
「16です」
「かー、十歳も下かー! でも、いっか。君次のオフはいつ?」
「氏康はダメだぞ!」
「何だ君の彼氏か」
「違う! オルフェとはそうゆう関係じゃなくてっ!」
「おお、おお慌てて。初々しいな」
ジンが横から説明する。
「三角関係というやつです」
「そうか、そんな泥沼にはまるのは簡便だな」
するとセンが階段を登ってきた。
「さっき黒いローブが死体から何かを抜きとって……あ!」
「いるじゃないか歳が上のも」
「でもそいつはシスコンだぞ」
オルフェが言う。
「シスコンはちょっと嫌だな」
「だから! シスコンじゃないって! 何の話をしてんだよ!」
「そろそろ私も帰るは。いろいろ忙しいしね」
「サイレントさん」
「何?」
ローブをはおりながら答える。
「帰るって、この国のネクロマンサーは?」
「もういないよ。どっか別のとこに行ったみたい。私は掃除をしてただけ」
「分かりました。ありがとうございました」
「奴らの情報あったら共有してね。じゃ」
そう言って死神はローブを羽織り仮面をかぶりその場から消えた。
 
「ジン、皆を乗せ先に戻っていてくれ」
「何言ってんだ、俺たちも行くぞ」
「いや、セン。兄上とは、俺一人で向き合わなければならないんだ」
「氏康……」
「俺が始めから兄者としっかりと向き合っていれば、こんな混乱は起こらなかったかもしれん。だから、俺一人で行かせてほしい」
「分かったぞ。待っているからな、氏康」
「御命令とあれば」
「分かったよ、絶対負けんなよ。死なれでもしたらミリアに合わす顔が無い」
「まったくだよ。君が死んだら契約上僕も困るから」
氏康は黙って頷いた。
ジンは皆を乗せ天に昇った。
「さて、馬でも拝借せねばな」

 
月影の湖畔の不夜城――
笹ヶ原城から馬で一時間ほど行ったところにある湖に浮かぶ古城。
東城が関東一円を支配下に治める始まりとなった城だ。
 
警備の者は一切おらず氏康はそのまま歩みを進めた。
警戒しているが、その気配すら感じられない。
 
大きな門がありそこを開ける。
「氏康か」
「兄上、久方ぶりです」
「で、国を捨てた者が何用だ」
「国に捨てられたのですよ」
「詭弁だな」
ゆらりと立ったかと思うと、次の瞬間には部屋の右奥の机の前にいた。
「わしはな、氏康。絶望の中におったのだ」
ワインをグラスに注ぎ話しを進めた。
「することなす事全て裏目。終いには氏康が居ればという声まで出始めた。傑作だろう、お前を捨てた者がお前の名を再び口にし始めたのだ」
再び姿を別の場所に瞬時に現す。
「だがな、わしは力を得た。闇という力だ」
「お前は幼きころより、皆に愛されておったな」
「ところで武来には会ったか?」
「先刻」と氏康が答える。
場所を跳び続け話続けるが、その一つ一つの言葉と感情がそれぞれまったくの別の物だった。
氏康は成忠が壊れかけている事を悟った。
「わしは武来が嫌いだった、わしにはただただ厳しく、一方でお前を甘やかす始末。愉快だったよ木偶とは言え、あの武来がわしの命に黙ってしたがうのだからな」
「わしには無い物をお前は持っていた。長兄の俺に無い者をだ」
「だがな、それももう、どうでもいいんだよ、氏康。わしには闇がある。この闇で、恐怖でこの大和国を支配してくれる」
「もういいです。兄上」
「ん?」
「私たちは侍です」
『輝夜』を抜く氏康。
「『侍の魂』で語り合いましょう」
「氏康よ。わしはお前のそういったところが大嫌いだったんだ。全てを分かっているかのような物言いがな。だが」
再び姿を消し刀を持って現れた。
「その話合いとやらに付き合ってやろう。わしの一方的な物言いにならなければよいがな」
「その刀は……」
「ああ、黒点丸だ。一族の宝刀。わしはこれで語ってやろう」
「いざ」
 
