君が知らない僕を、君が愛した——会社では“同期”、夜の街では“知らない誰か”

中岡 始

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秘密で、いい

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カーテンの隙間から、淡い光が床に滲みはじめていた。
まだ夜とも朝とも言えない時間。窓の外の空は、墨色から薄明るい群青へと、ゆっくりと輪郭を変えていく。

涼希は目を閉じたまま、仰向けのまま天井の気配を感じていた。
呼吸の音がかすかに耳に届く。駒川のものだ。
寝息は規則正しく、深くも浅くもない、静かな眠りの中にある音だった。
そのリズムに耳を傾けながら、涼希は思った。

もし今、この人に名前を呼ばれたら…きっと、自分は壊れてしまう。
涼希として、ではなく、“りょう”として抱かれたまま、その仮面を脱がされてしまったら、きっと心のどこかが崩れてしまう。
だから、この夜が終わらなければいい。
仮面をかぶったまま、誰にも気づかれず、このやさしい時間の中に閉じこめられたままでいたい。

目を閉じたまま、涼希は静かに唇を噛んだ。
感情が波立つたびに、喉の奥が苦しくなる。
それでも、もう涙は出なかった。
夜のあいだにすべてを流してしまったから、今はただ、空っぽの静けさだけが身体を満たしていた。

布団の中はあたたかかった。
けれど、そのぬくもりが自分に与えられたものだと思うと、どこか胸の奥が冷えていく。
このぬくもりは“涼希”ではなく、“りょう”に向けられたもの。
仮面の下でそれを受け取ってしまった自分が、ずるく思えてしかたなかった。

少しして、涼希はゆっくりと身体を傾けた。
駒川の寝息がより近くなる。
振り返るようにして横を向くと、彼の顔が、そこにあった。
枕に横たわる寝顔は、まるで別人のように穏やかだった。

夢を見ている子どものような表情。
眉間のしわも、唇のかすかな緊張も消えていて、ただ安らかな静けさだけがそこにあった。
その顔を見ていると、胸の奥が締めつけられるようだった。
自分が騙していることを、もう一度突きつけられているようで、けれど…それでも、離れられなかった。

そっと、涼希は頬を寄せた。
触れるか触れないかの距離で、駒川の頬に顔を寄せて、目を閉じた。
体温が混ざりあうのではなく、ただ感じるためだけに、そっと近づいた。
彼の吐く息が、肌にかかるたびに、涼希の鼓動がふたたび静かに高鳴った。

言葉が欲しかったわけじゃない。
証が欲しかったわけでもない。
ただ、この時間が嘘ではなかったと、そう思いたかった。

けれど、それも叶わない願いだった。

涼希は、そっと心の中で囁くように思った。

このまま、夢のなかでだけ、あなたに愛されていられたら…それだけでよかったのに。

その言葉は、声にならなかった。
けれど、それがこの夜のすべてを締めくくるにふさわしいと思えた。
もう、これ以上は望まない。
仮面のままで愛された今夜だけが、自分にとっての真実だった。
嘘の中にしか居場所を見つけられなかった自分の、唯一の救いだった。

そして朝が、確かに近づいていた。
窓の外の光が、じわりと白みを増していく。
世界はまた、現実の色に戻ろうとしている。
その中に、仮面をかぶったままの自分を連れていくことは、もうできないかもしれない。

けれど、それでも…この一夜がすべてだった。
誰にも知られず、誰にも責められず、ただ愛されたという記憶だけを胸に残して。

涼希は、そっと瞼を閉じ直した。
彼の寝息に呼吸を合わせ、もう一度、静かに深く息を吐いた。
それはまるで、夜という幻に、最後のキスをするようだった。
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