残業100時間で恋に落ちるとは聞いてません~その手を取ってしまえば、もう後戻りはできない

中岡 始

文字の大きさ
40 / 46
第10章:名前のない関係に、光が差す

肩を預けるだけで、いいと思った

しおりを挟む
熱を出すのは、久しぶりだった。  
体の芯がじんわりと熱を持っているのに、指先は妙に冷たい。  
何をしていても頭がぼうっとして、視界の端が少しだけ霞んでいた。

陸はベッドの上で浅く息を吐いた。  
枕元には水の入ったグラス、脱ぎ捨てたカーディガン。  
カーテンは引かれていて、昼なのか夜なのかも曖昧だった。

玄関のチャイムが鳴ったのは、その直後だった。  
頭の中でこだましたようなその音が、現実か夢か判別しづらかった。

数分後、静かにドアが開く音がして、玲の声が聞こえた。

「入るで」

陸は反応する力もなく、枕元に視線をやることしかできなかった。

玲はバッグを肩から外し、手にしたコンビニ袋を棚の上に置いた。  
中にはスポーツドリンク、ゼリー飲料、冷却シート、そして、ふわふわしたスリッパがひとつ入っていた。  
家にあるものと違っていて、それだけでどこか救われたような気がした。

玲は、無言で額の冷却シートをそっと貼り直した。  
その手つきは、まるで割れ物に触れるかのように静かだった。

「……すみません」

陸がようやく言葉を吐いた。

玲は返事をしなかった。  
ただ、ベッドの隣に置かれた椅子に腰を下ろし、濡らしたタオルでそっと首元を拭いてくれる。

「ちょっとだけ熱、下がってる」

その声は低く、どこか淡々としていた。  
でも、不思議と冷たさはなかった。

寝具の間にこもった熱と、空気清浄機のわずかな音。  
部屋にはそれしかない。  
言葉はなくても、沈黙がやさしさに満ちていた。

玲はそのまま椅子に座り、タオルを折りたたんで膝の上に置いた。

「何か欲しいもんある?」

「……大丈夫です。今は、これで」

陸の言葉に、玲は小さくうなずいた。  
体温はまだ高かったが、背中に感じる空気はやわらかかった。  
ベッドの端にかかる玲の影が、ゆらゆらと灯の中で伸びている。

こんなに近くにいて、何も触れてこない。  
それが、やけに心地よかった。

「俺、今……すごい安心してます」

その言葉を、玲は聞いたのかどうか。  
返事はなかった。  
けれど、少しだけ椅子が軋む音がして、姿勢を変えた気配があった。

たぶん、それは離れる動きではなかった。  
息が苦しくなるような“遠ざかる”気配ではなく、  
むしろ、呼吸を合わせるために近づいてきた音だった。

陸はまぶたを閉じた。  
しばらくして、眠りに落ちた。  

重たいまぶたの奥で、玲の気配がずっと消えないまま、  
静かに、寄り添うように、そこにあった。  

言葉も、触れることもいらなかった。  
ただ隣にいてくれることが、こんなにも体の奥まで沁みていくのだと、  
その夜、陸は初めて知った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

情けない男を知っている

makase
BL
一見接点のない同僚二人は週末に飲みに行く仲である。

一緒に食べよう

河野彰
BL
三坂貴史(みさかたかし)は2年前に妻に先立たれ、娘の実咲貴(みさき)と一緒にマンションで暮らしていた。偏食の気がある実咲貴に困ったり、学童を断られたりと心労や疲労が続くなかで、同じマンションに住むフレンチシェフの一修吾(にのまえしゅうご)と出会う。  最初は実咲貴の安全を考えて警戒していた貴史だが、何度か偶然にも出会う内に修吾のおおらかさと手作りの料理とで次第に心を許していき……。

Candy pop〜Bitter&Sweet

義井 映日
BL
完結済み作品。全6話。番外編1本追加! 「185cmの看板男」が、たった一人の恋人の前で理性を失う。 ――三ヶ月の禁欲を経て、その愛は甘く、激しく、暴走する。 「あらすじ」 ​大学の「看板男」こと安達大介は、後輩の一之瀬功(いちのせ こう)を溺愛している。 ついに迎えた初めての夜。しかし、安達の圧倒的な「雄」の迫力に、功は恐怖して逃げ出してしまう。 ​「――お前は俺を狂わせる毒だと思ってた」 ​絶望した安達と、愛しているのに身体が竦む功。 三ヶ月の育みを経て、到達した二人の「じれったい禁欲生活」の行方は? 看板男の仮面が剥がれるとき、世界で一番甘い夜が始まる。 お話が気に入った、面白かった、と思ってくださったら、お気に入り登録、いいね、をお願い致します! 作者の励みになります!!

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

【完結】後悔は再会の果てへ

関鷹親
BL
日々仕事で疲労困憊の松沢月人は、通勤中に倒れてしまう。 その時に助けてくれたのは、自らが縁を切ったはずの青柳晃成だった。 数年ぶりの再会に戸惑いながらも、変わらず接してくれる晃成に強く惹かれてしまう。 小さい頃から育ててきた独占欲は、縁を切ったくらいではなくなりはしない。 そうして再び始まった交流の中で、二人は一つの答えに辿り着く。 末っ子気質の甘ん坊大型犬×しっかり者の男前

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

【完結】君の手を取り、紡ぐ言葉は

綾瀬
BL
図書委員の佐倉遥希は、クラスの人気者である葉山綾に密かに想いを寄せていた。しかし、イケメンでスポーツ万能な彼と、地味で取り柄のない自分は住む世界が違うと感じ、遠くから眺める日々を過ごしていた。 ある放課後、遥希は葉山が数学の課題に苦戦しているのを見かける。戸惑いながらも思い切って声をかけると、葉山は「気になる人にバカだと思われるのが恥ずかしい」と打ち明ける。「気になる人」その一言に胸を高鳴らせながら、二人の勉強会が始まることになった。 成績優秀な遥希と、勉強が苦手な葉山。正反対の二人だが、共に過ごす時間の中で少しずつ距離を縮めていく。 不器用な二人の淡くも甘酸っぱい恋の行方を描く、学園青春ラブストーリー。 【爽やか人気者溺愛攻め×勉強だけが取り柄の天然鈍感平凡受け】

まさか「好き」とは思うまい

和泉臨音
BL
仕事に忙殺され思考を停止した俺の心は何故かコンビニ店員の悪態に癒やされてしまった。彼が接客してくれる一時のおかげで激務を乗り切ることもできて、なんだかんだと気づけばお付き合いすることになり…… 態度の悪いコンビニ店員大学生(ツンギレ)×お人好しのリーマン(マイペース)の牛歩な恋の物語 *2023/11/01 本編(全44話)完結しました。以降は番外編を投稿予定です。

処理中です...