勝負は一瞬だった。
 
成忠は黒点丸を氏康の脇腹に突き刺す。
氏康は刺されながらも前進。両手を広げ成忠を包んだ。
「もう、お眠りください兄上」
輝夜を成忠の背中にまわした手で静かに突き刺した。
「これは! 銀刀! 馬鹿な! 国中の銀は……!」
「母上の銀食器よりうまれた、小太刀『輝夜』です」
刺されたところから焼けるように成忠の体が灰になっていく。
すべてが灰になったところに成忠の魂が残っていた。
「兄上……」
「氏康よ、お前には辛い仕事をさせてしまったな」
「私が兄上とちゃんと向き合っていれば」
「それはお互い様だ、どちらに非があるという話ではない」
「それでも……」
「お前が酒が飲める歳であったら、一緒に酌み交わしたかったな。そこでならできなかった話もできたかもしれん」
「……」
「兄の勝手で済まんが、後の事は成高と二人、手を取り合い、成してくれ」

その時、空が光る。
見上げるとそこには父東城成康の魂があった。
「……父上」
その魂は微笑みを見せ、兄成忠の手を取った。

氏康が何かを言おうとしたとき、一陣の風と共に成忠の魂は消えていた。

氏康と吸血鬼成忠の闘いはこうして幕をとじた。


それから一カ月ほど経ってから氏康は再び不夜城にいた。
庭先に一太刀の刀が刺してあった。
氏康は大きな酒瓶を持ってその刀の前に立った。
刀は黒点丸だ。
氏康の傍らには成高がいた。
成高は当主の座を継ぎ、諸国間の小競り合いは解決され、世は安定し始めていた。
「高兄様、酒を持ってきましたよ。みんなで飲もうと思いまして。私の国の米で作られた、最初のお酒。名を「獅子龍」といいます」
「お前にはまだ早いのではないか? 氏康」
「一口くらいなら問題ないでしょう」
まずは黒点丸にかける。
氏康は、刀身が錆びないように鞘にかけた。
「兄上、別れの際のあの望み。今こそ、かなえましょう」
氏康は成高に向かった。
「次は高兄様」
「ああ、ありがとう」
「で、自分の」
「これ、手酌はあるまい、貸してみよ」
成高が氏康に酌をする。
「氏康、杯をあげよ」
「はい」
「兄上、父が成した大和国の統一。しかしこれは武による形の上だけのもの。私は人の心も統一を目指そうと思います」
「高兄様ならば成し遂げられますよ」
「そうだといいがな」
「優しさは兄弟で随一でありましょう」
「ふ、おだてたところで何も出んぞ」
「兄上も高兄様が跡を継げば何の心配もなく眠れましょう」
「そう願うよ」

雪が降って来た。

「雪見酒とは風流な」
「きっと兄上の計らいでしょう」
「そうかもしれんな。粋な方だったからな」
酒を飲む二人。
一口飲んだ氏康が言う。
「酒というのは、何とも表現が難しいですが……温まりますな」
「その味が分かるようになれば、お前も大人よ」
成高は高笑いをした。
難しい顔をする氏康。
二人は何気無い会話で数度酒を口に含んだ。
しばらくして成高は杯を置き、氏康に向いた。
「ところで氏康。どうだ、国に戻る気は無いか? 実は都を西に移そうと計画していてな、関東国を安心できる者に託したいと思っているんだ」
「高兄様、私ももう国を持つ身。嬉しい申し出ですが、それを受ける訳にはいきません」
「……やはりそうか、陽炎が言った通りだったな」
「陽炎が?」
「お前の国の事を陽炎から聞いてな、何でも龍や獣人と、いういろいろな者が暮らす面白きところらしいの」
「ええ、あとは超能力というモノを使う者もおります」
「ほぉ、面白そうだ。では、今までのお前の冒険譚を聞かせてはくれぬか」
「よろこんで!」
成忠の墓前で二人は楽しく酒を交わした。

