リスタート・オーバー ～人生詰んだおっさん、愛を知る～

蓮の存在を意識する瞬間

　シャッターをゆっくりと下ろし、鍵をかける。

　カチリ、と静かな音が響いた。

　店の明かりを落とし、今日の仕事は終わり。

　長かった一日がやっと終わったはずなのに、修一の頭の中には、まだ消えない言葉が渦巻いていた。

　「……いい人がそばにいるみたいね」

　美咲の、あの意味深な微笑み。

　何のつもりで言ったのか。

　ただの世間話のつもりだったのか、それとも――

　ポケットに手を突っ込みながら、横目で蓮を見る。

　いつも通りだ。

　仕事を終えたあとでも、落ち着いた様子で鍵束を手のひらで回し、静かに夜の街を眺めている。

　特に変わった様子はない。

　なのに、修一のほうは、どうしようもなく意識してしまっている。

　「いい人がそばにいる」

　それが蓮のことだと考えるのは、あまりにも飛躍しすぎている。

　そう思うのに、なぜか心がざわついた。

　俺は、こいつのことをどう思ってるんだ？

　そんな疑問が、不意に頭に浮かぶ。

　考えたこともなかった。

　考えないようにしていたのかもしれない。

　だが、こうして真正面から問われると、答えが出せなかった。

「倉持さん？」

　低く落ち着いた声が、静かな夜に響く。

　修一は一瞬肩を跳ねさせ、すぐに顔を逸らした。

「……いや、なんでもねぇ」

　つい、ポケットの中で拳を握る。

　それを誤魔化すように、前を向いた。

　蓮は特に追及することもなく、静かに頷くだけだった。

　それがまた、妙に胸に引っかかる。

　そういうところだ。

　追い詰めるわけでもなく、しかし決して離れようともしない。

　蓮はいつも、修一が気づかないうちに近くにいる。

　俺が気づいていなかっただけで、蓮はずっとそばにいたのかもしれない。

　そんなことを考えた瞬間、心臓が少しだけ跳ねた。

　わずかに吹いた夜風が、火照った肌をなぞるように冷たく感じた。