 
「さて、氏康よ、私はもう城に戻らねばならん、当主とは本当に忙しいものだな」
「私も帰ります」
「これより大和と赤獅子の国は兄弟国、同盟国となり手と手を取り合い進んでいくぞ」
「はい!」

兄成高が思い出した様に手をたたく。
「そうだ、帰る前に。陽炎!」
二人の前に陽炎が姿を現せた。
「ここに」
「東城家当主として命を言い渡す」
「何なりと」
「陽炎以下5名の精鋭を、我が同盟国、赤獅子国に渡り、氏康を助けてやるのだ」
「高兄様! それでは空牙が!」
氏康が異を唱える。
「氏康、陽炎が抜けたからといって空牙は崩れはせん」
陽炎に向かい改める。
「よいか、陽炎。これは命令ぞ」
「御意に」
「では、城へ帰る。氏康よ、たまには帰ってくるんだぞ。ここはお前の故郷なんだからな」
「分かりました。高兄様もお元気で」

「さて、氏康様。ご一緒に参りましょう」
「うぐ」
「ダメです。当主様より命を受けてしまったのですから、諦めください」
「分かったよ。帰るぞ。陽炎」
「はい。氏康様」

雪見酒の座から数日後。
氏康は再び大和国に来ていた。
最後の一仕事をするために。
成高の許可を得て、刀鍛冶の虎徹のもとへ向かった。目的は二つあった。
「おう、氏康さんか。無事終わったのかい?」
「はい、この輝夜のおかげで」
「そうかい、そいつはよかった。その報告のためにわざわざ?」
「それもあるんだが、虎徹殿。俺の国に来てくれんか?」
「氏康さんの国へ?」
「最近、金属が手に入る様になったんだが、いい鍛冶屋がいないものでな。虎徹殿に来て腕を振るってもらいたい。国父である兄、成高には許可はもうもらっている」
「本人の許可の前にかい?」
「どうだろうか。刀だけではなく、様々な物にその腕をふるってもらいたいんだ」
虎徹は外を見てしばらく黙った。
「俺が行く理由は何だい、氏康さん?」
「俺が虎徹殿を好きだからだ!」
「氏康さん、あんたは俺のうった刀でしか、俺を知らない」
「それで十分だ。その人間の仕事を見ればその人間が分かる。あなたのうった刀は、俺も、仲間も皆を救う侍の魂だ」
「はっはっはっ。参ったね。俺は自分の仕事に嫌気がさして辞めちまったのに、その仕事を好きだと言ってくれるだなんてな」
虎徹はまっすぐと氏康の方を向いた。
「氏康様、俺はあなたの右腕になろう。望む物をこの手で作る」
「ああ、その手に恥じぬ者となろう。では準備に入ろうか。持っていきたい物は?」
「窯から何から持って行きたいがそれは難しいか」
「問題無い、俺たちの国には力自慢が揃っているからな」
その後、オルフェをはじめとする狼人たちの協力もあり、虎徹の工房はほぼそのままの形で赤獅子国に運ばれた。何やら祭りの様なにぎやかな引っ越しとなった。
肌寒い季節ではあったが、元々極寒の大地で過ごしていた狼人たちには何の問題も無かった。


氏康は自分の城へと戻ったていた。
こちらでも雪が降り始めた。
夜が近づき城下町に明りが灯り始めた。
自室の椅子に座り傍らで寝ているコウを眺める。
侍の自分が起こしたこの国には、狼人や龍、超能力者や執事、そして忍者も加わった。
これだけの種族が分かり合えるんだ。もっともっと国を大きくし、さまざまな種族も集まれば、きっと皆が幸せに暮らせる世界になる。
そう確信していた。
そんな思いも露とも知れずコウは呑気にあくびをしていた。


 
赤獅子国―同盟締結
住民
侍:1人
犬:1匹
和人:184人(INCREASE)
狼人:32人(INCREASE)
兎:1匹
龍:1頭
超能力者:2人
ハムスター:1匹
執事:1人
忍者:5人(NEW)

空白き冬
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